竜宮城
〜ugly〜

 こんな夢を見た。

 私はどこまでも続く砂浜の上に立っていた。何故か裸足で。何故か、浴衣で。目の前には真っ黒な海が、星と月の灯りの全てを呑みこんで、悠々と波打っている。絶えることなく、ざばん、ざばん、と、波の音が鼓膜を揺らす。
 私はしばらくその波を見、音を聴いていたが、飽きた。
 元々賑やかなことが大好きな私には、この静かな景色が次第に耐えられなくなった。
 ある音は波の音だけ、いるのは私だけ。
 ……つまらない。
 そこで私は歌うことにした。私だけしかいないのであれば、どんなに大きな声で歌っても大丈夫ということだ。誰からも文句は言われないし、どこからも邪魔は入らない。
 ああ、なんて素晴らしい。
 で、私は歌うことにした。
 歌いだすと、ここは本当にいい場所だ。誰からも文句は言われない。どこからも邪魔は入らない。本当に素晴らしい場所だ。
 いつもは周りを気にして出せないほどの大きな声で、歌うと本当に気分がいい。
 そうして一曲歌い終わった時、どこからか拍手が起こった。
 誰? と思って拍手の主を捜すと、亀がいた。でっかい亀。産卵しに来たのか、と言いたくなる海亀。しかもでかい。どれくらいでかいと言うと、大型犬、セントバーナードくらい? いや、その実物見たことないんだけど。
「いや〜、素晴らしい歌声で」
 げ、亀が喋ったよ。しかも、こちらに一直線に這い進んでくる。まあ、亀なのだから仕方がない。これで後ろ足――なのか? 後ろのあれは――で立って、二足歩行で来られても非常に困るが。
 とにかく、その亀は私の前まで来ると、ぺこりと頭を下げる、というのか、この動作は……とにかく頭を下げた。……にしても、間近に来て、その海亀のでかさには度肝を抜かされる。本当にでかい。大きなテーブルぐらいか。
「海の中からでも聞こえるほどの、よく通るお声ですね」
 お前さんの声もすごいね。亀なのに、どうやって発声しているんだか。
「よければ、ぜひ我らの姫様の前で、その歌声を聞かせてはいただけませんか?」
 私は、実は物足りなさを感じていた。だって、誰もいない所で歌っていても、つまらないだけである。やはり、観客がいないと。
 だから、私はそれを引き受けた。
 亀は私を背に乗せて、えっちらおっちら、砂浜を這い進んでいく。まるで浦島太郎だ。
 ……いや、浦島太郎、そのまんま。海亀は、やっぱり、海に入った。で、やっぱり、私は息が出来たし、濡れもしなかった。
「ここでございます」
 言って、亀が止まったのは、でっかい岩穴の前だった。浦島太郎のような、大きな綺麗なお城ではなく、でっけえ岩穴。
 私がそのショックに呆然としていると、私を乗せた亀はそのまんま岩穴の中に入っていく。そして驚いた。岩穴のその壁が、白く輝いていたのだ。見た感じは、陶器のような印象を受ける。それが延々と続いていって……
「着きました」
「――!」
 気がつくと、私は大広間に、隣に亀を従えて立っていた。慌てて後ろを振り返ると、そこには岩穴の出口はなく、ただ延々と柱の林が広がっているだけだった。上を見上げると、まるで海の中から空を見るように、きらきらと水面のように煌めいていた。それも、ずっと、ずっと遠く、地上で空を見上げるぐらいの高さ。柱の林には、木の茂る葉のように、様々な色の綺麗な絹のような、しかし、絹ではないような薄布が、幾重も垂れ下がっている。ずっと、その柱の奥は、黒ではなく、深い海の色。
 もう一つ。どうして自分は亀から降りて立っているのか。自覚もなしに。
 私がうろたえていると、鈴(りん)、と、鈴のような声がした。
「亀……帰ったか……」
 はっとして振り返ると、そこには、絵にも描けないほどの美しさの、美女が立っていた。長い黒髪を綺麗に結わえ、煌めく水面のような、中華風の着物を着ている。
「乙姫様。はい、先程」
 亀が行儀よくお辞儀をしたので、慌てて頭を下げる。
「……そちらの者は何者じゃ?」
「歌い手でございます。砂浜で歌っていたのを連れてまいりました」
「ほう、歌い手……」呟いて、乙姫サマは、つつつ、と近付いてきて、まじまじと顔を見てくる。
「……歌ってみい」
 言われたので、私は歌った。
「ふむ、いい声じゃ。こっちへ来い」
 乙姫サマが、つつつ、と歩き出したので、後をついていく。柱の林を抜けて、着いた処はまた大広間。しかし、先程とは違い紅い卓と椅子が置かれている。
「歌え」
 乙姫サマは私を、その唯一置かれている食卓セットからよく見える位置に立たされた。
 歌え。言われたら、私は歌うしかない。そのためにここに来たのだから。
 だから、私は歌った。
 でも、その言い方が気に食わなかったので、美しい女が落ちぶれる内容の歌を歌った。勿論、海外の古い歌だ。この女が知っているわけないだろう。
 歌の内容も知らずに、女は上機嫌だ。
「もっと歌うのじゃ」
 何曲歌っても、疲労はやってこなかった。声枯れもしない。歌って、歌って。気がつくと、いつの間にか紅い卓には種々様々な料理が、お酒が並べられていた。優雅に食事をしながら、歌を聴いている乙姫サマ。
 まあいい。私は歌い手。歌うことが役目。

 どれほどの時が過ぎたのか。私は歌うのを止めた。
「どうした? 歌わぬか」
 でも、私は歌わなかった。代わりに言った。
「私、帰りたい」
 歌うのに飽きたわけではない、ここにいるのが厭きたのだ。
 何とか引きとめようとする亀の説得にも応じず、私は帰りたい、と連呼した。
 結局、諦めたのは乙姫サマで、逆に亀を制した。それで亀も諦めた。
「これを持って帰るがいい。歌った報酬じゃ」
 渡されたのは、紅い紐で封じられた黒い箱。
「本当に、いい歌じゃった」
 私は亀に乗って、来た道を引き返した。行きと同じように、気が付くと私は砂浜に立っていた。隣には誰もいない。岩穴とか、そういうの、全てすっ飛ばして。手には紅い紐で封じられた黒い箱。
 これって多分、絶対玉手箱。あの、開けたら老人になる玉手箱。
 でも、中身は見たい。
 そこで一計。
 まず紐を解く。その紐を蓋に引っ掛け、勢いよく引っ張って、そのまま走り去る。ある程度走ってから振り返ると、砂の上に置いた玉手箱から、白い煙がもくもくっと立ち昇っていた。しかし、浴びせる相手の私がいない。煙はしばらくその場に戸惑ったように――勿論、私の主観――漂っていたかと思うと、そのまま海に吸い込まれていった。

 こんな夢を見た。
 そこに私はいなかった。
 そこには、醜く老いて、灰のように白く、弱々しい髪を結わえ、皺と老人班だらけの顔をした、瞳だけがぎらぎらと生気を放っている、そんな老婆がいた。
 そこには、ひび割れた甲羅に、白い斑点と黒い斑点、入り乱れたかさかさの肌、白く濁ったような瞳をした、そんな亀がいた。
 二人、正確には一人と一匹は、その醜い顔を余計に醜くして、言い争いをしていた。
 ずっとそれを聞いていて――それは辛く厳しかったが――分かったことがあった。
 二人は、正確には一人と一匹は、私に自分達の老いを押し付けられなかったことの、私の若さを得られなかったことの、その責任の押し付け合いをしていたのだ。
 姿も醜いが、その内容も醜かった。

終わり


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あとがきもどき
こんなだったら絶対面白いのに、と思って書きました。
てかね、絶対こうでしょう。


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