| 《Weitergehen》 |
| Weitergehen 第十四話 占師 |
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浮遊船の発着場は、人と荷でごちゃごちゃしていた。それは活気のあるいい光景で、だから、余計にそれは似合わなかった、別れの場に。 「どうしても行っちゃうの?《 「くだらん、そういう約束であったろうが《 という問答を、イーリィと霄子は既に十回は繰り返していた。二人とも長旅の旅嚢を背負って、霄子、イーリィの順で歩いている。その後ろを、セシル、ユージーン、ガルスが並んで歩いていた。横に並ぶのは行儀が悪いが、これだけ混雑していると、縦に並ぶ方が危ない。容易にはぐれてしまうからだ。横に並んで、相手の存在を確かめていないと、いつの間にかはぐれてしまう。 「イーリィは意外に粘り強いですね《 とはユージーン。 「でもま、見る目はあるで、ちゃんと成長したら、あれは美人になるからな《 とはガルス。 「ちゃんと?《聞きとがめたのはセシルだ。 ガルスは吊言はしなかった。 「……しつこいぞ、イーリィ《 先に折れたのは霄子で、立ち止まって振り返る。 「だって……俺、霄子と離れるの嫌だもん《 ぷう、っと両頬を膨らませるイーリィ。 「嫌だもん……だと……何、世迷い事を……《 急に立ち止まったものだから、二人とも一瞬にして障害物になってしまった。 「こらこら、痴話げんかならこないなとこでやらんで、二人とも、場所を変える変える《 「ち、痴話げんかだと! ふざけるな、そんなものではないわ《 「霄子、顔が赤いよ《 「主が言うな、イーリィ!《 結局、一堂は食堂へと入った。どちらにせよ、皆腹が減っていたのだ。浮遊船が着いたのが昼前だった為、どこの食堂も満杯で、やっと空席を見つけられたのは、最初の食堂の入り口をくぐってから五軒目であった。とりあえず注文をして、落ち着く。出された水を口に含んで、まずガルスが口を開いた。 「で、これからどうするか、なんやけど《 ちらりと霄子を見る。霄子はイーリィを一瞥して、 「共に行くのはここまでの約束だ《 それにイーリィは表情を歪める。 「ま、そういう約束やったしな。イーリィも諦め。霄子には霄子の、イーリィにはイーリィの目的があるやろ。それを自分の都合で台無しにしたらあかん。それぞれに進みたい道、進むべき道があるんやからな。それに、分かれた道はずっと分かれたままやない。道はいつか交わるものや。それは遠いことかもしれんが、でも、無やない。イーリィが諦めさえしなければ、忘れさえしなければ、その道は交わるんや、いつかな《 「……はい《 大人しく頷いて、イーリィは霄子を見る。 「な、なんだ?《 「霄子、ごめん。俺、勝手なこと言ってた。俺が離れたくないから、勝手なことを言ってた。だからごめん。でも、離れたくないのは今も変わんない。だから《 「だから、何だと言うのだ?《 「霄子、俺の事、忘れないでね。俺も、霄子の事忘れないから。いつか、道は交わるよね。ね《 「……莫迦か、主は《 「え?《 「そのようなこと、言われずろも私は忘れぬ。私は忘れぬぞ。イーリィこそ、忘れるでないぞ《 「も、もちろんだよ!《 叫んで、店員達が振り返り、それに気付いて顔を真っ赤にするイーリィ。それでも、霄子に指切りをしようというのだから、強い。 「問題はわいらのほうやな。ただ漠然と北に行くことを目的としとったが、これからはそうもいかなくなる……《 運ばれてきた料理に口をつけながら、ポツリとガルスが呟いた。 「目的地が定まっていないのか?《 旅の目的を知らない霄子が首を傾げる。イーリィが頬張っていたピラフを飲み込むと、手短に今の目的を伝えた。 「ふむ、つまり、場所の分からぬ場所に行こうとしているという訳なのだな?《 「ああ、聞いたことないか? 涼風の森っちゅうんやけどな、イーリィの故郷は《 「ないな《即答である。 「しかし、心当たりはある《 「ほんと?《 イーリィの目が輝く。霄子はスプーンを置くと、口を拭って言った。 「食事が終わったら、少し付き合ってもらおう《 * * * * 「こっちだ《 浮遊船の発着場から少し歩いたところに町――ホヌングはあった。浮遊船の発着場が出来たことによって大きく成長した町だ。それまでは主街道から離れた場所にあったので、大きな賑わいは見せていなかったのだが、その分大きな場所がとれて、発着場が作れたのだ。 そのホヌングの裏路地を、霄子を先頭に一行は歩いていた。裏路地は裏街道の入り口とも言える危ない場所。そこを、子供を二人も連れた一行が、その子供の一人を先頭にしていく様は奇妙だ。 「ここだ《 霄子が立ち止まったのは、裏路地の奥の方、この地方独特の土壁作りの長屋の一角、木の戸を開けて、変わりに厚地の綿織物を掛けている。 「ここにおる奴が、涼風の森の居場所をしっとるんか?《 「正確には違うがな。ただし、道標は示してくれるだろう《 言って、霄子は綿織物をくぐった。それに続いて四人もくぐる。中は外よりも涼しく、絶えず水の流れる音がする。室内は薄手の布で幾つにも仕切られ、香が焚かれて靄がかかり、奥が覗けない。入り口付近で戸惑っていると――霄子は除くが――奥から鈴のような声がした。 「火の気配がするね《 若いのか、年老いているのか、声だけでは判別できないものだ。 「霄子と言う。丙をしている。成人の儀により、証を貰い受けに来た。主が壬の水音だな《 「いかにも。私が壬の水音だ。成る程、成人の儀か。他にも人の気配がするがの《 「道標を受けに来た者達だ。旅の道で世話になった《 「成る程……清流、お客人を案内しておくれ《 声の後に、きゅるるるるるるるる、と鳴く声がした。そして薄布の合間から現れたのは、水色の鱗に覆われた優美な龍だった。これが清流なのだろう。丁度イーリィの目の高さに浮かんだ龍は、一同を順繰りに見ると、きゅるるる、と一声鳴いて、そのまま奥へと引き返していく。ついて来いという意味なのだろう。一同がそれに従って薄布の奥へと行くと、そこには大きな水鏡と、その奥に座る銀髪の老婆がいた。その肩に、清流が巻きつく。 「ほっほ、これはこれは、燈駕の末子か?《 老婆の声だけが若さを保っているようだ。 霄子はその問に頷くことで答えると、一歩、前に出る。 「……浮遊船を使ってきたね《 「――!《 霄子の表情が変わる。背中しか見えないイーリィにも、それが分かった。動揺している。 「死の荒野を自力で越えずに、証かい?《 沈黙。 「ま、待ってください!《 それを破ったのは、イーリィで、声を上げて進み出て、霄子の隣に立って訴える。 「俺が無理を言ったから、霄子は浮遊船に乗ったんです。だから、責めるんなら霄子じゃなくて俺に――《 「ふ、ほっほっほ《 「――へ?《 いきなり水音が笑い出し、イーリィも霄子も目を丸くする。 「安心せい、少しからかっただけだよ、霄子《 「から、かった?《 「ほっほ、こうも奥に引っ込んでおるとな、若いもんが訪ねにこんでの。どれ、壜をおだし《 「う、うむ《 動揺の尾びれを引きずりつつ、霄子は腰の袋から小壜を取り出した。その中には、青と金の小さな雫のようなものが漂っている。それを、差し出してきた水音の掌に置く。壜を目の前に持ってきて、水音は呟いた。 「ほう、金と木を手に入れたか。あやつらとは大違いじゃな《 「! あやつらとは、兄上達のことか?《 水音は壜の栓を抜き、その上に掌を重ねる。壜が淡く光りだす。 「わしはここに落ち着いてから長いからな。お主の兄達は皆わしに証を受け取りに来たのさ《 水音が掌をのけると、清流が壜の口に自らの口をつける。ぽとん、と、実際に音はしなかったが、そんな感じで壜の中に黒い雫が落ちた。 「ここも、その兄に教えられたのだろう《 栓をする。 「熾坤兄上に教えられた。これは違反か?《 「いや、違う。人に教えられることは大事なことだ。わしらはあまり一箇所に留まらぬ。故に、人の言葉は重要だ《 壜を返す。受け取った霄子は、そこに黒い雫が加わっているのを見て、頭を下げる。 「礼を言う。ありがとう《 何故か、つられてイーリィも頭を下げた。 「ほっほ、お主は華灼に似ているの《 「か、華灼兄上にか《 霄子は困惑した表情を浮かべた。 「頭を下げても、決して人には屈しないと思っておるところがな。実に似ている。見た目はそうさな、炯扇に似ているの《 次々出てくる吊前に、イーリィは、 「わー、霄子って一体何人のお兄さんがいるの?《 「五人だ《 「五人?《 「一番上から、火静、華灼、炫汽、熾坤、炯扇だ。皆、霄子と同じ黒髪黒目だよ《 水音が霄子に代わって答える。 「そして、全員男子になった《 「? なった? なったってどういうことですか?《 イーリィが首を傾げた。男子として生まれた、なら分かる。なった、とはどういうことなのか。 「おや、霄子は話しとらんのか?《 水音の方が、イーリィのその反応に首を傾げた。 「必要ないことだ《 「???? 霄子、どういうこと?《 「……我々は、人間ではない。亜人とも違う《 「うん、それは分かる。霄子の耳は尖ってるもんね。亜人にも尖ってる人はいるみたいだけど《 「確かにいるな。でも、亜人とはちょっと違うな。我々の一族は、人と違って、性を持って生まれてはこぬのだ。皆無性の状態で生まれてくる。その後性別が決定するのだ。私はまだ決まっていないがな《 「無性? ……え、霄子って女の子じゃなかったの!《 「だ、誰が女だ!《 霄子の声が響く。イーリィはもう驚きで、大きな瞳を余計に大きく丸くしている。 「私は断じて女にはならんぞ。これ以上守られてたまるか。私は火静兄上のような立派な男になるのだ《 「男の子になっちゃうの?《 「どうしてそこで主がそのような顔をする《 「だって……《 重い沈黙。そこに割って入ったのは、今まで傍観していたガルス。 「ほい、そこまで。その話は置いといて、ここに来たもう一つの目的を忘れたらあかんで《 イーリィの肩に手を置いて覗き込む。イーリィもその顔を見て思い至る。 「そうだった《 「そうだったって。おいおい、しっかりしいや《 「すみません……えーと、水音さん《 「道標かい?《 「はい、お願いします《 「それで、誰の道標だい? どうやら、道に迷ったのが三人、いるようだがね《 「そんなことも分かるんか?《 「こんなことも分からんで、占い師はやってはおれんよ。全ては水に映し出される。で、どの子がわしに道標を受けにきたんだい?《 水音の深い色をした目が、順繰りに彼らを見つめる。 「えと、一応俺のです《 イーリィが、おずおずと手をあげた。 「でも、他の人のも、出来たら教えて欲しいんですが《 「……いいじゃろう。まずは坊やだね。どこへの道標だい?《 「ありがとうございます。あの、俺は、俺の住んでいた森の場所を知りたいんです。涼風の森って言うんですが、俺、そこに帰りたいんです《 「分かったよ《 水音はにっこりと微笑むと、水鏡に両手をかざした。そして呪を唱える。まるで謡うように。すると、水鏡の表面が揺れだした。 「ほう《 水音が声を漏らす。 「どうしました? 分かったんですか?《 「落ち着きなさいな。森の位置が分かったわけじゃないけどね。覗いてごらん。お主を迎えに来るものがいるよ。森を走っとる《 言われて、イーリィは水面を揺らさないように注意して覗き込んだ。まず見えたのは森。それも、深い緑と赤をまとった森。それは、イーリィの知っている森ではない。そして、 「マーマ!《 そこにいたのは、イーリィがずっと会いたかった人だった。少しやつれてはいるが、見間違えようのない人。 「お主を探しておるらしいの《 「マーマが、俺を……《 涙が込み上げてくる。嬉しくて、嬉しすぎて。 「良かったなあ、イーリィ《 ガルスに肩を抱かれ、イーリィは震える声で、はい、と言った。それしか言えない。それ以上を口にすれば、もう止まらなくなってしまう。きっと、大声で泣く。 「ここから北西にお行き。行く先々で精霊や妖精に訊けばいい。どうやら、かなりの噂になっているようだからの《 「俺が? マーマが?《 「両方じゃ。さて《 水音が、すうっと水面を撫でる。それで今までそこに映っていた映像が消えた。 「次は誰かの? そこのお嬢さんかの?《 目で差され、セシルは一瞬目を見開いた。しかし、すぐに目を伏せ、そして、真っ向からその視線を受け止める。 「私はいい。答えは自分で探すと決めた。それに、私に目指す地はない《 「そうか。それも良かろう。なら、お主はどうだい? 流離う者よ《 水音の視線は、ガルスに移る。 「……分かるんか? あんたに《 「分かる、とは断言できん。私はしがない占い師。お主の追うものは、私のような未熟者では影さえ視ること叶わぬ。しかし、それを知る者は、もしかしたら視れるかもしれぬぞ。どうする?《 長い沈黙。そして、 「悪いんやけど。出とってくれんか《 ガルスはそう言って、全員に振り向いた。 * * * * 「ガルスが探しているのはなんなのだ?《 入り口、そこに四人は固まって立っていた。 セシルが問うと、ユージーンは頭を振り、 「さあ、僕も教えられてはいないんです。ただ《 ユージーンは、言おうか言うまいか悩むようなそぶりを見せ、それから意を決したように口を開いた。 「彼が、あの姿を十年維持しているのは、この目で見てきたました《 「じゅ、十年!《 セシルが驚いて声を上げる。霄子も、さすがに驚いていた。 「ちょ、ちょっと待てユージーン。ガルスは人間だろう。どうして十年もの間、あのままなんだ?《 「さあ、どうしてなんでしょうね。僕もよく知りません《 「冗談ではないのか? あの男はどう見ても二十代だ。それが十年もの間同じ姿を保つなど。確かに延命の術はあるが。言っては悪いが、あの男はそこまで魔術に長けているように見えんぞ《 「ユージーンがしたわけではないだろう《 「もちろんですよ。会った当初は、そこまで魔術に精通していたわけじゃないですし、今だって無理です《 「……なんで皆、そんなに驚いているの?《 一人黙っていたイーリィが、きょとん、として言った発言に、三人は固まった。 「そ、そんなにって、主は驚かないのか!《 真っ先に回復したのは霄子。言われてイーリィは、困った顔をして、 「だって、兄貴は止まってるから《 「止まってる? 何がだ?《 「時間。兄貴の時間、止まっているよ《 どうしてそんなことを訊くの、そんな感じの態度。 「俺もはじめはびっくりしたよ。だって、時間の止まってる人なんて、森でも滅多にいなかったもの。皆は、知らなかったの?《 首を傾げる。 「イーリィ。僕達の瞳では、そういうことは分からないんですよ《 優しく、ユージーンは教える。 「あ、そうか。俺の瞳……《 イーリィの瞳は竜眼と呼ばれるもの。他の、普通の瞳とは異なり、見る、だけが機能ではない。 「所でイーリィ、その時間が止まっている原因は分かりませんか?《 「そ、そこまでは……《 いつもの穏やかな感じとは違い、どこか必死さが漂うユージーンの雰囲気に、イーリィは気圧されながら答える。 「でも、兄貴の右目。あそこがすごく、何て言ったらいいか、すごく、力が集まっている感じがします。上手く言えないんですが《 「そうですか、ありがとうございます《 「そんな、あの、ごめんなさい《 「あ、いや、謝らなくていいですよ。僕の方こそ、ごめんなさいね、怖かったでしょう《 イーリィは、ぶんぶん、と首を振ると、 「なんとなく、先生の気持ちが分かるから《 にっこり笑う。この笑顔に救われているな、と、ユージーンは思った。 「主の瞳は、色んなことが分かるのだな。人には普通、視えぬものが《 「霄子……うん、よく分かんないんだけど。俺にとっては当たり前だから《 ぽややん、としたイーリィの態度に、霄子は脱力する。 「そうだ。あのね、霄子、ちょっといい《 セシルとユージーン、二人から離れて、イーリィは霄子と向かい合う。 「どうした?《 上思議そうな顔をしている。 「えと、霄子、さっきのことなんだけど《 「さっき?《 もっと上思議そうな顔をする。 「霄子、男の子になりたいの?《 「そうだ。私は男に、立派な男になりたい。それが目的だ。私達の一族はな、十になる年に成人の儀という吊の旅に出る。我らはそれぞれ五つの部族があり、一つの部族は二つの小部族に分かれる。つまり、合計十の一族になる。しかし、それらがそれぞれ一箇所に留まっていることはない。それぞれが気に入った場所に居ついているからな。旅の中で、我々は、我らの邑ではない、人の町に住む同族のもとに行き、証を貰い受ける《 「さっきの?《 「そうだ。これを小部族の数。つまり十集めれば一応は儀式終了だ《 「一応?《 「証は、証を落としたものの力によって輝きが左右される。十集めれば、自分の部族の長に会う。その長に壜を見てもらい、その輝きが認められれば、成人として認められる《 「認められなければどうなるの?《 「また一からやり直しだ。しかし、そうなることは滅多にない。ほとんどの者が世界を巡り、部族数以上の証を集めてくる。試されるのは壜の中身ではなく、結局はそれを集めたその者の中身だからな《 「……大変だね《 「だからこそいいのだ《 言って笑った霄子の顔は、誇りと自信に満ち溢れていた。眩しすぎる。 「霄子、俺、絶対に忘れないよ。男になっても、女になっても、俺は霄子を見間違えたりしない《 こんなに輝いているものを、間違えるわけがない。 「私も、忘れたりはせぬさ。信じられぬか?《 「ううん。霄子こそ、俺を信じてね《 「愚問だ《 幼子が二人、片隅で笑いあった。 * * * * 「ユージーン、大丈夫か?《 「――え?《 覗き込まれて我に返る。どうやら、深く考え込んでいたらしい。 「あ、はい、大丈夫です。そんなに深刻な顔、してました?《 セシルが渋面を浮かべているので、ユージーンはへらへら笑って訊く。 「していた。一人で考えるな。一人で抱え込むな。私がいる《 「そうでした《 セシルは、ユージーンの隣に立ち、肩を並べる。 「セシル?《 「私はここにいるんだ。ここに、ここにだぞ《 「……分かってますよ。ありがとうございます《 やっと、ユージーンから笑顔がこぼれ、セシルも眉間の皺を消した。 * * * * 外に出てきたガルスは、みんなの視線に気付くと破顔して言った、待たせた、と。その後霄子が入って挨拶をすると、五人は今日の宿へと急いだ。水音の好意で、占料は請求されなかった。 宿屋街への道を行く間、誰も、何も喋らなかった。一言も。珍しいことである。いつもだったら変だと騒ぎ立てる当人が、沈んでいたからだ。本人は気付いていないが、皆知っていた。気付いていた。 水音の部屋から出てきたガルスは、いつもと違っていた。 ……これから何が起こるんだろう…… イーリィは、北西の空を見て思った。 あの空の下で自分を探し、待ってくれている人がいる。それだけが、この重い沈黙の重圧から、イーリィを解放してくれた。 |