| シルキー Silky |
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その家は、少し前にお嫁さんを貰ったばかりでした。それはとても可愛らしいお嫁さんで、村の男達は大層羨ましがりました。 お嫁さんは隣村の娘でした。器量がいいと評判で、この辺りの男達の憧れの的でした。その心を勝ち取った幸運の男は、村以外の男達からも嫉妬されましたが、彼の人柄の良さに皆拍子抜けしてしまい、嫌がらせさえも出来ませんでした。そして、皆心からの祝福を、その若い夫婦に贈ったのでした。 若い夫婦はとても幸せでした。村の人達から、村以外の人達から、めい一杯祝福されて、本当に幸せでした。 だけど…… 村にその旅人が来たのは、春の陽射しから夏の陽射しへと変わる季節。滅多に旅人の来ない村なので、その姿を見つけた者は一様に首を捻りました。はて、道にでも迷ったのか、それとも、何かを売り歩く旅の商人なのか。しかしその姿は迷い人でも、行商人のようにも見えません。そしてその足は、迷うことなく一つの家に向かっているのでした。その足の行き着く先に気が付いた村人たちは、ますます首を傾げます。 その家とは、つい先月お嫁を貰ったばかりの、若者の家へと向かっているのでした。 こん、こん……、とその若者の家のドアがノックされます。人々は興味津々でその姿を遠巻きにして見ています。 返事がないので、またノックをしようとその旅人が手を動かそうとした時、ばん、とドアが開きました。顔を出したのは、お嫁さんを貰ったばかりの幸せ者の若者です。細長い顔をして、丸い眼鏡をかけているその人は、いつもは優しい微笑みをその顔に浮かべているのに、何故か今日はどこか疲れたような顔をしていました。若者は旅人の姿を認めると、ぐいっとその腕を引っ張り、旅人達を家の中に入れました。 そう、旅人は一人ではなく三人だったのです。しかもその内の二人はまだ年端もいかない子供の形をしていました。一番身長の高い者でさえ、どこか頼りないように村人には見えました。 三人の外見ですが、その一番身長の高い者は、黒ずくめの格好をしていました。そして顔には黒眼鏡をかけています。そして、一番人の目を引いたのは、ここらでは見かけない、藤の花と同じ色をした髪でした。その人の後ろを並んで歩いていた子供は、まったく同じ服を身に付けていました。しかし、長くて綺麗な銀髪をした子供の方は、服のフードをすっぽりとかぶって、その顔を隠していました。そのフードの両側から、フードの中に納まり切らない銀髪がはみでて、両肩に下がっているのです。もう片方の、フードで顔を隠していない方の子供は、少しはね気味の金髪を肩の辺りで揃えていました。二人とも、十歳くらいの少女に見えました。 さて、村人たちが見れたのはここまでで、ここから先は、家の中にいる人しか知りません。何故なら、若者の家の誰に訊いても、このことは話してくれなかったからです。 「お待ちしていました」三人を家に入れた青年は、興奮したようにそう言います。 「すいません、お待たせしてしまって」 黒眼鏡の奥の睛を細めて謝るのに、青年は慌てて訂正します。 「いえ、そんなつもりじゃ。約束の日より早いくらいで」 「ああ、運良くエルフの抜道を使えたんです。知り合いに会えて。まあ、この話は今は関係ないでしょう。それで」 「はい……」 青年はそう言いながら、待ち人の後ろにいる二人の子供のほうに目を向けます。二人はきょろきょろと玄関を見回していました。しかしその視線に気付くやいないや、ぴしっ、と姿勢を正します。「ああ、この二人ですか」 微笑をたたえながら、二人を前に出して言います。 「こちらはエリン、私の弟子です。こちらはフェイ、私の助手です」 「初めまして、エリンです」金髪の方が言います。 「こんにちワ、フェイよぉ」銀髪の方も言いました。青年は二人の顔を−−銀髪の方はフードに隠れて見えませんが−−交互に見て、そして待ち人の方を見ます。 「見た目は子供ですが、下手な大人よりは頼りになりますよ」 「しかし、キャロルさん」青年が待ち人の名を呼び、不安げに言います。「大丈夫なんですか?」 「大丈夫ですよ、カーターさん、二人とも、一応口は固いですから」 「一応、ですか?」 「まあ、その話は後にして、早く連れていってください」 まだ腑に落ちないようですが、カーターは、こちらです、と言って三人を奥へと案内しました。 カーターが案内したのは居間でした。そこには女性が二人いました。その女性の一人が、居間に入ってきたカーターを見つけて駆け寄ってきます。 「フロイド、そちらが妖精博士のキャロルさん?」 女性の言葉に、キャロルは、はいそうですよ、と笑顔で頷きました。すると女性は胸の前で手を組んで、言いました。 「お願いします、どうか、お願いします」 「落ち着いてください、奥さん」 「おくさん……」 ぴくん、とその形のいい眉が動きます。 「奥さん? どうかしました?」 「あ、キャロルさん、その」 カーターが止めに入りますが、もう後の祭りでした。 「ああ、私を『奥さん』だなんて呼ばないでくださいっ、私は『奥さん』と、『奥さん』と呼ばれるような資格はないんです。この家に来てから、私は一度も『奥さん』らしい事をしていないんです、あの人に全部やられて」 びしっ、と指差したのは、居間に居たもう一人の女性でした。キャロルも、その後ろにいたエリンとフェイも、その指差された女性を見ました。その人は若い女で、さらさらと衣擦れの音がする白い絹を着ています。手にははたきを持ち、鼻歌交じりで居間の掃除をしています。 「部屋のお掃除も、お洗濯も、朝昼晩の食事も、みぃーんなあの人に先にやられてしまって。私は何一つ、何一つ家事をしていないんです」 涙まじりの訴えに、キャロルは、成程、と頷きます。 「僕達が結婚した次の日に、どこからともなく現れたんです」 終いに泣き出してしまった妻を抱きしめながら、カーターはキャロルに説明します。 「それからというもの、家事の全てをあの人がやってしまい、働き者の妻はノイローゼ気味で。そこで、風の噂で聞いた貴方に依頼を」 「貴方は何故妖精博士の私を? どうしてあれが妖精だと思ったのです?」 このような質問がくるとは思っていなかったのでしょう、カーターは言葉に詰まってしまいます。カーターに代わってその質問に答えたのは、奥の部屋から現れた一人の老婆でした。 「私が、お主を呼ぶよう息子に言ったんです」 「母さん」「お義母様」 二人は同時に言いました。 「おかあさん……ああ、カーターさんのお母様で」 「はい……妖精博士様、貴方様を呼んだのは、この私でございます」 「様はよしてください、そんなに偉い存在ではありませんから。それで、どうして貴方は」 「はい、昔、子守歌代わりに祖母から聞いた話に、今回のと似たようなものがあったもので」 「ふむ、実にいいお母様をお持ちですねカーターさん。その読みは当たりです。あれはシルキーという妖精ですよ」 「シルキー、ですか?」 ええ、キャロルは、シルキーを知らないらしいカーターとその妻に、簡単なシルキーの説明をします。 「ブラウニーをご存じですか? あのお手伝い妖精のことです。ああ、ご存じですか、それは良かった。だいぶ説明が楽になります。シルキーは、簡単に言えばそのブラウニーの女性版です。家につき、その家の家事をします。何でもこなせるので、怠け者の召使にとっては、どんな怨霊よりも恐ろしい存在ですね。何と言っても、タダで家中の家事をやってしまうのですから、いつクビになるか……」 くい、くい、と袖をエリンに引かれ、キャロルは我に返ります。 「ああ、すいません。どうも私は説明をしだすと止まらないようで」 あはははは、と乾いた笑いをあげますと、キャロルはシルキーのほうを向きます。 「あの、退治できるのでしょうか?」 カーターが声を潜めて訊いてきたのに、キャロルは一転して厳しい顔になって言いました。 「何を言うんですかっ、シルキーはただ家事をするだけの、心の優しい妖精なんですよ、退治するなんて」 「そうですフロイド、あんなに綺麗に埃を取れる人に、悪い人なんていませんわ」 キャロルと妻の二人に叱られて、す、すいません、と小さくなるカーター。 「そ、それで、どうやって……」 「うーん、そうですねえ」 「そうですねえ、って。何も考えていないんですか?」 「ええ、まあ。シルキーを追い出してくれ、なんて願い事をする人はあまりいないんで」 「そんな」 キャロルが知恵を絞っている間、キャロルの弟子と助手のエリンとフェイは、シルキーの観察をしていました。 「すごいね、埃が全然つかない」 つい、ッと窓枠に指を滑らしたエリンが漏らします。 「ホントだネー、すっごいキレーよぉ」 フェイも漏らします。 「いーなー、どうして追い出そうとするのかなあ。こんなに綺麗に掃除をしてくれるのに」 「ホントだよぉ、こんだけキレイにしてくれるんナラ、ウチにも来てほしいネ」 「そうだよね、特にお師匠様の書斎を掃除してほしいよ。もうあそこはジャングルだもん」 「そだよー、入ったら雪崩が起きる」 「どこに何があるか分からないし」 二人は顔を見合わせて、はぁー、と深く溜息を吐きました。 それに初めに気付いたのは妻でした。 「あら、シルキーは?」 他の人もそれでやっと、シルキーがいなくなっていたことに気が付きます。 「どこに行ったんでしょうかね」 首を傾げるキャロルは、カーター達に家の中を見てくるよう言います。三人は家の隅々を見て回りますが、どこにもシルキーの姿はありません。 「ああ、ありがとうございます。これでやっと『奥さん』らしいことが出来ます。お掃除をして、お洗濯をして、お料理をして」 「いや、私は何もしてないんですが」 「ありがとうがございます、キャロルさん。これで妻も元気なります」 「ですから、私は何も」 キャロルの言葉を、誰も聞いてはいませんでした。 シルキーがいなくなったお陰で奥さんは元気になり、旦那さんはそれを喜び、義母は静かにそれを見守っていました。 キャロルとエリンとフェイの三人は、その晩は夕食をご馳走してもらい、宿まで借りて、次の日見送られて家路につきました。 「私は、本当に何もやっていないんだけどなあ」 キャロルは最後までそう言っていました。 「…………何これ……」 家について、書斎の扉を開けたキャロルは目を疑いました。 「どうしたんですか? お師匠様」 「どしたか? キャロル」 二人はキャロルの後ろから書斎の中を覗きます。そしてやはり言葉を失います。何故なら、あれだけ散らかって、足の踏み場もなかったキャロルの書斎が、すっかり綺麗に片づいていたからです。 「……ここ、私の書斎ですよね」 キャロルは二人に訊きます。 「はい、確かにお師匠様の書斎です」 「フェイたち片付けしてないよ」 「……じゃあなんで……」 キャロルは茫然として書斎の中を見回します。そして、山と綺麗に積まれた本の向こうに、見覚えのある人影を発見します。 「シルキー……」 そう、そこにはカーターの所にいたシルキーが、せっせとはたきをかけてました。 「何でシルキーがここに」 呟くキャロルの後ろで、エリンとフェイの二人は顔を見合わせます。 ……まさか…… しかし口には出しません。二人とも、足の踏み場もないキャロルの書斎には困っていたからです。 それから数日、妖精博士の家から悲鳴が聞こえました。 「あの本はどこにあるんだぁー!」 余談。 キャロルの部屋は数日のうちに元に戻ってしまいました。 始めのうちはシルキーもがんばって片づけをしていたのですが、とうとう匙を投げてしまい、いつのまにか消えていました。 |
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