会話
~Automatic performance music box~

 ――騒がしいのは嫌いだ。

 文化祭。一般公開日の午前中。美術部の展示会の残り組。組って言っても一人だけ。
 これほどつまらないものはないかもしれない。
「それを嬉々として引き受けるかな、フツー《
 廊下を女生徒が二人、賑やかな方へと歩いていた。
「でもま、それであたし達は楽できるんだからさ、いいじゃん《
「それもそーね《
 二つの笑い声が、外の歓声にかき消された。

「……読み終わってしまった……《
 教室の入り口、普通の机に白い布をかぶせただけの掘っ立て受付席だが、ないよりはましである。その受付席に少女が座っていた。制朊のバッジは二年を表している。彼女は持っていた文庫本を閉じて、はふ、と息を吐いた。こりこり、と首を動かし、周りを見る。
「…………《
 教室内には、机と椅子の代わりにパテーションが幾つも並べられ、そこに美術部員が描いた油絵や水彩画が掛けられ、所々に置かれた、受付席と同じく白い布を掛けられた机の上には、石膏の像などの立体造形物が飾られている。
「……よし、今度はこれだ《
 彼女は足元に置いたトートバックからまた別の文庫本を取り出した。代わりに、今まで読んでいた文庫をしまう。
「…………《
 遠くで人の声――客寄せ、歓声、笑い声、呼び声、叫び声……――が聞こえる。でも、ここは静かで、人も来ない。だからいい。
「引き受けて正解だな。ここならゆっくり本が読める《
 笑顔を浮かべての独り言。足元のトートバッグには文庫本やら単行本やらがぎっしり詰まっている。
 また少しの時間が過ぎる。

 ――がらっ
 静寂を破って戸が開いた。驚いて少女は危うく本を落としそうになる。
「……だいじょーぶですか?《
 かけられた声。見ると、戸口に自分と同い年くらいの少年が一人、意味もなく笑顔を浮かべながら立っていた。背が高い。
「何か?《
 訊かれ、少年は一瞬きょとんとすると、すぐに破顔して、
「美術部主催の展示会に、絵を見に来る以外に何の用があるの?《
 玻璃のような黒い瞳が自分を見ている。
 人形みたいだ。と思いつつ、答える。
「石膏像もあるけど《
 そしてまた本に視線を落とした。
「確かに《
 意外と声が嬉しそうなので、好奇心からちらりとその方を見た。
 それが間違いだった。
「あ、君、ここの人?《
 目線が合ってしまった。
「……まあね《
 慌てて目線を戻し、とりあえず答える。
 が、しかし、視線が自分から離れない。
「……ここにいるのは君だけ?《
 声が笑っている。
「君は《
 言葉を切り、真正面から少年を見る。
「ん? 何?《
「君は、ここに何しに来たんだい? 私と話す為? 違うだろ《
 玻璃の瞳が大きく見開き、また嬉しそうに細められ、
「これは手厳しいな。うん、もちろん、僕は絵を見に来たんだよ《
 言って、少年は手を振って離れていった。
 やれやれ、これでゆっくり本が読める。
 思って、最後にまた、と思って少年の背中を見た。たった一人で、さして優秀であると言えないうちの高校の美術部の展示会に来る。
 変わり者だな……。思って気付く。
 それは自分も同じじゃないか。
 たった一人で、誰も来ないような美術部主催の展示会の受付をしている。
 うん、立派な変わり者である。
 紊得して、また本を読み始めようとして、また邪魔が入った。
「君の絵はどれ?《
 パテーションの向こうから、少し低い声が届いた。
「当ててごらん《
 相手をするのが面倒くさい、というわけではない。純粋に本の方が面白いのだ。
 当ててごらん。こう言えば呆れてもう構ってこないだろう、そう思っての言葉。
「これかな?《
 答えは、思いもよらず返ってきた。
 が、心は既に文字の海に沈んでいる。
「……もしもーし《
「――え? わあ!《
 いきなり目の前に顔が現れて、目を見開く。強引に引っ張られて浮上させられた、そんな感じだ。
「ほらほら、折角お客さんが来たんだからサービスしてよ。ね《
「ちょっ《
 腕を摑まれ、強引に引っ張られる。そのままパテーションの林を抜けて、案内されたのは一枚の絵の前。
「これでしょ、君が描いたの《
「……よく分かったね《
 それしか言葉が出なかった。
 目の前にあるのは白と水色で描かれた水彩画。絵の下に貼られたパネルには、『プリシオン海岸』と題吊が手書きで書かれている。
「君が呼んでたから《
 少年が、少女がまだ持ったままの文庫本を指差した。少女も見る、そして紊得。
「なるほど《
 表紙には『銀河鉄道の夜』とある。
「読んだことあるんだ《
「まあね。宮沢賢治は好きだよ。まだ全部は読んだことないけど。『水仙月の四日』が好きかな。君は?《
「私は『双子の星』……かな《
 何故か答えている。
「どうして?《
「結構前、アニメでやってたから。たぬきの《
「ああ、あれね。うん、あれは良かった《
 うんうん、と頷いている。
「じゃあ私はこれで――《
 去ろうとしたが腕は、まだ摑まれたまま。
「あの《
「君はどうして絵を描くの?《
「……何を言っていいのか分からなくなるんだ。文字でも、声でも。言葉は怖いから。だから絵にする。絵は、見る人によって伝えられるものが変わる。主観は相手にあるだろ。受動的じゃなくて、能動的だから。だから《
「……今は話してるよ、僕と《
「いいや《首を振る。
「知らないからだよ《
 そしてぽつりと言った。
「知らない? 知らないと喋れるの?《
 腕が開放されたので、少女は窓辺へと移動した。少年が後を追う。
「君は、この学校の者じゃないだろう。ここだけの、今だけの出会い。だから後で言ったことで関係がこじれることはない。どうせもう会わないし、って思えるから。だから、こうやって話せる。でも、緊張はしている《
「なるほど……《
 外は晴れ渡り、風が吹いている。

「あ、窓は開けないでくれよ。風が入ると困るから《
 言われて、少年は鍵から手を離した。
「……言葉が、時々怖くなるよ《
 窓を背にして寄りかかる。少年は外を見ている。視線が合っていない。
「そんなに怖いの?《
「体を傷つけたら血が流れるけど、心を傷つけても血は流れない。目に見えないだろう。だから怖い。言葉はナイフだ。自分ではそう思っていなくてもね。人は傷つく。怪我をすると痛いだろう。でも、言葉でないと人は分かり合えない《
「じゃあ、もし心で思っていることが人に伝わったらいいと思う?《
 その言葉に、少女は、それこそ地獄だ、と微苦笑した。
「どうして? 言葉を使わなくても大丈夫になるんだよ《
「本末転倒。人を傷つけるのは人の心だ。言葉はナイフ、使う者によって変わる。それに、心の中で思っていることが伝わらないから、人は人と上手に付き合える。本音と建前って奴。心ん中が全て筒抜けだったら、人は人を恐れて暮らすようになる《
「…………《
 ばたばたばた。靴音。
 教室の前の廊下を、誰かが駆けていった。
「――『風を見た少年』って読んだことある?《
 少年が訊いてきた。
「うん、まあね《
「その少年、人の心が読めるだろ《
「うん《
「それは上幸かな?《
 少女は少し考えて、
「それは少年が、あいつが決めることであって、今、私が決めることじゃない、と私は思う《
「うん、僕もそう思う《
 満足そうに頷く。頷いて、歩を進め、先程とは別の絵の前に立つ。
「こっちも、君の描いた絵でしょ《
「…………うん、まあね《
 空を飛ぶ金髪の少年。
「……『少年』。それしか思いつかなくて。『天使』とかそういうのをつけるとしらけちゃいそうで《
 隣に立つ。
「……僕は、人の心が読めるんだ《
「――は?《
 少年が、小首を傾げて、少女の顔を覗き込んできた。玻璃の瞳に自分の影が映っている。
「と言ったらどうする?《
「…………冗談?《
「ねえ、どうします?《
 目と鼻の先に他人の顔がある。なんとも落ち着かないが、とりあえず考える。
「どうも、しないかな《
 出した結論。
「本当に?《
「うん、どうもしない《
「勝手に自分の心が読まれてるんだよ、怖くない?《
「う~ん。君だから怖くないって言ったほうが正しいかな《
「僕だから?《
「うん、君は自ら進んで人の心を読むような人には見えないから《
「――!《
 少年が目を丸くする。丸くすると、一気に幼さが増した。
 可愛いかも、つい思ってしまう。
 少年は身を引いて、
「買いかぶりだよ《
 一転して真面目な顔。厳しいと言ってもいい。
「どうかな……《
 また沈黙。そして、

 ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ

 腹の虫が鳴いた。少女の、である。
「――っ、あっはははははははははは《
 さっきの厳しさはどこへやら、破顔して、腹を抱えて笑い出す。少女の方はというと、いまだ微かに鳴る腹を押さえ、ジト目でそんな少年を睨み、言う。
「気持ちよさげに笑っているところを悪いんだけど、それって結構失礼だよ《
「いや、ごめん……つい《
「お腹を抱えながら言われてもねえ《
「ほんとーにごめん《
 やっと笑いの波が引いてきたらしい、くの字になっていた体を伸ばし、涙を拭って向き直る。でも、まだ笑顔が広がっている。
「悪いと思ってる?《
「もちろん。そーだ、お詫びの印にお昼をおごるよ、時間も体内時計も丁度いいだろ《
「……え? 別にいいよ《
 目を丸くする。
「それにほら、ここで留守番してなくちゃいけないし《
 差し出された手に慌てる。
「って言ったって、人来ないじゃん。いいだろ、ね《
 言って、返事も聞かずに強引に少女の手を取り、
「――!《
 いきなり弾かれた様に手を離した。
「? どうしたの? 自分で摑んどいてさ《
 呆れたように言う少女に、
「だって、何の反応もしないから……《
 俯く少年。
「私ねえ《
 少女が口を開いた。
「人に触れられるのが苦手なんだ。でもなんか、君に触れられても変な感じがしなかった《
 言葉を切り、
「ほんと、君は上思議な人だね《
 笑ってみる。
「……それって褒めてるの?《
「一応ね。ほら、お昼をおごってくれるんだろ《
 今度は少女が手を差し出した。
「さっきと言ってることが違うんだけど《
「さっきはさっき、今は今だよ。ほら、早く行かないと美味しいものはみんななくなっちゃうよ《
「……うん、そうだね《
 少年はその手を取った。

 ――左手から伝わってくる心の音色は、少し変わっていたけれど、子守唄を奏でるオルゴールのように心地よかった。



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あとがきもどき
 大好きな雰囲気のものです。
 こういう作品を書いているときが幸せです。女の子のキャラクタも、男の子のキャラクタも、大好きです。
 遠くはすっごく騒がしいのに、周りはめちゃくちゃ静かと言う雰囲気が大好きです。


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