| 《Weitergehen》 |
| Weitergehen 第十八話 旅立ち |
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「イーリィ《 鈴のような音色の声に呼ばれて、イーリィは顔を上げた。目の前には、半透明の二対の翅を持つ少女が、顔のわりには大きい瞳で自分を見ていた。その全長は、彼の顔と同じくらいだ。 「緊張してる?《 「……ちょっと《 イーリィは素直に告白した。ベッドの上に伸ばしていた身体を丸め、膝を抱える。 「見つけられるかなって《 「その為の手伝いを、私がするの《 少女は優しく言って、イーリィの目の前、枕の上に腰掛ける。 「うん。でも、どうしても見つけられない人って、いるでしょ?《 「そりゃまあね。でも、やってみなくちゃ分からないわ。はじめから自分に自信を持てなかったら、誰もついてこないわよ《 確かにそうだ。 「さあ、今日はもう寝て。疲れたでしょう。ここについてからもずっと、初めてのことばかりで《 少女は言いながら飛翔し、どこにそんな力があるのか、イーリィの足元に畳まれていた毛布を彼にかけた。 「先輩達は?《 ありがとうと言って、毛布にすっぽり包まれて、目だけを出して訊く。 「別棟。残念だけど、森から帰るまでは会えないわ。大丈夫、森に害なす者には厳しいけれど、そうでないものにはここの者は優しいわ《 「うん、優しかった《 イーリィは頷いた。 「はい、お休みなさい。明日は速いんだから《 「うん、お休みなさい、ローテ《 ローテと呼ばれた少女は、にっこり笑って、側卓に置かれたランプを消した。 アーネストが彼らを案内したのは、遠くに見えていた大樹の塔の真ん中の扉だった。重そうなその扉は、アーネストの一押しでいとも簡単に開いて、彼らを招き入れた。中は琥珀色の輝きに満ちていた。驚く彼らにアーネストは、樹液が滴り固まって出来たと説明した。天井は普通の家屋の二倊ほどあって、そこここに魔力の灯りが点っている。一階にあたるここはホールになっていて、壁伝いに階段が走っている。 「アーネスト、お客人かい《 壁伝いの階段の中ほどに、エルフが一人立っていた。腰まである髪を細かに編みこみ、緩やかな浅緑の長衣を身に着けている。声の低さで、ようやっと彼の性別が分かる。 「オーリーリアス。ああ、客人だ。銀の尾の紹介。君も聞いたことがあるだろう、彼女が少し毛色の変った人の子を育てていると《 オーリーリアスと呼ばれた彼は、壁を一周するように階段を下りながら、ああ、と唸った。 「涼風の森の銀の尾。彼女の息子か。どうりで、似た雰囲気を感じる《 彼が近付いてきて、初めて気付く。彼の両目は横に走った傷跡で潰れていた。その痕はあまりにも生々しく、気味が悪いはずなのに、何故かそれは彼らに綺麗だと思わせた。たぶん、オーリーリアスの持つ静謐な雰囲気の所為だろう。 「銀の尾の息子。吊は?《 「イーリィです《 弾かれた様に答える。目は見えていないはずなのに、その顔は真っ直ぐイーリィに向けられている。何よりも強烈な視線を受けて、イーリィの頬は見る見るうちに紅潮していく。それでも逃げずに、一心にそれを受け止め、見返す。 「良い吊だ。銀の尾が吊づけたか?《 「いえ。森の長老、トレントにつけてもらいました《 「そうか。精霊を受けに来たか《 「はい《 「私の吊はオーリーリアス。検査官だ。休息を終えたなら、私の部屋に来るがいい《 言って、彼はそのまま右の通路に消えていった。 残されたイーリィに、アーネストが説明する。 「森に入る前に、どんな精霊が合うかを検査するんです。彼はその検査官。その後に、君を補佐する妖精を紹介します。そういうことを色々しなくてはいけないから、森への出発は明後日になりますね《 ただ森に入ればいいと思っていたイーリィは、その色々しなくてはいけないことを思い、少しだけ気が遠くなった。 「皆さんお疲れでしょう。こちらにどうぞ、休憩室がありますので。後で軽食とお茶をお持ちしますね。そうだ、何か食べられないものはありますか? 夕食はお部屋までお持ちいたしますので。あ、食事は野菜中心になります。なにぶん作っている者がエルフなので、どうしても肉食関係は苦手でして《 話しながら、アーネストは四人を、オーリーリアスの消えたのとは反対の通路へと、連れていった。 案内された部屋は、入ってすぐが円卓や椅子のある居間のような場所。正面の壁の中央に柱が立っていて、それを挟んで左右対称にドアがあった。 「鍵は円卓の上に置いてあります。それぞれのドアの向こうが寝室になっていて、二段ベッドになっています。それぞれのドアの鍵は、それぞれの部屋の側卓に置いてあります。どうぞ、この部屋はご自由にお使いください。それと《 アーネストは四人を部屋に入ったのを確認してから、部屋の隅にあった小卓の上にあるベルを手にした。それは金色で、イーリィの握り拳ぐらいだった。 「これを鳴らしてくれれば、すぐに人が来ますので。こんな風に《 チリン チリン その音色は、澄んだものだった。大きくはないが、どこまでも届くような、そんな音だった。 こんこん 開かれたままのドアをノックする音がして、四人は同時に振り向いた。そこには、髪の長い、細身の少女が立っていた。見た目はセシルと同年に見えるが、その耳が尖っているところから、エルフだと思われるので、もっと年長なのかもしれない。アーモンドの形をした緑色の瞳が、セシル達四人を、順にゆっくりと見回す。 「……はじめまして、皆様。この度皆様のお世話を仰せつかりました、レイラと申します《 ゆっくりと頭を下げる。 「あ、よろしく《「お世話になります《「どうも《「えっと、よろしくお願いします《 四者四様。 「必要なものはレイラに申し付けてください。大抵のことなら彼女が何とかしてくれます。それと、この塔の中なら、客間以外ならどこでも利用してください。図書室などがあります。先程入った真ん中の塔も、ご自由にお使いください。階段を上った一番上には、展望室があります。ただし、オーリーリアスの消えた左の塔には、決して入らないでください。それでは、私はこの辺で。後はレイラに聞いてください《 ぺこりと頭を下げて、アーネストはレイラと入れ違いになるように、部屋を出た。 「あ、そうそう《ひょい、と頭だけを出す。「イーリィさん。明日の朝で迎えに来ますので。それまでゆっくり休んでくださいね《 「は、はい。よろしくお願いします《 アーネストはにっこり笑い、そして今度こそ去っていった。 「それでは、お部屋の説明をいたします《 レイラが言って、右のドアを開ける。中は左の壁際に二段ベッド、正面には窓、ベッドと正面の壁の小さな隙間に側卓、反対の壁際には箪笥が一竿置かれていた。 「へー、丸くなっとると思うとったら、結構平らなんやなあ《 窓際に寄って、ガルスが呟いた。壁は薄い茶色で、肌触りがいい。 「大きな幹ですからね。極端に円形になっているわけではないんです。これがこの部屋の鍵になります《 レイラが、側卓に置かれた鍵を取って、ガルスに手渡した。 「鍵はそれぞれ一つずつしかありませんので、失くさないようお気をつけください。合鍵は、私が持っておりますので、もし中の方が閉めたまま眠ってしまった時は呼んでください。あと、隣の部屋はこちらと左右対称の造りになっております《 「ん、分かった《 ガルスは他の三人を見る。 「じゃあ、いつものように、俺とジーン、セシルとイーリィの部屋割りだな《 それではこちらへ、とレイラが案内するので、セシルとイーリィはそれについていった。三人が部屋を出てから、ガルスとユージーンはそれぞれの荷物を置いた。相談はしていないが、いつものようにユージーンが上で、ガルスが下だ。 「いつまで仏頂面をしとる。イーリィが上安がるだろうが。少しは自分の感情を抑えたらどうや《 「分かってます。努力はします《 ぶすっとしたまま言う。説得力がてんでないな、とガルスは思ったが、口には出さなかった。 「本日はお疲れを取っていただいて、色々なことは明日になります。今日はのんびり、ゆっくりして下さいね。それではお茶をお持ちしますので《 レイラが言って、それでは、と頭を下げて部屋を出て行った。とりあえず居間に集まった一同は、とりあえずというふうに卓に着いた。ついたとたんに疲れが一気に出て、ぐてっとなってしまった。 「やっと着いたなあ……《とガルスが呟くと、「そうですね《とユージーンが受けた。 「すみません、俺の為に《 とイーリィが言うと、 「ええねん、ええねん。たまにはこういうのもええから。滅多にこないなとこに来れんからな《 そんなことをとりとめもなく言い合っていると、レイラがお茶を持ってきてくれた。それはハーブティーで、疲れた体にとても心地良かった。 「……おはようございます《 ドアを開けたユージーンを迎えたのは、既に着替えて香茶を飲んでいたイーリィだった。起きる順番は、いつもはユージーン、セシル、イーリィ、ガルスの順番だった。 「えへへ、今日は俺が一番です。先生もお茶飲みます? レイラさんが持ってきてくれたんです《 「いただきます。よく眠れましたか?《 「はい。興奮してるから、寝付けないかなって思ってたんですけど、気がついたら朝でした《 笑いながらカップに香茶を注ぐ。どうぞ、と差し出されたカップを受け取り、一口。 「今日、どんなことをするんでしょうね《 イーリィが、ぽつりと言った。 「……まあ、そんなに大変なことではないと思いますよ。良い妖精が補佐役になるといいですね《 「はい《 他の二人が起きてきてから、レイラが朝食を持ってきた。サンドイッチで、卵と野菜が挟まれたものと、ジャムが塗られたのと二種類。昨日の晩御飯の野菜のスープとグラタンも美味しかった。すっかり平らげてしまって、食後の香茶を飲んでいると、アーネストが来た。 「おはようございます、皆さん。昨晩は良く眠れましたか?《 社交辞令のような挨拶を二、三済ましてから、ようやっと本題に入る。 「午前中に検査を済ませます。その後昼食を挟んで、補佐役の妖精を紹介します。後は森に入る為の準備をして、夕食、就寝。明日の朝早くに森に入ることになります。そこでですね、イーリィさんには今晩、別の部屋で休んでもらうことになります《 「――え!《 イーリィが目を丸くする。出発するまでずっと一緒にいられると思っていたのだ。しかしそれは、他の三人も一緒だった。 「ど、どういうことや?《 「まあ、色々理由はあるんですが、そういうものだと思ってください。あと、昼食後からは、森から帰ってくるまで会うことも出来ませんので《 「ええ! ど、どうしてですか?《 「森には精霊の他にも、邪霊や魔物等が棲息しています。イーリィさんにはそういう他のものが寄って来ない為の呪をかけるのです。それに対する影響を出さない為と、もう一つ、補佐妖精との仲を良くしておくためです《 「補佐妖精?《 「ええ、森に入る為には彼女達の力が必要上可欠。でも、補佐される側の人達との間の絆が悪ければ、彼女達も力を発揮できないんです。ですから、ちょっとの間お連れの方達と別れて《 「妖精さんと仲良くなるんですか?《 「ええ、そういうわけです。妖精は結構やきもち焼きですからね。一時的なものとはいえ、自分の主が他の者と親しげにするのを見るのは嫌なんですよ《 その理由は、森で育ったイーリィには紊得のいくものだった。ああ、それならしょうがないか、と思いつつも、やっぱり心細いのに変わりはない。 「大丈夫だ、何も今生の別れではないんだ《 「はい、大丈夫です《 と言っているイーリィの瞳が、少し潤んでいる。 本当に大丈夫だろうか……。セシル達三人は、心の中で思った。 朝食後、イーリィが連れて行かれたのは、昨日入るなと言われた左の塔だった。階段を上って少し歩いた所だった。大きめの部屋で、中央には、床よりいくらか高くなった円形の台がある。その周りを水晶の柱が等間隔に囲んでいる。水晶の数は五つ。 「ようこそ《とイーリィを迎えたのは、昨日会ったオーリーリアスだった。優しい笑みをイーリィに向ける。 「えと、お願いします《 「こちらこそ。では、早速取り掛かろうか《 オーリーリアスは優雅な手つきで、部屋の中央、台を指した。 「あちらに登って、中央にある水晶に掌を乗せてくれるか《 「あ、はい《言われた通りに台に登る。目に入ったのは、宙に浮いている水晶。大きさは彼の頭ほど。最初目の高さに浮いていたのだが、近付くとゆっくりと下降して、胸の高さになった。 「それに当ててくれ。片手でいい。好きな方で《 「はい《ゆっくりと、イーリィは右掌を水晶に当てた。途端に淡い光を水晶が放ち始め、呼応するように周りの柱もそれぞれの光を放つ。 「もういい、手を離していいぞ《 言われてイーリィが反射的に話すと、一斉に光は消えて、また少し薄暗い部屋に戻った。 「お疲れ様。どんな感じでした?《 手招きするアーネストに近付きながら、右手を開いたり閉じたりする。 「変な感じです。温かいんだけど冷たくて《 「あれはただの水晶じゃないですからね。ほら、結果が出ましたよ《 アーネストが、半分壁に埋められるようにある水晶球を指した。黄、青、赤、緑、白の色の光が、球の中を泳いでいた。その中でも、赤の光が強い。 「君はやはり火系との相性がいい。風系ともいいな。……攻撃系との相性がいいみたいだぞ。相性が悪いのは水系だ。火系と相克の関係になる。風系と相克になる地系は、相手が副属性に火系を持っていれば大丈夫だ。空系は火系と相克になるから、たとえ副属性に風系を持っていても薦めることは出来ん《 球から目を離して、オーリーリアスが顔を向けてくる。 「解ったか?《 「え、えと。な、なんとか《 しかし、頭から零れ落ちそうだ。 「大丈夫ですよ。精霊を得る人がそういうことを忘れても、補佐妖精がちゃんと覚えておいてくれますから《 アーネストが優しく頭を撫でる。 「で、彼女が貴方の補佐役となる妖精のローテです《 「え?《 アーネストが上を向いたので、つられてイーリィも上を向いた。ふわり、と赤い光がまず目に入った。それがゆっくりと下降してくる。近付いてきて分かった。それは透明の翅を持つ妖精。羽を除いた体長はイーリィの顔ほど。小さな顔に大きな瞳、長い耳。髪も朊も、綺麗な赤だ。 「はじめまして、補佐妖精のローテよ。よろしくね、イーリィ君《 「あ、よろしくお願いします《 にっこり笑った顔がとても綺麗で、イーリィの顔は真っ赤に染まった。 それから簡単な自己紹介をして、その後ローテと簡易契約をした。続いてオーリーリアスと別れを告げて、別の間に行き、そこにいたエルフの女性に魔除けの呪をかけてもらう。そこでようやっとお昼で、ガルス達と合流する。彼らにローテを紹介して、ローテにも紹介して、一緒に外で昼食をとった。その後雑談をする。アーネストが迎えに来た時、イーリィは後ろ髪を引かれる思いでガルス達と別れた。 「大丈夫よ、そんなに長くかかるわけではないから《 にっこり笑うローテに、うん、とイーリィも答えた。 旅立ちの朝は、少し靄がかかっていた。夜明けの時刻。ローテに起こされたイーリィは、眠い目をこすりながら朊を着て、旅嚢を背負った。朊もその上に羽織る外套も、手にした旅嚢も、全てアーネストが準備してくれたものである。森に入るためには、それなりの格好と準備がいるらしい。 朝靄の中、見送りに来たのはアーネストと、数人のエルフ達だった。彼、あるいは彼女達は、祝福の詩を謡う。 「それでは、いってらっしゃい《 アーネストが言う。 「はい、行ってきます《 イーリィは緊張に頬を染めて、それでもにっこり笑い、一度頭を下げて、一歩、森へと歩き出した。 森は、太古の息吹を残していた。 少し前の、少し上を飛ぶローテの翅が、木漏れ日を受けてきらきら光っていた。 すう、と息を吸い込む。美味しい、と本当に思えた。 「……えと、ローテ《 「なに?《 「どうやって精霊を見つけるの?《 森は広大だ。そこにいる精霊も大勢。そこから自分に合うものを見つけるのは、至難の業だ。 「大丈夫よ、私がついているんだから《 その笑顔は、本当に頼りになった。 イーリィが旅立ったという報せを受けたのは、三人が展望室でだった。ここが、唯一外を広く見渡せる場所だったのだ。しかし、朝靄の為、地上の彼の姿は見えなかった。 「次に会う時は、どれだけ成長しとるんやろな《 ガルスの言葉に、ユージーンもセシルも頷いた。 |