桜の木
~in the dream~

こんな夢を見た。
 私は一人、暗闇の中に立っていた。着ている物は何故か着物。それは雪のように真白な小袖、帯まで白い。それはとても綺麗で、それだけで私を浮かれさせた。
 なのに、足袋は何故か黒色で、草履も鼻緒まで黒かった。
それが少し上満だったけど、私は気にせず歩いた。
 そこは真っ暗闇だったけど、何故か私の周りは仄かに明るく、歩くのには困らなかった。
 そうして少し行くと、遠くに何やら光っているものが見えた。私は少し駆け足で、その光るものの所まで行った。草履は履き慣れていないし、着物だってお正月に着て以来だ。だから走りにくかったけれど、それでもなんとか駆けて、それでやっとそこに着いた。
 そこには大きな桜の木が一本、満開の花弁をつけて、堂々と、誇らしげに立っていた。光っていたのはその花弁、淡い光を発し、桜の木全体を包んでいる。それがいっそうその木を美しく見せていたのだ。
 ――それに比べて私は何だ。
 確かに光っているものの、その光は桜に及ばない。しかも、着ている物は真っ白で、足袋と草履は真っ黒なのだ。
 私はその桜がどうしようもなく羨ましくて、同時に、自分の着ている物全てが憎かった。
 ああ、何で私はこんな格好をしているのだろう。
 泣きたくなってきた。
 先程の嬉しさも、憎さも、何処かに消えて、或いはこの向こうの闇に吸い込まれ、心の中は悲しさでいっぱいになった。

 いつまでそうしていたのだろうか。気がつくと、目の前に一人の古武士が現れて、どうかなされ申したか、と訊いてきた。私は涙ながらに、今感じている悲しみを言葉にした。切々と、切々と……
 それを聞き終えた古武士は、それはおかわいそうに、と言ってくれた。
 言ってくれた事が嬉しくて、それでも半分信じられなくて――男には、女のそういう繊細な部分は分からないから――だから言った。分かってくださいますか? と言っていた。
 古武士は、もちろん、と言うように、しっかりと頷いてくれた。そして、ふと今思い立ったようにこんなことを訊いてきた。
「桜の木というものは、何故このように見事な薄紅色の花弁をつけると思いますか?《
 私が分からず首をひねると、その古武士は腰に差していた長い方の刀を抜いて、その切っ先を私に向けると、
「その根元に埋まった死体の血を吸って、薄紅色の花弁をつけるのですっ!《
 そう一息で叫ぶと、その刀を高く上げ、そのまま一直線に振り下ろした。
「…………《
 目の前で、その刀は私の左肩から斜めに線を描いた。そしてその線上に、赤く、とても綺麗な液体が噴き出して、私の着ている真白の着物を、その色で染めていった。
「どうですか? 綺麗な薄紅色に染まったであろ……《
 薄れていく意識の中で、古武士がそう言っているのが聞こえた気がした。
 でも、そんなことは実際どうでもいいのだ。ただ、この真白が薄紅に染まったという満足感だけが、私の心を満たしていた。
 もう一度、もう一度だけ、薄紅色の着物を見ようと目を開けると、淡い薄紅色の花弁が風に狂ったように舞っていた。そしてその中で、あの古武士が、
「これでまた、お前も綺麗な薄紅色の花弁をつけられるな……《
 と言っているのが聞こえたような気がした。
 もちろん、そんなことはどうでもいいのだ。
【終】


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あとがきもどき
 高校の授業で書いたもの。確か、夏目漱石の「夢十夜《の一部を読んでから、それを手本として書くというものだった気がします。で、出来たのがこれ。かなりの異彩を放っておりました。
 結構気に入っております。
 記念すべき第一作となっております。


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