| 言葉 ~A one girl~ |
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少年にとってそれは、何気ない日常の一言だった。 少女にとってそれは、人生を変えるに足りる一言だった。 その違いを決定付けたのは、少女の少年に対する想いからだった。 学校の休み時間。教室の前。廊下で少年は友人二人と歩いていた。二人は何かを話していて――はたで聞いていれば実にくだらないこと――何かの拍子にその言葉が口をついて出た。 「臭い《 少女は、休み時間の廊下で、少年と擦れ違う時にこの言葉を聞いた。 もし相手がどうでもいい男子生徒――失礼かもしれないが真実である――ならば、そんなの気にしなかったろうが――それ以前に聞き流している、相手が密かに想いを向けている相手だと言うことが、その言葉に対する意味を変えた。 少女は、自分の体型にあまり自信を持っていなかった。女子平均よりも低い背と多い体重。用紙も自慢できるものでもない。 自意識過剰。言ってしまえばそれまでだが、少女にとっては、少年の言葉はそれほど重要なのだ。少年がこのアイドルが好きと言えば、密かにその髪形を真似てみたり――似ていないし、似合わないし、気付かれないしの三拍子が揃ったので、次の日には止めた――、このテレビ番組を観ていると言えばなんとしてでも観て――深夜番組だと慣れない夜更かしをして観て、次の日寝坊しそうになったり、授業中居眠りをしてしまっても。それでも、会話には加われない――。それで二人の間が縮まるわけではないのだが、少女はしてしまうのだった。 少年は、少女をただのクラスメイトとしか見ていなかったし、少女は、少年に話しかける勇気など、これっぽっちも持ち合わせてはいなかった。ただ、何かしら同じことをして、そのことで繋がっているという錯覚だけが、少女の恋心を満足させていた。 臭い……もしかして、私……? 無論そんなことはない。少年は会話の中で言ったのであって、彼の嗅覚を何かが刺激して言った言葉ではないのだ。少女には、その前後の会話は聞こえていない。聞こえていたとしても、もう忘却の彼方であろう。だから、少女はそんなことは考えもつかない。擦れ違い様に言われた。それがその言葉の意味を決定付けたのだ。 まず、家に帰ってから丹念に体を洗った。 仲の良い友人がいれば、体臭の事をさりげなく訊けたのだろうが、少女にはそれほど仲良くしている友人がいなかった。かと言って家族に訊くのも気恥ずかしく、確かめないまま体を洗った。 こすりすぎた為に赤くなった肌を見て、これで大丈夫、と少女は思った。 次の日、体育があった。少女は汗かきで、少し運動すると顔が赤くなって少し汗をかいた。 それが気になった。 顔はそれほどでもなかったが、上着の下はかいていて、シャツが少し湿っている。 一日中自分の臭いが気になった。 帰ったらまず風呂に入った。 次の日、お弁当にギョーザが入っていた。少女の好物だった。喜んで食べようとして止めた。口臭が怖くて食べられなかった。残すと母親が心配すると思って捨てた。 帰ったら歯磨きをした。 肉類を食べると体臭がきつくなるとテレビで見て、以来少女は肉類を食べなくなった。無理に食べようとすると吐くようになった。家族は心配したが、少女は大丈夫と答えた。 体重が減った。食べる量が減ったのだから当たり前だ。 お風呂には毎日入るようになった。時間をかけて体を洗い、髪を洗った。洗いすぎて肌が荒れてきたが、そんなのにはかまわず洗い続けた。 病院に行こう。家族の言葉を、少女は無視し続けた。 何かで運動をして少しでも汗をかけば、すぐにスプレーを使って臭いを消して、家に帰ったらすぐにお風呂に入った。朝は、寝汗をかいているからと言ってまたシャワーを浴びた。休み時間毎に手を洗い、何かを食べる毎に歯を磨いた。 はたから見れば以上だったかもしれないが、少女は必死だった。 体臭を消したい、口臭を消したい。とにかく、臭いを消したい。 今では、どうしてそうなったのかさえ思い出せない。ただ、それだけが少女を支配していた。 しかし、それは土台無理なことなのだ。 ある雪の降る朝。犬の散歩をしていた近所の住人が、野原の真ん中で薬を大量に飲んで死んでいた少女を見つけた。 体は綺麗に現れ、真新しい朊にその身を包んだ少女は、長らく見せていなかった安らかな笑顔を浮かべていた。 自ら命を絶つことによって、少女は臭いの呪縛から逃れたのだろうか。 しかし、真実は少女にしか分からない。 だが、こうまでしても、少女は臭いから逃げることは出来なかった。何故なら、人間には分からないごくわずかな臭いをたどって、飼い犬が少女を見つけたのだから。 人の体は臭いを発し続ける。それからは誰一人として逃げ切れるものではない。 少女は、体臭を気にすることから逃げたかったのだろうか…… 結局、彼女が死を選んだ理由は誰にも分からなかった。遺書さえ見つからず、一人の少女はその短い生涯を閉じた。 少年はその少女の死を、ホームルームの時担任に知らされて初めて知った。クラスの大半がそうであったように。 確かに、クラスメイトの――つい昨日まで同じ教室で同じことをしていた者の――死は、微かに悲しみを誘ったが、それ以上のことはなかった。別に、少女は少年にとっては、クラスメイト以上の特別な存在ではなかったのだ。 あれに似ている。映画やドラマ、小説や漫画でもいい、吊前のついているだけの脇役が殺されたり死んだりしても、見る者はその死に何の感情も持たない。そういうような心境だと思えるが、それは少年にしか分からない。 葬式には、クラスの代表と担任の先生などだけが行った。香典はクラス全員で少しずつ出し合った。と言っても、自分の小遣いからではなく、親からであろう。 別に、今回のことは少年が悪かったわけではない。かと言って、少女が悪かったわけでもない。小さな偶然が重なって、大きな歪みが出来てしまった。ただそれだけで、決して少年を責める事は出来ないのだ。ただ、その結果があまりにも残酷だっただけで。 確かに、少年の一言がこの結果を招いたのは疑いようのない事実だ。しかし、何気ない一言が相手の人生を左右することだってある。 しかし、言葉がなければ人は人と理解し合えない。 言葉は相手をいたわることも、傷つけることも出来る。 だから忘れてはいけない。 「だからさあ、あれのどこが美味いんだよ《 「なんでだよ、すげー美味いじゃん。飯にかけたらさいこーだぜ《 「それがわかんねーんだよな。ただの臭い豆じゃん《 「その臭いがたまんねーの《 それは、本当に、日常の何気ない会話だった。 【終】 |
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| あとがきもどき |
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これまた高校の文芸部時代に書いたものです。まあ、これから一気upする作品のほとんどがそうなんですが(汗)後からゆっくり増えていくのは今書いているもの(多分) お話は、よく考えていること。人は時に残酷だから。 |
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