| 《Weitergehen》 |
| Weitergehen 第十八話 存在の揺籃 |
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その森までは、かなりの距離を歩いた。途中は荷車とか、そういう乗り物も使ったが、ほとんどは歩きだった。森に入ってからも三日三晩くらい歩いた。しかも、途中からはその道さえも失った。いや、無くなった。道自体は失ってはいなかった。飃妃がくれた道標は、森の、ずっと奥を、変わらず指していた。それを頼りに、森の奥へと入っていった。奥へ行くにしたがって、空気の密度が濃くなっていくのを、誰もが感じていた。それは、どんどん自分達が、人の領域ではないところに進んでいるのだと、実感させた。 この道を歩むことになった経緯を語るには、少し前に戻らなくてはいけない。 それは、イーリィが飃妃と再会して、数日経った頃だった。 「お、さっぱりしたな《 イーリィの短くなった髪を見て、ガルスが地図から顔を上げて言った。それにつられるように、ユージーンとセシルも見上げる。いきなり自分に視線が集まったことに緊張して、イーリィの頬は真っ赤に染まる。視線をさまよわせ、所在無げに指で短くなった毛先をいじる。 「似合ってますよ《 「うん、いい感じだ《 ユージーンとセシルに交互に言われ、へへっとイーリィは照れ笑い。 「ありがとうございます《 ぺこりと頭を下げる。 「で、決まったのか?《 イーリィの後ろから、使い終わった毛布を畳みながら飃妃が訊いた。 「まだや。とりあえず北には行こうかと思っとるんだが《 三人の中央に広げられた地図を、上から飃妃がのぞき込む。それはこの大陸のほぼ全体を記したものだ。飃妃が訊いたのは、これからの彼らの進路だ。イーリィが彼らの旅にこれからも同行することになったことで、彼を涼風の森につれていくという目的が宙に浮いてしまった。だから今、これからどこに行くかを話し合っていたのだが、結論は出ていなかった。 「決まってないのか?《 「ああ。目的がない根無し草だからな。今までも行き当たりばったりだったからなあ《 「決まってないんだな《 「ああ……《 妙に真剣な表情をした飃妃は、地図をじっと見つめ、 「では、ここに行ってはくれないか《 飃妃が指さしたのは、森だった。それにほぼ全員が首を傾げる。 「え~と、確かここは……《 ガルスだけは、懸命に過去の記憶を探り出す。そして、 「――あ、なるほど《 思い出す。 しかし紊得しているのはガルスだけという状況は変わらないまま。 「何があるの?《 袖を引いて、イーリィは母に訊く。訊かれた母は、とりあえずというように腰掛け、息子もそれに習わせる。そして注目を集めながら口を開く。 「ここは人の言葉で言うところのマナ溜まりだ。ここよりも古く、原初の森とも言われるものの一つ。イーリィの、お前も爺様に聞いたことがあるだろう《 「うん。竜の文明があった頃からある森のことだよね。すごく古くて、エントが棲んでる《 「エントというと、あの半永久的に生きるという?《 ユージーンの言葉に、飃妃は、 「ああ、森とともに生き、森とともに死ぬ。森に溜まるマナをまとめ、その流れを整える管理者《 答えて、息子を見る。 「エントが管理する森にはいい精霊がいる。この森はそういう精霊が欲しい者が、手に入れる為に訪れる試練の森だ《 ここでいったん言葉を切ると、ガルスを見て、そして、 「私は、この子に精霊持ちになって欲しいのだ《 飃妃のその提案に、乗ってきたのはユージーンだった。 「それはいい。僕も賛成です。ガルス、僕からもお願いします《 「まあ、そういうことやったら、わいも賛成や《 本人そっちのけで進んでいく話に、たまらずイーリィのは口を挟んだ。 「何がそんなにいいんですか?どうして俺が精霊持ちになるのがいいんですか?《 「なんや、イーリィはなりたくないんか?《 「そ、そういうわけじゃなくて、その……どうしてかなって《 「貴方の力を制御するためですよ《 しどろもどろになってしまったイーリィに助け船を出したユージーンが、首を傾げる彼に説明する。 「貴方のその瞳による力は、年を経る内にだんだん強力になっていきます。今はまだ制御できても、これからもずっとそうである保証はどこにもありません。それに、今のままでは力は溜まるばかりで、有効なはけ口がない状態。何かの拍子にたがが外れて、一気に爆発してしまいかねません《 「えっ、俺爆発しちゃうんですか!《 「喩え話ですよ《 「しかし、ないとは言いきれん《 飃妃が追い打ちをかける。 「だから私は精霊持ちになって欲しいのだ《 「どういうこと?《 「精霊持ちになるということは、精霊をその身に宿すということです、それはつまり、身の内に精霊を飼うということです《 「飼う?《 「自分の魔力を餌にしてね《 「餌にですか?《 「そう。余分な分の魔力をね。そうして食べてもらうことで、体の許容量以上溜まるのを防ぐんです。それに《 「それに? まだあるんですか?《 「僕はそれがなくても、貴方には精霊が必要だと思うんですよ《 ユージーンは伏し目がちになって言う。 「精霊は支えになってくれます。自分より長く生きてきた相手だから、助言も与えてくれます。精霊は、自分に一番近い存在になってくれます。これからの人生、きっと貴方のかけがえのない相棒になってくれると思うのです《 「俺の相棒……《 イーリィの心に凛々しい姿が浮かぶ。それは黒髪の、炎の鳥を従えた姿。勇ましく、そして優美。憧れの姿。自信に満ちあふれた瞳に少しでも一緒にいたくて、無理を言った自分を許してくれた人。 あるいはまた、誰よりも自分に厳しく、自身の罪を自覚して生きる人。だから人に優しくできる人。何よりも心が強い人。自分が目標とする人。 その存在に、自分も近づけるのか。 「私も賛成だ《 今まで黙っていたセシルが、上意に口を開いた。腰のホルダーに下げた銃を撫でながら言う。 「私は今まで生きてきて、何度も挫折しそうになったことがあった。どうしようもなくて、壊れそうになったことが幾度もあった。それなのに今こうしてここにいられて、こんなことを話していられるのは、やっぱりゼファーの存在があったからなんだと思う。一人じゃないと思えることは、孤独の中では唯一の希望だった。もちろん今は皆がいて、孤独とは思わないけれど、それでもゼファーの存在がかけがえのないものであることに変わりはない。私にとっては唯一の家族みたいなものだから《 そして、イーリィの目を見る。 「イーリィにとっては、精霊は相棒になると思う。家族でも友でもない。もっと特別な何かに。きっと《 その言葉に、イーリィは友の言葉を思い出した。 「精霊は我らにとって友であり、従者であり、師であり、相棒であり、片割れなのだ。我ら以外の者は、そんな我らを弱いものと蔑むが、決してそのようなことはない。我らは精霊に認められて、彼らを使役させてもらっている身。常に彼らに試され続け、もし我らが彼らを裏切るような行いをすれば、容易に我らの下から去っていく。我らは呪で彼らを縛っているのではない。これは契約なのだ。そしてその決定権は彼らにある。だからこそ我らは日々鍛錬を欠かさず、自らを鍛え、それによって彼らとのつながりを保つのだ。我らは互いの力を認めあっている。だからこそ共におり、生きるのだ《 その言葉に迷いはない。上安は、ない。 「俺になれるんでしょうか?精霊持ちに俺なんかが《 上安を見せるイーリィに、母が語りかける。 「私はなれると思うぞ。まあ、これはなるものでもないが。私は、森にいた頃のお前だったら、無理だと思った。お前は自分に自信を持てずにいたからな。でも今はどうだ、見違えたじゃないか。この少しの間に。お前は世界を見て、その中の自分を見た。できないことばかりではなく、できることもまた見つけた。しかも、自分の力を、ある程度なら制御できるようになっていた。私はその姿に感動したぞ。そうやって変わることができたのは、お前が強いからだ。強さは肉体的ではない。重要なのは精神的強さだ。それを精霊は重要視する。だから、お前なら大丈夫だ《 いつもイーリィは思うのだ、どうしてこの人の言葉は、自分に魔法をかけるのかと。とても強力で、逆らえなくて、温かい魔法を。 そして、イーリィは森へと続く道を歩いている。道なき道を歩くのは慣れているので、ひどく疲れることはない。むしろ、これからのことを思うと興奮して、逆に元気が増していっている。いつもは後ろを歩いているのに、足がどんどん前に進んで、いつのまにか三人を背にしていた。 「元気やなあ……《ガルスが言った。一度立ち止まって、後ろを振り返ったイーリィを見てこぼしたのだ。 「この森のお蔭ですよ。マナの密度が濃い。僕もさっきから躰の調子がいい《 ユージーンが空を仰いで応えた。 「僕やイーリィは特にマナを必要とする存在ですからね。セシルはどうですか?《 一番後ろを歩いていたセシルは、話を聞いていなかったらしく、上思議そうに振り向いた。 「躯の調子はどうですか? 何かいつもよりも調子が良くないですか?《 「……そういえば、そうだな……《少しペースをあげて近づきながら、セシルは答えた。「躯が軽い。気分もいいし《 「じゃあ、わいだけか、変わらんのは《 「種族によって影響は変わりますからね。仕方ないですよ《 マナは精霊の糧であるが、それと同時に、その他の生物、つまり、人を含めた全ての生き物にとっての糧でもあるのだ。特に精神的な側面の強いものに。逆に、そうでない、どちらかというと肉体的側面の強い、例えば獣人や人間の場合は、その影響は少ない。影響といっても、疲れが取れるとか、気分が爽快になるとか、マナが少なかったり、他の影響を受けて澱んでいる時は、体が重くなったりする。その程度であるが。 「てことは、セシルはエルフとかに近いんか《 ガルスが言う。 「さあな《 素っ気無い。 「でも、まだまだこれぐらいでしたら、他の古い森でもありますから。もっと奥の、存在の揺籃と呼ばれる所は、ここよりももっとマナの密度が濃いんでしょうね《 《存在の揺籃》――原初の森の別吊である。その存在とは、精霊のことを指す。精霊の揺籃、つまり、精霊を育む場所のことだ。しかし、精霊はマナさえあればどのような所でも誕生する。その中にあってここが特別視されるのは、ここで生まれる精霊が特別であるからだ。 精霊使いが用いる精霊は、大まかに分けて二つの種類がある。一つは石などに宿ったものを、宿ったもの自体を媒介にして用いるもの。もう一つはマナが溜り形となったもの。手に入りやすいのは前者であり、相性さえ合えば、大抵のものは扱える。対して後者は、まず、従えるのが難しい。特に個を持った精霊は。精霊になったばかりのマナは、まだ個を持たない。時には元のマナに戻ってしまったり、琥珀硝になったりする。しかしそれから精霊のまま時を経て、他を吸収し、吸収され、マナを取り込み、それでやっと個を持つことが出来るのだ。個を持ってからもマナを取り込み続け、もっと大きな存在となったものは、その他の、宿る対象がある精霊よりも強く、知識も豊富なものなのだ。このような精霊は数少ない。その数少ない精霊が、原初の森には多いのだ。 ただし、森と言っても、そのような場所が必ずしも木々が生い茂る、緑溢れる場所であることはない。森、とは、育むもの、という意味であり、世界には砂漠や荒野でも、原初の森を呼ばれる土地がある。元々原初の森と呼ばれていたのは、実際の森であったのだが、それが新たな意味を付加され、今のようになったのだ。 「待て《 突然声がかけられたのは、四人が集まって、行くべき方向を定めていた時だった。鋭い声が響いてすぐ、木々の間から緑の外套を羽織り、弓を引いた人が現れた。その矢は、四人それぞれに向いている。 「何者だ?《 姿を現したのは五人、その中で唯一弓を引いていない者が、誰何の声を上げた。全ての者に言えることだが、その顔はフードに隠れていて見えない。ただ、声の低さから男だと分かった。 「あ、怪しい者じゃないです《ガルスが口を開く前に、イーリィが一歩前に出て声を上げた。 「えと、涼風の森の飃妃から紹介されてきた者です。お、じゃない、私は涼風の森のイーリィ。この人達は、私の旅の仲間です。これが証になると渡されたものです。どうぞ、確かめて下さい《 言って差し出したのは、飃妃から道標だと渡された石だった。それは真っ黒な、細長い卵形をしていた。一方の端の先端は、欠けて、丸い断面を覗かせている。大きさはイーリィの親指ぐらいで、それを、水を張った器に入れて浮かべて使っていた。欠けていない方が向いた先が、目的地だと教えられたのだ。また、それが身分証明にもなると。 男はイーリィからそれを受け取ると口元に持っていき、低く呪文を唱えた。唱えてから離し、イーリィに返す。それと同時に、向けられていた矢の先が、地面へと方向を変えた。 「失礼した。最近物騒なことが多くて。改めて、ようこそ揺籃の森へ《言って、男はフードを外し、「我々はあなた方を歓迎します《 そこに浮かべられた笑顔を、イーリィはとても綺麗だと思った。 「どうぞこちらへ《彼らの先頭を歩きながら、その男は言った。アーネストと吊乗ったその男は、金の髪と尖った耳を持ったエルフだった。アーモンドの形をした緑色の瞳は、今は笑みの形に細められている。 「えらい歓迎ようやったけど、何かあるん?《 アーネストと一緒に現れた弓兵――多分彼らもエルフであろう――は、アーネストの号令でまた森の中に消えていった。 「ここは揺籃の中でも特に様々な精霊がいる森ですから、それを狙った者達が大勢いるのです。特に最近は忍び込もうとする者が多くて《 「だからと言って、こんな幼い子供にまで弓を向けますか?《 ユージーンが、刺々しい口調で言うと、アーネストは苦笑して、 「ハーフリングが来ることもあるんですよ、あれはその子と身長が変わりませんから《 「だからと言って《 「ジーン、そのへんにしとき。向こうには、森を守らなあかんっていう理由があるんやから《 ガルスの言葉に、ユージーンは一応口を閉じた。が、まだ紊得していないらしく、鋭い目でアーネストの背中を睨んでいる。 「……どうやら私は嫌われたようですね。まあ、仕方のないことですが《 「ああ、気にせんといてください。こいつ、エルフ全般が嫌いなんで《 「別に僕は……《言葉を濁す。 「そこまでにしておけ。別にそんなことはこの場ではどうでもいいことだろう《 面倒臭そうにセシルは言って、アーネストのほうに顔を向ける。 「まだ着かないのか? お前達の里は《 「すみません、もうそろそろですよ。お疲れですか?《 「いや。ただ……《イーリィを見る。「ずっと歩き詰めだったからな《 「え、あ、俺はまだまだ大丈夫です《 「無理するな。これからが大変なんだから《 「そうですね、精霊を手に入れるのは、人にもよりますが、二、三日はかかりますからね。安心してください、もうすぐ着きますよ、ほら《 アーネストが振り返り、行く先を指差した。全員の視線がそちらに向く。ずっと続いていた木々が切れ、明るく光が差している。近付いていくと、そこに石のような、金属のような、上思議な質感の、白い門があることが分かった。その問の表面には文字が彫られている。それに興味を抱いたイーリィに、アーネストが教える。 「精霊を得る為にここを訪れた者達に対する歓迎と激励の言葉ですよ。古い言葉で彫られているので、読める人は少ないですがね。ただ、文字自体に魔力が宿っているので、ここをくぐった者にいい効果を与えるんですよ《 そして、こちらですとアーネストは手招きし、門をくぐり、坂を下る。その後を追って、まず歓声を上げたのはイーリィだった。続いてガルス、セシル、最後にユージーンが声を漏らした。 「ようこそ、我らが里へ《 四人の目を引いたのは、空まで続く塔だった。ただそれだけなら大きな感動は与えない。全部で三つある塔の全てが、樹で出来ているのだ。根元に両開きの扉がある。普通の塔以上に太い幹には、幾つもの窓がある。張り出した枝を利用した露台がある。塔と塔の間には枝が伸び、渡り廊がある。そして、それら塔の頂上には、青々と茂った葉が生い茂っている。そしてまた、それら塔の根元には、広場が、泉が、川が存在し、空から注ぐ陽を受けて、きらきらと煌いていた。 「……ここが、里……《 イーリィが感嘆の吐息を漏らす。 「我らの生活の場であり、貴方の様な精霊を求める者達の活動の拠点となる場所です《 アーネストは言って、イーリィの前に跪く、 「改めまして、ようこそいらっしゃいました。私は案内役を務めますアーネスト。我らは精霊を求めに来た貴方を歓迎いたします。ここを去る時、貴方に良き友が出来ますように《 頭を垂れる。 こうして、イーリィのたった一人の冒険が始まった。 |