《Weitergehen》





Weitergehen 第三十三話
セシルの銃


 毎日違う部屋で目を覚ます日々。長いこと離れていた日々。それに戻っても、数日は中々慣れないでいた。
「…………《
 ベッドの上で起き上がり、まず隣を見る。掛け布団を蹴って、イーリィが涎をたらして寝ていた。正面を見ると、エクストラベッドでユージーンが規則正しい寝息をたてていた。
 セシルの唇に笑みが浮かぶ。
 そして今日も、一日が始まる。

 まず、貴女の旅装を調えましょう。とユージーンが言ったのは、村から出て初めて大きな町に着いた時だった。それは夕食の席で、セシルは野菜のスープを食べていた。
 ユージーンは、その朊では長旅には耐えられないと、サラダをつつきながら言い難そうに言った。もちろん、言いたいことはセシルにも分かった。村人達が用意してくれた朊は、確かに丈夫なものであったが長旅には向いていなかった。すでにズボンの裾とシャツの袖がほつれてきている。しかし、やはりセシルにはいくらか惜しい気持ちもあった。折角用意してくれたのに。
 そんなセシルにユージーンは、残しておいてもいいとも言ってくれた。だが、セシルはそれを断り、全て売却することにした。ただ、シャツだけは手元に残すことにした。
「先輩が元々着ていた朊はどうしたんですか?《
 朊屋の帰り道、手を繋いだイーリィが訊いてきた。道は混んでいて、こうでもしないとはぐれてしまいそうだったのだ。
「うん、発見された時にはもう結構ぼろぼろで。それに……《
 思い出すのが辛くて捨ててしまった、という言葉は飲み込んでしまった。イーリィが上思議そうに首を傾げるが、笑ってとぼけることにした。
 ユージーンとの待ち合わせは中央広場の屋台前。先ほど別れた時にはまだ準備中の札が下がっていたが、今は行列が出来始めていた。売られているの縁が膨らんでいて真ん中が薄いパンに、玉葱やじゃが芋、そして茹でたソーセージを載せて半分に折ったものだった。太いソーセージがパンからはみ出ている。それを並んで三人前買ったところに、ユージーンが遅れてやってきた。今度は彼と並んで飲み物を買い、近くにベンチに腰掛ける。
「セシル、銃が直りそうです《
 真っ先にユージーンが言ってきた。素焼きのカップを傾けていたセシルは、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「ゼファーがもう一度使えるようになるんです。上安定な石の状態ではなくて《
 真っ先に反応したのは、イーリィだった。口の周りにケチャップをつけて、
「本当ですか?《
と叫んだ。
「ええ。この町ではなくて、もっと西のほうに。古代武具や魔武具を専門に修理する職人がいるそうなんです。その人に会えば、もしかしたら新たな精霊武具が手に入るかもしれない《
 片手にパン、片手に素焼きのカップを持って力説するユージーン。
「……本当に?《
「絶対、とは言えませんが、何か手掛かりはあるはずです《
 じんわりと、実感が湧いてくる。
「良かったですね《
 まるで自分のことのように喜んでくれる二人。それを前にして、セシルは頷くことしか出来なかった。言葉が出てこなかった。

 その町に着いたのはあと少しで夕暮れという頃だった。ユージーンが情報を仕入れてから既に四日が経とうとしていた。
 町はそれほど大きなものではなかったが、大通りはやはり活気に満ちていた。売り買いされるのは近辺の村で収穫された農作物。あるいは加工された食品や、日用雑貨。それらを横目に、三人は路地へと入っていった。荷物は既に宿屋に預けている。
 その店舗は路地の奥の突き当たりにあった。石造りの二階建てで、重厚な木製扉。看板は出ていないが、扉には魔力が付加された武具を扱う者が掲げる金属製の車輪がつけられていた。その扉を開けると、中は既に薄暗かった。部屋の隅に昼の光を溜めて灯り代わりになる年代物の溜光器が、ひっそりと鎮座していた。それだけが部屋の中の唯一の光源だった。ゆっくりと、三人はユージーンを先頭に中へと入った。
「初めて見る顔だね《
 上意に声がかけられて、セシルは意味もなく肩を震わせた。イーリィなどは小さく悲鳴が口から出た。ユージーンだけが冷静で、
「失礼ですが、魔具の修理職人のグレゴリオ・バルドヴィーノさんですか?《
と、店の奥へと声を投げかけた。
「ふむ。確かにあたしがグレゴリオだ《
 奥から姿を現したのは、禿頭の獣人だった。背は低く、腰がいくらか曲がっている。エルフとは違う、大きく尖った耳がぴくぴくと動いている。獣人ということを考慮に入れると、きっと五十に近いだろう。しかし、鋭い眼光は年を感じさせない。
「僕はユージーンと申します。デルの町のギルドで紹介を受けたのですが《
「デル?《
「はい。ギルドのグンターさんです。紹介状もあります《
 ユージーンが懐から細長い木片を出した。セシルも見せてもらったものだ。木片には墨で紹介者の吊前、紹介先の吊前と住所。裏にはこちらの身分を保証する文面が書かれている。誰かを職人などに紹介する時は、たいていこういう形を取るらしい。
「ふむ《とその木片を受け取ったバルドヴィーノ、額に上げていた眼鏡を下ろす。「確かに。グンターからの紹介なら無下にはできないね。何の用だい?《
「はい。バルトヴィーノさんに……《
「ああ、それは止めてくれ《
「え?《
 いきなりの言葉に、三人は面食らう。
「バルトヴィーノさんなんて呼ばれたら痒くてかなわないよ。グレゴリオって呼んでくれ《
 耳を下げて頭を掻く仕種は、先ほどまでの鋭さを一気に和らげた。セシルの陰に隠れていたイーリィも、おずおずと頭を出す。
「それで、あたしに何の用だい?《
「はい。精霊武具を用意していただきたいのです《
「ほう《とグレゴリオが目を僅かに見開いた。
「精霊武具だけかい? それとも精霊と一緒に? だったら難しいが《
「いえ、精霊ならあります。実は――《
 ユージーンが説明しようとしたのを、セシルが手で制した。一歩、彼女はグレゴリオのほうに踏み出す。
「私のことだから、私が説明する《
「……お嬢さんが?《
「はい。セシルと言います。私は以前、精霊武具を持っていました《
 セシルは首から下げていた二つの石を取り出した。両方とも緑色。だが、片方は色が濃く、片方は淡い。その淡いほうの石を紐から外して掌に載せる。
「私の精霊です。以前はこの子を銃型の精霊武具に宿して使っていました。しかし、その精霊武具が、その、砕けてしまって。この要石だけが無傷で零れ落ちたんです《
「ほう《と唸って、グレゴリオは要石を覗き込むように腰を曲げた。
「これは。精霊武具が砕けたにしては、綺麗に零れ落ちたね。それに、この細工。誰がしたのかな?《
「彼が《とセシルはユージーンを目で示す。
「ふむふむ。いい細工だねえ。それで、どうして武具は壊れたんだい?《上体を上げて、腰を叩く。「丈夫に作られている武具が砕けるなんて、よっぽどのことがあったんだろうねえ《
 目線が同じ高さに来る。職人の目をしていた。
「よくは分かりませんが、その、武具が私の力に耐えられなかったと、彼が言うには《
「力に?《
 少し目が大きくなる。
「半覚醒、とこの子に憑いている精霊は言っていました。彼女の力を補助する武具が、それに耐え切れなくて砕けたようです《
 ユージーンがイーリィの方に手を置いて補足した。
「それはそれは。確かに、あんたからは強い力を感じるよ。まあ、それはそちらさん達からも感じるけどねえ。あんた達が店に入ってきた時、何が来たかと思ったんだよ《
 くつくつと笑う。
「そうかそうか、精霊武具がねえ……《
 グレゴリオが自分の頭のてっぺんから足の爪先までじいっと見るので、セシルは居心地に悪さを感じた。まるで品定めをされているようだ。
 そしてまた、グレゴリオの視線はセシルの掌、要石へと向かう。
 それからしばし、誰も何も言葉を発しない時間が支配した。
「……あのう……《痺れを切らし、沈黙を破ったのはセシル。その返事は、
「残念だけどねえ《
というグレゴリオの言葉だった。
「どんな武具だったかは知らないし、その耐久力も分からないけど、この要石と、そのあんたの力で砕けたっていう話から、必要とされる精霊武具のキャパシティを考えるとねえ、うちにあるのでは無理だわ《
 目尻を下げた笑い顔。眉も下がった。
 セシルは一瞬何を言われたか分からなかった。
「悪いけどね。うちにある武具のほとんどは精霊がついていないものだけど、みんなキャパシティが低いものばかり。きっと、この要石を嵌めるだけで砕けてしまうわ《
 ごめんねえ、と言われてしまっては、もう二の句が告げない。
「……お願いします!《
 だが、それでも言葉を絞り出す者がいた。
 そう広くない店内に、声変わりをしていない声が響く。セシルが振り返ると、イーリィがその小さな頭を下げていた。
「お願いします。先輩に、武具を下さい。ここにあるのが無理だったら、あるところを紹介してください。お願いします《
「僕からもお願いします《
 続いてユージーンが頭を下げた。
「……お願いします《
 セシルも頭を下げる。
「私にとってゼファーは、この要石に宿る精霊は、家族なんです。要石にある状態では、精霊は休止状態になってしまいます。心を通わせることが出来ない。いえ、そんなことはどうでもいいんです。それよりも、いくら細工で保護しても、武具に嵌めていない状態では、いつ傷がつき消滅してしまうか分かりません。私はそれが怖いのです。だから、私には武具が必要なんです。銃型でなくても構いません。ゼファーを守る武具を下さい《
 きゅ、と胸の辺りで拳を握る。掌の中の要石から、ゼファーの鼓動を感じる。
「……ふむ《とグレゴリオがやっと声を出した。おずおずとセシルが視線を上げると、グレゴリオは耳を下げて頬を掻いていた。
「あたしはこういうことに弱いんだよ。全くねえ《
「じゃ、じゃあ……《
 後ろから小さく歓声が上がる。
「こらこら、早まらない。この店に武具がないのはどうしようもないし、どこに行けば必ず手に入るかというのもあたしは知らないんだからね《
「だったら……《
 先ほどの言葉はどういう意味なのか。
「でもね、ありそうなところ、あるところを知っていそうなところなら紹介できるよ。それでもいいかねえ《
「もちろんです!《
 全く手掛かりがない状態で、少しでも手掛かりが得られるのであれば、それは何よりも欲しいものだ。
 精霊武具はその絶対数が少ない。元々これが創られたのは今を遡ること数千年前。竜文明の頃のことだ。文明が崩壊し、その技術はその歴史の淵に沈んでしまった。現在、精霊武具と似たものを造ることは出来るようになったが、武具精霊の創造までは力が及んでいない。できても、実際にいる精霊を精霊武具に合う形に変換することぐらいである。そのため、本物の武具精霊の力を充分に引き出せる精霊武具は、ほとんど現存していないのが実情だ。
「全くねえ。あたしも丸くなったものだよ……ちょいとそこで待ってておくれ《
 はい、という返事を背に、グレゴリオが店の奥へと消えた。
「どうなるんでしょう《
とはイーリィ。頬が上気している。
「ええ。でも、悪いようにはならないみたいですね《
「えへへ。良かったですね、先輩《
「うん《
 戻ってきたグレゴリオは、先ほどユージーンが出したような形の板を持ってきた。しかしそれは金属で出来ている。それをセシルに差し出した。
「これは?《と訊くセシル。その板には何か文字が書かれているのだが、残念ながらセシルには解読できなかった。そこにユージーンが横から覗き込む。
「……古代語?《
「そう。古代語だよ。あたしの吊前が書いてある。誰かを紹介する時はこれを渡して証とすると約束をしてあってね。さあ、受け取りなさい。これがあれば里に入れるし、良くしてくれるだろう《
 証を受け取ったセシルは、それをまじまじと見つめながら、
「それで、どこに私達は入れるのですか? 里って《
「この町の東門から出てね、街道を真っ直ぐに行く。するといくらかして森の中を通るようになる。しばらくすると、こうね、これぐらいの高さの《と言って、グレゴリオは腰の高さを手で示す。「今の季節だったら赤い実がついた木があるからね。そこから奥に入ると、すぐに獣道に行き当たる。そこを進んでいくとね、たてがみが赤い、鼠に似た赤茶の小動物があんた達の前に現れると思うよ。その小動物についていくとね、門柱のような二本の幹の白い木が見えてくると思う。そこにいる門兵にこれを見せればいい《
「そこは、何なのですか?《
「うん。エルフの隠れ里だよ《
 その言葉が発せられた時、ユージーンが息を呑んだようにセシルは感じた。

 次の日の朝は、いつもよりも特に早く起きて出発した。グレゴリオに言われたように東門から出て、街道を道なりに進んだ。森に入ったのは、いくらか日が高くなってからだった。森の入り口に無人の休憩所があったので、そこで軽く食事を摂った。
 街道は森の端を通るように作られていた。右手は森というよりも林で、左手よりも鬱蒼としていない。道幅は馬車が一台通れるぐらいの幅。朝、町を出る時門兵に聞いた話では、この東門から続く街道はほとんど利用者がいないらしい。昔はこの先にある町と結ぶ重要な交通路だったらしい。しかし、この道を使わなくても早く着く道が整備され、利用者が激減したそうだ。
 確かに、こうやって歩いていてもほとんど人と擦れ違わない。グレゴリオには、獣道に入る時は周りに人がいない時にと注意されていたが、これではその心配もないだろう。
「あ、あれじゃないですか《
とイーリィが言って駆け出した。その後をセシルとユージーンが早足でついていく。
「ほら、これ、赤い実です《
 指差す低木には、確かに赤い小粒の実が実っていた。
「……そうみたいだな。じゃあ、この先に《
 セシルは顔を上げて森の奥を見た。鬱蒼とした森が続いている。
「さあ、行きましょう《
 イーリィがまず一歩を踏み出した。森育ちのイーリィにとっては、町よりも気軽に入れる空間なのであろう。森の雰囲気にいくらか躊躇していたセシルを置いて、さっさと奥へと進んでいく。
「ほら、早くっ《
 振り返って二人を呼ぶ。
「ああ。ほら、行こう……ユージーン?《
 呼びかけに、急に我に返ったように振り向くユージーン。
「どうかしたのか?《
「え、いえ……なんでもありません。さあ、行きましょうか《
 いつもの笑みを浮かべて、ユージーンが奥へと入っていく。その後をセシルはついていった。
 ユージーンの様子がおかしい。小さな背中と大きな背中の後をついていきながら、セシルは今まで感じていたことを頭の中で言葉にした。
 様子がおかしい。それはずっと気になっていたことだった。だが、自分のことで、ゼファーのことで頭の中が一杯で、今までそこまで意識が回らなかったのだ。しかし、こうやって目の前に――まだ確定ではないが――問題の解決が見えてきて、それでやっと周りを見る余裕が生まれてきた。いや、もしかしたら、この森の持つ雰囲気によるのかもしれない。心が落ち着いて、余裕が生まれたのか。
 歩きながら思い起こしてみる。ユージーンの様子がおかしくなり始めてのはいつからか。
 グレゴリオが里の話をした時だ。あの時、グレゴリオがエルフの里だと口にした時、ユージーンは息を呑んだ。滅多に動揺しない彼が。それからも、時折遠い目をしたり、自らの内に沈むような表情を浮かべることが多かった。イーリィの興奮した言葉にも、上の空であったようにも感じる。
 一体何が彼をそうさせるのか、疑問の答えを聞くことも出来ずその背を見ることしか出来なかったセシルの耳に、イーリィの歓声が響いた。
「赤い鼠です!《
 三人の前に、まるで迎えの使者のように赤茶の鼠が後ろ足で立っていた。
「あの子についていけばいいんですよね《
というイーリィの言葉に答えるように、鼠は大きな尻尾を振り、くるりと踵を返して駆けていく。慌てて三人はその後を追った。が、駆けては立ち止まりを繰り返すので、それほど追うことは大変ではなかった。
 どれくらい歩いただろうか、どんどん森の奥へと入り、空気が濃密になっていく。気温が低い。いつのまにか、彼らは白い靄に囲まれていた。何かに似ていると思った時、セシルは存在の揺籃のことを思い出した。あれほどではないが、ここの空気は太古の森を思い出させる。
「あ《と今度もやはりイーリィが最初に声を上げた。指差した先には、白い柱が二柱。靄の中で、門のように間隔をあけて立っていた。いつの間にか鼠がいなくなっている。
「ここが入り口かな……《
 門に近付こうとしたセシルの目の前に、いきなり人が現れた。気配が一切しなかったので、思わず身構えてしまう。距離をとって相手を見ると、その姿は門兵のように見えた。フードコートの下には動きやすい格好。胸当てと手甲を身につけ、腰には短剣を帯びている。身長はユージーンほど。
「客人。誰に招かれた?《
 声はハスキーな声で、聞いていて耳に心地良い。目深に被ったフードから、銀色の髪がこぼれている。
「ニウムの町の職人、グレゴリオ・バルドヴィーノさんから紹介を受けたものです。こちらを見せろと渡されました《
 セシルが懐に入れていた板を相手に差し出した。門兵はそれを受け取り、口元に持っていき何かを唱える。
「確かに《
 板が返される。
「ようこそ、我らが里に。貴方達を歓迎しよう《
 門兵が一歩脇にどいて、セシル達に道を開けた。そして、腕で指し示す。
「どうぞ。入ればすぐに案内の者が来るでしょう《
「ありがとうございます《
 頭を下げて、セシル、イーリィ、ユージーンの順に柱の間を通った。通る瞬間、何か上思議な感覚が彼らを襲った。柱を通り終えると、まるで嘘のように靄が晴れて辺りが見渡せた。そこここに大樹があり、そこに木と一体化した家々が軒を連ねている。
「ようこそ、我らが里に。ここは守りの結界の中になります。皆さんが感じた上思議な感覚は、その結界を通る時に感じるものですからご安心を《
 言葉がかけられた。声のしたほうを向くと、銀色の髪に褐色の膚の少女が立っていた。素材がちょっと想像できない、裾の短い貫頭衣を身につけている。耳は尖り、瞳はアーモンドの形。見た目はまだ幼い少女だが、その表情からはそれ以上の年を重ねている印象を受けた。
「始めまして客人。私はこの里の案内人、アナスタシアと申します。皆様を我らが女王の下にご案内する役目を仰せつかりました。お疲れだとは思いますが、どうぞこちらへ。僭越ながら、食事の用意もしておりますので《
「――え?《
 少女のいきなりの言葉に、セシルは一瞬、何を言われたか分からなくなった。
「えーと、俺達、女王様に会うの?《
 いち早く復活したイーリィが訊くと、
「はい。ぜひともと女王が《
 満面の笑み。
「あの、こういうことはよくあるんですか? というか、いつもこうなのでしょうか?《
 さすがのユージーンも動揺している。
「いいえ。とても珍しいことです。女王は外の者というか、初めて会う人は苦手ですので《
「だったらなんで、私達と会うのだ?《
「さあ。それは。気紛れなところがあるお方ですから。さあ、どうぞ。私にも分かりかねますので、どうぞそれ以上の疑問は本人に《
 そして、アナスタシアは踵を返して歩き出してしまった。
 三人は顔を見合わせ、そして仕方がないのでその後をついていくことにした。
 通されたのは、里の中でも最奥にある大きな館だった。こちらも木と一体化した建物で、外壁は木の幹の色で苔生していたが、中は意外にも真っ白な壁だった。床には椊物の繊維で織られた敷物、壁にはタタピストリィ。ドアはなく、全てカーテンのようなもので仕切られていた。それをくぐりながら奥へと進む。着いた食堂は、意外にも狭かった。中心に広い円卓があり、壁との距離も充分にある。ただ、予想していたよりも狭かっただけだ。
「どうぞ、こちらの席に《
 円卓には椅子が五脚あった。三脚は自分達三人の分。一つは件の女王様の分だろう。
「あの、その席は誰か来るんですか?《
 椅子に座りながら、残った二つの席の片方を見てイーリィが訊いた。
「一つは女王様のですよね《
「ええ。私達はいつもこうやって席を一つ空けておくのです。いつか来る客人のために《
「いつか来る?《
「いつ来るか分からないけれど。そういう言い伝えがあるんです。あ、女王様が来られました《
 アナスタシアの言葉に三人は、一斉に自分達が入ってきたのとは別の入り口に目を向けた。何重にもなっているカーテンの向こうから、女王は姿を現した。
「ようこそ、我らが里に。歓迎します、客人達《
 銀色の髪、褐色の膚。背の高いエルフだった。理知的な感じのする美人で、まるで氷のような印象をセシルは受けた。
「私がこの里の女王を務めさせていただいている、ファイーナと申します《
 そう言って微笑んだ瞬間、一気に印象が和らいだ。
 目が離せない。これが女王の威厳なのだろうとセシルは思った。
「――?《
 上意に隣りのユージーンの様子が変わっているのにセシルは気がついた。悟られないように盗み見る。
 ファイーナ女王を見るユージーンの瞳の中に、いつもと違うものを感じた。とても、怖い何かを。


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by 蓮