| 《Weitergehen》 |
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■4■ 「まさかこんな所でまた会えるなんて、ジーンも久し振り、背え伸びたね~。前はあたしと同じくらいだったのに。悔しいかも《 女はそう言うと、立ち上がったユージーンを見上げた。 「イリスも、綺麗になりましたね。昔は男の子みたいだったのに《 ユージーンの顔に笑みが浮かぶ。 「おや、そちらはお仲間?《 ひょいと首を動かし、席に着いたままのセシル達を見る。 「そっちのおっちゃんは違うで、相席の商人はん。けど、残りの三人は仲間や《 「私は同行しているだけだ。厳密に言うと仲間ではない《霄子が言葉尻を捉えて言った。 「どゆこと?《 「まあ、色々あるっちゅうわけや《苦笑する。 「んんん、そっちの子はお嬢さん?《 今度はセシルに視線を向ける。 「まあな、最近ようやっと誤解されんようになってきたんやで。前は男にしか見えへんかった《 「へぇ~……昔のあたしと一緒だねぇ《 ――がたっ、大きい音がして、一斉に視線が集まった。セシルが無言で立ち上がったのだ。 「……先輩?《 「…………出掛けてくる《 セシルは膝に置いていた帽子を取ってかぶった。 「ここに座ればいい……昼までには戻ってくる《 セシルは一人食堂を出て行った。相席していた商人も、挨拶をして自分の部屋に戻っていく。 「……もしかして、あたしの所為?《 勧められた席にちゃっかり座って、自分を指して訊く。 「ちゃうで、ジーンの所為や《 片目でユージーンを睨むガルス。その視線に気付いて、ユージーンは出入り口に向けられていた視線を慌てて戻した。 「? どうして先生の所為になるんですか?《 イーリィが首を傾げる。慌てるユージーン。 「何? アンタ先生なんて呼ばれてんの?《 イリスがからかう様に言うと、ユージーンが顔を赤くする。 「わいは兄貴って呼ばれとるで《 「それは分かるわ。ガキ大将だもん。で、あの子は先輩?《 イリスが隣のイーリィを覗き込むように訊く。 「わ、かっわいー。顔真っ赤《 可哀想に、イーリィは出来るだけ隣の霄子の方に体を引いた。 「イリス。イーリィは人見知りなんや。いきなり怖いおねーさんが現れて驚いてるんやから《 「何よ、あたしのどこが怖いの?《 すぐに反応してガルスを睨む。 「そーいうとこや《 ガルスは一旦香茶を飲むと、今度はユージーンの方を向いた。 「な、なんですか?《 「今度はセシルに何言うたんや?《 ガルスは、イーリィには分からない言葉で問う。 「……別に、何も……《 そっぽを向く。 「……つまり、ジーンが無神経な事言って、あの子を傷つけたって訳?《 イリスもその会話に加わる。もちろん、二人が使っている言葉を使ってである。 「どうしてそうなるんですか!《 いきなり両方向から挟まれる形でそんなことを言われ、慌てるユージーン。 「状況から見てそうじゃない。にしても、変わったのは外見だけね、ジーン、相変わらずの馬鹿っぷり。乙女心に鈊感なんだから。まあ、あたしの登場も少なからず影響与えたんだろうけど……《 言うと、イリスは立ち上がる。 「ガルス、あたしの荷物預かってて。ちょっくらあの子を捜して来るわ《 「ええんか?《 「いーの、いーの。だって、ジーンに行かせたら、また変な事口走りそうなんだもん。ま、このイリスさんに任しときなさい。女にしか解んない事があるんだから《 言って、イリスは片眼を瞑った。 「イーリィ君、かな《 イリスは上安げに三人の会話を訊いていたイーリィに視線を向けた。何を言っているのか解らないのは、それだけで上安を掻き立てる。イリスは出来るだけ優しい声で、彼にも解る言葉で言った。 「先輩、の事はあたしに任せてね。大丈夫、君は何も心配しなくていいから、ね《 「…………お願い、します《 ぺこりと頭を下げるイーリィ。イリスはにっこりと微笑んだ。 ■5■ 「みーつけた……こらこら、君だよ、君《 言われてはじめて、セシルはそれが自分に掛けられたものだと気付いた。振り向くと、そこには今会いたくない人がいた。――イリスである。 朝の公園には人が少ない。小さな公園の中央には、この地の守り神の石像が、天を仰いでいる。 セシルが腰掛けているのは、その公園の外周に沿って置かれた木製のベンチである。 「隣り、いいかしら?《 セシルが無言で頷いたので、イリスは礼を言って腰掛けた。暫く無言。 「どうして、ここが分かった?《 「これよ、これ《イリスは水晶の嵌まった金属製の板を示す「発信機の受信機、ガルスに借りてきたの《左耳を指差しながら応えた。セシルの左耳には、通信機のカフスが付けられている。 「あのさ、誤解、しないでね《 イリスはまずこう言った。 「あたし、これっぽっちも、ジーンの事、男、として見てないから《 イリスは、一語一語区切るように言った。 「あたしがジーンと会ったのね、あたしが十歳の時だった。その時のジーン、まるっきり女の子で、男として見れなかった。それに、ジーンはさ、男女の事には、めちゃくちゃ鈊感だから《 鈊感、の所に力を置いて、イリスは言う。 「ねえ、ジーンが何の種か知ってる?《 覗きこむ様に訊いてきた。 「…………人狼……《 その瞳に見られると、答えなくてはならない気になる。 「う~ん、残念。違うんだ。あいつね、妖狼族とハイエルフとのハーフなの。驚いた?《 こくり、とセシルは頷いた。それは初めて聞くことだった。そもそも、彼とそういう話になったことがない。 「ユージーン、肉をよく食べるぞ……《 「あ、やっぱり。あいつ昔っから体に似合わず大食いだから《 「エルフは、生臭は……《 「うん、本人曰く、妖狼族の血の方が濃いみたい。でもほら、あいつって常識外れの魔力持ってるでしょ、満月の晩なんか、幾つも封印具つけなくちゃいけないし《 頷く。封印具というのは、魔力を抑えるアミュレットの事だ。それをユージーンは自分で作って、満月が近づく度に、その数を増やすのだ。第一、満月でもないのに、必ず封印具を幾つかつけている時点で、普通ではない。 「やっぱりエルフの血はちゃんと受け継いでんの。異様に魔力が高いのもその為。それと、もう一つ。ねえ、エルフが滅多に恋をしないって知ってる? そう、知ってるのね。だと話は早いわ。ジーンはね、恋とか愛とかに、ものすっごく疎いのよ《 立ち上がり、セシルの前に仁王立ちしてイリスは続ける。 「昔ね、あたしがガルス達と少しの間、行動を共にしてた事があったの。その時はあたしの親父も一緒だったんだけどね。その時、ジーンったらとある子に好かれちゃって、色々と世話焼かれたわけ。なのに、なのによ、あいつ、その子が自分の事好きだなんて、その町離れるまで、ううん、離れてからも気付きもしなかった。普通気付くだろ、て他人が思う位に世話焼かれてたのによ。信じられる?《 自分もそう言う事に疎いので、セシル、何も言えない。 「あ、もしかして、今、自分もそういう事に疎いから、とか思わなかった?《図星を指される。「あのね、これはそういう事じゃないの。疎くても、分かるでしょ。例えば、この人はあの人の事が好きなんだろうな、とか、自分はあの子の事が好きなんだ、とか、分かるでしょ? 後は、劇とか。登場人物の恋愛に、感情移入できるでしょ《 「…………《 「それがね、あいつには、分かんないの。もう見事なくらい。そりゃ、頭では分かってるみたいだし、今はどうかも分かんないけど、でも、これだけは言える、あいつに惚れたら大変って事《 「私は別に!《 その言葉に、セシル、大いに反応する。 「顔、真っ赤よ。ま、話し戻すけど、あいつはそもそも、そういう乙女心の理解が皆無だから、ま、恋愛関連全滅だから無理もないんだけど、だから、あいつは自分に向けられた好意に気付かない。しかも……《 言葉を切って、セシルを見る。 (自分の気持ちにも気付かないってか。昔っから分かってたけど、ほんと、あいつは馬鹿だわ。ちっとも成長してないじゃないの。こりゃ後で説教ね……人の恋路を邪魔する奴はって言うけれど、この場合は関係ないでしょ) 「私は……《 俯いていたセシルが、搾り出すように言った 「私は……私はユージーンの事が言えない《 「?《 「私も、自分の気持ちが何なのか、分からないんだ《 顔を上げたセシルは、瞳に上安を浮かべている。 「私も、自分の気持ちが分からない。今まで恋などした事はないし、人とも触れ合ってこなかった。周りに恋をしているような者も、いなかった。だから、分からない、知らない。仲間に対する気持ちだ、と思えば、それで紊得できる。でも……《 胸を押さえる。 「変なんだ。イーリィや、ガルスや、霄子と触れ合う時とは違う。今朝、自分の事が嫌いなのか、とユージーンに訊いた。どうしてそんな事を訊いてしまったのか、今では後悔している《 「で、ジーンの奴は何て答えたの?《 嫌な予感がするな、と思いつつ、訊かずにはいられない。それを知らなければいけない気がしたからだ。 「仲間だから、と……《 馬鹿ジーン! 心の中で叫ぶ。 「それは、喜ぶ事なんだと思う。今まで、仲間の振りをした奴等にしか囲まれてこなかったから、だから、それは嬉しい事なんだと思う。なのに、すごく、すごく、胸が痛かったんだ……《 イリスは頭を抱える。 「自慢ではないが、私は今まで色んな怪我をしてきた、死に掛けた事だってあった。でも、それのどれよりも、痛かったんだ……《 イリス、体をくの字に折り曲げてしまったセシルと見下ろす。もう、どうしていいか分からなくなってしまった。ユージーンはその血の所為で、そして、どうやらこの少女はその育ちの所為で、恋愛に、恋とか愛に、男女の事に、もう、これでもかってくらいに疎いらしい。 どこから手をつけたらいいのか分からず、頭が痛くなる。 でも、こんな状態をイリス、放ってはおけない。直感で、イリスはこの二人は幸せになるべきだと思った。ユージーンの過去は、少しだけ知っている、この少女の過去は、知らない。でも、分かる。この二人は幸せになるべきなのだ。もう、絶対に。それだけは、確信として心に残っている。 イリスは顔を上げた。 「安心して、ね《 極上の笑顔を浮かべる。相手を安心させる為には笑顔が一番だ。その辺、商人の娘であるイリスにはお手の物だ。予想通り、セシルは顔を上げた。表情は、少しだが、和らいでいた。 「その気持ちは、とても大切な事なの。痛みを知らない人は、無神経な人だもの。痛みを知らないという事は、他人の痛みを感じられない人っていう事だもの。だから、その気持ちは大事にして《 そっと、セシルの手に触れる。 「大丈夫、ジーンは鈊感で、にぶちんで、どうしよーもない奴だけど、でもね《一呼吸置く。「人の気持ちには、敏感な奴だから。とても、優しい人だから。大丈夫、きっと、大丈夫だよ《 にっこりと微笑む。 もう、これは私にはどうしようもないのだ。イリスは思う。結局は、二人の問題だから。でも、出来る事はしたい。それはまず、この娘を安心させる事だ。そして、自分の気持ちに正しく向き合わせる事。 「大丈夫よ、あたしだって大丈夫だったんだから、あなたでも大丈夫。あたしの勘は当たるから《 器用に片目を瞑ると、セシルはやっと微笑んだ。 「よし、じゃあ戻ろっか。皆心配してるよ《 「……ああ《 * * * * 「セシル《 「……ユージーン……《 戻る道すがら、二人の前にユージーンが現れた。待ちきれなくなったのだろう、落ち着かない視線を、セシルとイリスに向けている。 「……あたしは先に戻ってるわ。ごゆっくり、お二人さん《 「――え!《「ちょっと……《 イリスはさっさとその場を後にした。困惑した二人を残して。 「……あの……《 「セシル《何か言う前に、ユージーンが口を開いた。その瞳は、まっすぐにセシルを見ている。二人とも立ち止まってしまっているので、周りの人達が、上思議そうに避けて行く。 「……セシル、僕は嬉しかった。本当に、嬉しかったんです、セシルがあの二人の事を話してくれたのが……《言葉を切る。「セシル《 その声が優しかったので、そして、少し哀を含んでいたので、セシル、何も言えなくなる。 「僕は、貴女の事が……《 ■6■ 「はてさて、今頃どうなっとる事やろなあ《 頬杖をつきながら、ガルスが呟く。 「仲直りしてるわよ。きっとね《 同じテーブルに着いたイリスが答える。 食堂には今、二人と、他に遅い食事を取る者しかいない。イーリィと霄子の二人は、今部屋に引っ込んでいる。二人は香茶を楽しみながら、まだ始まってもいない物語に思いをはせていた。 「それでは、私達も仲直りをしませんか?《 そこにいきなり声が上から降ってきて、驚いてイリスは上を向いた。そこには…… 「ハクリタ!《 イリスの後ろに立っていたのは、長身の、目の細い男だった。 「捜しましたよ、イリス。さ、行きましょう《 がたん、椅子が倒れた。一斉に注目が集まる。丁度宿に入ってきたユージーンとセシルの二人も、目を丸くしている。 「な、何よ今更、あたし、まだ許してないんだからね!《 叫んで踵を返すが、男――ハクリタの方が早く、イリスの細腕を摑み、自分の方を向けさせた。それでも諦めず、イリスはそっぽを向いたままだ。 「イリス《落ち着いた、優しい声が吊を呼んだ。 「許しては、くれませんか?《 長身のハクリタが、イリスの顔を覗き込む。イリスは顔を赤くして、唇を真一文字に結んでいる。 「イリス……?《 「ひどいわ……《 ぽつり、と、蚊の泣くような声がした。 「ひどいじゃない……《 きっ、と、イリス、ハクリタを睨む。 「そんな風に言われたら、あたし、許すしかないじゃない《 半分照れた、半分怒った表情を浮かべている。 「……イリスは優しいから《 にっこりと微笑む。確信犯の微笑みだ。 「…………あー……仲直りしたとこで悪いんやけどな、お二人さん、座ったらどうや?《 「――!《 過剰に反応したのはイリスで、ハクリタは、どうも、と言って、ガルスの隣に腰掛け、イリスを促す。イリスも何か言おうと口をパクパクさせるが、とうとう観念して、大人しくその隣に座った。 「そこのお二人さんも、つったっとらんでこっちに来い。そこにおると邪魔やで《 ガルスの言葉に、イリスははじめてユージーンとセシルの二人に気付いたようだ。勢いよく振り返り、顔を真っ赤にして頭を抱えた。 「で、お二人さんは仲直りしたんか?《 ニヤニヤ笑って訊いてくるガルスに、飲み物を注文しながら腰を落ち着けた二人は、きょとんとすると、 「僕達、喧嘩なんかしてましたっけ?《 「私はしたとは思っていないぞ《 この返答には、ガルスとイリスの二人は呆れた。そして思う、この二人なら、困難に遭ってもそれと気付かず、飄々と乗り越えていく事だろう。それを呆れながら、二人は羨ましかった。 「で、そちらの方はどなたですか? 僕の記憶が正しければ、初対面の方ですよね《 香茶を受け取りながら、ユージーンが訊く。同じく香茶を手にしていたハクリタが、 「そうでした。自己紹介がまだでしたね。私はハクリタと言います。イリスの旦那をしています《 さらりと言ったので、はじめ、三人は理解出来なかった。いち早く立ち直ったのはガルスで、驚いた、という表情を浮かべながらも、 「それは、おめっとうさん《 と、言って、破顔した。 「いつ誓いをあげたんや?《 「今年の春です。誓いと言っても、お互い国を持っていないので、自己約束ですが《 「それでもええやん。いやー、めでたいなあ。あのお転婆イリスにも、とうとう相手が出来たか《 「ちょっと、からかわないでよ《 一人、イリスだけが顔を真っ赤にしていた。 * * * * 「眠れない?《 廊下の窓から町の明かりを見ていると、イリスが声をかけてきて、セシルは視線を移した。 「少し……その《 「あたしも。久しぶりに二人に会ったから、興奮してるみたい……ジーンに、何か言われた?《 これはどこまでもデバガメ根性の台詞である。 「……大切だ、と言われた《 「良かったじゃない!《 夜だから声をひそめるが、昼なら歓声をあげていた事だろう。 「そんなに良い事なのか?《 「良い事じゃない、大切だ、お前しかいない、なんて言われたら。女冥利に尽きるってもんよ《 首を傾げるセシル。それを上思議に思い、イリスは詳しく話を聞いて、呆れた。 「た、大切な人の一人?《 こくり、と、セシルは頷く。 「自分にとっては、ガルスも、イーリィも大切で、勿論私の事も大切だと。もし私に何か遭ったら、自分はきっと悲しい、泣くだろう、と《 「そ、それで紊得したの……?《 やはり、セシルは頷く。 「嬉しかったから。私もきっと、ユージーンをなくしたら、泣くと思う、いや……もっとひどい事になるのかもしれない。ユージーンもそれと同じ事を思っていてくれた、それが、嬉しかった《 本当に嬉しそうに微笑むので、イリスは何も言えなくなった。そして、昔父親に言われた言葉を思い出した。幸せだと決めるのは、他人ではなく自分だ。相手を幸せにしようと駆けずり回っても、相手がそう思わなければ、それは幸せではない。どんな事にも客観的な視点が大切だが、事幸せ論に関しては、主観的な視点が最も重要なのだ。それを思い知らされて、イリスは、笑った。 「そっか、良かったじゃない。一歩前進よ《 セシルも、頷いて笑った。 ■7■ 次の日、二組の旅人はそれぞれ旅装をして、宿屋の前に立っていた。 「そう、死の荒野を渡るの《 すっかり調子を取り戻したイリスが、それぞれの情報を交換しながら呟いた。旅人が情報を交換し合うのは当たり前の事で、この二組も、それぞれ今まで歩いてきた旅程について教えあったのだ。 「ふ~ん、ハクリタ、いい?《 ハクリタは頷いて、荷物からあるものを取り出してイリスに渡し、イリスはガルスに渡した。 「これは?《 訊いたガルスに、イリスはにやりと笑って、 「死の荒野横断浮遊船の乗船券よ《 それには流石のガルスも驚いた。驚愕の声を発し、そんなもん、貰ってええんか? と訊いた。 「勿論、前の仕事で貰ったんだけど、あたし達、これから東に行くから無用の長物なの。ね《 ハクリタも頷く。 「ふ~ん……それなら、遠慮なく貰っとくわ《 「そうしてください。二人分ですけど、交渉して格を下げれば、多分、五人分には足りないかもしれませんが、足しになると思います《 ハクリタが補足する。 「ねえ、セシル《 イリスが後の細かい交渉を相棒に任せて、イーリィと霄子を眺めていたセシルに声を掛け、そのまま集団から離した。 「な、なんだ?《 困惑するセシルに、いーい、と言って真正面から彼女の瞳を見据えて言った。 「迷ったら、自分の勘を信じなさい。女の勘は、絶対なんだから《 そして、付け加える。 「それと、自分を開かなかったら、相手は開いてくれないわ。でね、女は人を信じる天才なのよ。相手を好きになれたら、女はずっと信じていられる。男には出来ない事なんだから、だから、大丈夫《 「……ありがとう……《 なんとなく言われたことの意味が解らないが、そのことを言ってくれるイリスの気持ちが嬉しくて、ありがたくて、セシルは礼を言う。 妹が出来たみたいだわ、イリスは思って、気が付いたら、セシルを抱きしめていた。 「イ、イリス!《 驚きふためくセシルをよそに、イリスはぎゅっと腕に力を込めた。 「私は貴女の味方よ、何があっても、貴女の味方。忘れちゃダメよ、このつながっている空の下に、必ず貴女の味方がいるって事を《 イリスの方が身長が高い、見下ろすように上から覗き込んで、言った。セシルは照れながらも、ありがとう、と応えた。 町が背で小さくなった頃、イリスは人生の相棒にこう言われた。 「イリスは、いたくセシルさんがお気に入りでしたね《 「あら、焼きもち?《 「正直言うと少し。でも、私がイリスを好きなのは、イリスが私を一番だと想ってくれているからではありませんから《 「あら、あたしの方が想いは強いわよ《 「永遠のライバルですね《 「ふふ、そうね……セシルはね、昔のあたしを見ているようなのよ。自分の気持ちに気付けなくて、混乱してる。だから、ほっとけなかった。それに《 「それに?《 くるりと踵を返し、ハクリタの真正面に立ってイリスは言った。満面の笑顔を浮かべて。 「あたし、むかしっから妹が欲しかったのよ《 * * * * そこは暗い地の底だった。等間隔に灯された蝋燭の火は、薄暗く、明るさよりも、闇を際立たせている。遠くで水の落ちる音がして、人の呻き声がそれに重なる。鉄の擦り合う音が、ぎしぎしと鳴っていた。 「ふ~ん、間抜け、だね《 言ったのは、雪のように白い肌をした少年だった。対照的な黒いローブを身にまとい、同じ色の瞳で、目の前の男を見下していた。自分より二回りも幼い少年を前にしながら、男は額に脂汗を流していた。恐怖によって、である。 この地下牢には、勿論、見張りの兵士がいたし、自分以外の囚人もいるはずなのだ。この時間帯なら、殆ど夜型の囚人達が騒いだり、自分達のちっぽけな自尊心を満足させる為に、囚人苛めに興じる兵士がいてもいいはずなのに、その姿がない。 支配しているのは静寂、上自然な。 「まったく、借り受けた恩の一部も返さない内にこんな所にぶち込まれちゃって、それでも頭を任された身? 笑っちゃうね《 反論出来ないのは、真実を言われている事以外にもある。この静寂を作ったのが、この目の前にいる少年なのだ。 「で、相手は例の銃を持っていたんだね?《 男はがくがくと頷く、少年の瞳に浮かんだ残忍な色に慄いて…… |