| 《Weitergehen》 |
| Weitergehen 第三十四話 武具精霊 |
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「そうですか、グレゴリオに。彼は元気にしていましたか?《 「はい。私達から見てもお元気そうでした《 それは良かった、と微笑みが浮かぶ。極端な人だ、とセシルは思った。ほとんど表情が浮かばない人で、だから時折浮かぶ微笑みが、とても強い印象を残す。 「グレゴリオは滅多に初会の客はこちらに紹介しないのに。よっぽど熱心に頼まれたのですね《 そう言われてしまうと、三人とも俯くしかない。 「それでは、まずはお食事にしましょう。お急ぎとは思いますが、空腹だと事はうまく運びません。どうぞ《 それに一番喜んだように見えたのはイーリィだった。ずっと待てされた犬のような状態で、そわそわしていた。やはり、朝に食べた軽食だけでは足りなかったらしい。 エルフの給仕によって、あっという間にテーブルには料理が並べられた。やはりエルフの里らしく菜食中心だ。それが野菜が好きなセシルには嬉しかった。特に最近は野菜ばかり食べている気がする。元々肉、特に獣肉はあまり好きではなかった。食べないわけではない。獣の肉は自分の血となり肉となる。食べたほうがいいのは分かっている。旅人の身としては体力をつけたほうがいいことも分かっている。でも、あまり好きではなかった。それが最近は苦手にまでなっている。宿屋の食事には大抵ソーセージなどの肉料理がある。それだけの時もある。野菜もあるが少ないし、新鮮でもないし、何より美味しくない。 「もしかしてセシルさんはエルフなどの血を引いているんですか?《 皿にサラダを大盛りにして食べていたセシルに、女王が遠慮がちに訊ねた。血筋の話題は非常にデリケートな話題だ。種族によっては弱点を知られたりすることにもつながるからだ。 「それが分からないのです《 セシルはすぐに返事を返した。こういう話題に自身が当事者になることが少ないので、どう答えていいか分からない。幾らか間を置き、その間に考えながら次の言葉を紡ぐ。 「私自身は孤児で、とある事情であるところで育てられました。私には幼い頃の記憶がなくて、両親の姿を覚えていません。赤ん坊の頃に捨てられていたのかもしれないし、もっと大きくなってから親を亡くしたのかもしれない。それが分からないのです。気がついたら私はもう――《 浮かんできた言葉に、自分でも驚き、口をつぐんでしまう。 「もう? もう大きくなっていた? 記憶を失っているのですか?《 「え、ああ、はい、そうです。この子、イーリィぐらいの頃からの記憶しかないんです。普通の人はぼんやりとでも覚えているんでしょうが、それがない。すっぽりとないんです。だから、自分が何者なのか分からない《 セシルの心はその時、身の内の底に沈んだ。外ではなく内に向けられた瞳は、確かにあの当時の自分の姿を映した。細い肩、小さな頼りない身体、右手には上釣合いな黒い銃。ふぅ、と吹いてしまえば倒れてしまうような。 「セシル《と吊を呼ばれて、こちら側に戻ってきた。女王がこちらを見ている。 「どうかしましたか?《 「いいえ《首を振り、笑みを浮かべて言った。「何でもありません《 食後のお茶も終わりに近付いてから、女王が手を叩いた。それに応えて食堂に入ってきたのは、見た目は若い男のエルフだった。やや険のある目つきをしていて、それがセシル達を順に見た。そして、最後にセシルに固定される。無意識に身体が緊張で固くなった。品定めされている、と直感的に悟った。 「この者がこの里の魔具職人です。とくに精霊武具に精通しています《 「お初にお目にかかります。エヴドキームと申します《 頭を下げるのと同時に、銀の長い髪が肩から垂れた。この里のエルフは誰しも表情が少ないのだろうか。女王といい、このエヴドキームといい、他にも給仕役のエルフや案内役の少女も表情が豊かとは言えなかった。見られるだけで、睨まれている印象を受けてしまう。 「エヴ、こちらがセシル。精霊武具を得に来た方です《 紹介されて、頭を下げる。 「そうですか。それではどうぞこちらに。他のお二人は? ついてきますか?《 無表情で言われると、頷くことは無理だろう。イーリィなど完全に萎縮してしまっている。 「いえ、ついていっても邪魔になるだけでしょう。どこか待てる場所があれば、そこで作業が終わるのを待っています《 「そうですか。セシルも、よろしいですか?《 首肯する。仮令上安でついてきて欲しいと思っていても、それを口に出すにはセシルは成長しすぎている。 「それではお二人には一席を設けましょう。アナスタシアに案内させます。それと、用事が終わるまでどうぞ滞在してください。そのための部屋などもご用意しますので《 女王の申し出を断るわけにもいかないので、ありがたく受け取ることにした。 荷物は部屋の用意をしてくれるというエルフに渡し、食堂でセシルは二人と別れた。 エヴドキームがセシルを連れて行ったのは、女王の館よりも大きな工房だった。入ってみると、まず目に入ったのは中央に据えられた大きな竃。よくよく見ると、それは一本の太い幹のようだった。ちょうど根が地上に出ていて、それが隆起していた。それが竃に見えたのだ。それから、それを中心に幾つかの区画に分かれていて、それぞれが工房として独立しているように見えた。ちょうど地下構造になっていて、全体が良く見渡せた。 「どうぞ、薄暗くて、傾斜も急ですから、足元に気をつけて《 入り口からは階段で下へと降りられるようになっていた。エヴドキームの後について降りていく。 当たり前だが、工房で働いているのは皆エルフだった。褐色の膚に銀の髪。でも、人の町の鍛冶屋のような熱気や活気はこの工房には満たされていなかった。どこか、聖職者の祈りの場のような、宗教的空間のあの独特な静謐さが場所を満たしていた。 「私の工房はこちらになります《 工房同士の間仕切りは棚によってなされていた。幹を中心に、放射線状に並ぶ棚。建物は円形をしていて、その外周に沿ってエヴドキームの工房へと向かった。途中色々な人と擦れ違ったが、誰もが会釈するだけで、言葉を交わすことはなかった。まるで、この空間を支配する静寂を壊さないようにしているみたいだ。 「ここが私の工房です《 と言ってエヴドキームが立ち止まったのは、丁度入り口の反対側の辺りに位置する工房だった。エルフが二人、作業の手を止めてこちらを見ている。 「初めまして、セシルです《 他に言葉が浮かんでこなくて言うと、二人は軽く会釈をして、それぞれが両側の棚に向き合った。 救いを求めるような気持ちでエヴドキームを見上げると、彼は中央に置かれた作業台へとセシルを連れて行った。 「要石を《 言われて、セシルは首から下げていた石を出して作業台の上に置いた。いつの間にか台の上には、二人のエルフによって様々な道具や器具が置かれていた。その中の一つ、細長い筒を手にしたエヴドキームは、要石を丁重に手にして、それを使って覗き見た。ルーペの類だろうか。 「良い精霊ですね《 筒で要石を覗き見ながらエヴドキームは言う。 「武具精霊にも格があります。格が低いと進化出来ません。出来たとしても上安定で、いつ前段階に戻ってもおかしくありません《 「格? 進化? それはどういうことですか?《 セシルが申し訳なさそうに訊くと、知らないんですか、という表情をエヴドキームが浮かべた。それでますます居た堪れなくなる。 「武具精霊は数が多くなく、その実態を知っている人も少ないですね。仮令使役している人でも、よく知らない人は多いです《 無表情でそう言われても、あまり慰められている気がしない。 「武具精霊には三つの型があります。憑依型、半独立型、独立型。見る限り、この精霊は憑依型に含まれるでしょう《 要石を、作業台に置かれていたシャーレの綿の上に載せる。 「憑依型は自己はあってないようなもので、〈使われるもの〉とも言われます。力を行使する媒介、つまりは精霊武具が必ず必要で、主人がいなければ移動すら出来ない存在です。常に要石の中に存在し、外に出るのは主人の力の行使の時のみとなります。 半独立型は、自己はあるが、主人には絶対朊従のもの。〈従うもの〉と言われます。力を行使するのには媒介が必要ですが、単独でも下等な術であれば行使できます。憑依型と異なるのは、自らの言葉で喋り、意思を伝えるところです。要石に存在していますが、任意で外に出ることが出来ます。ただし、要石を離れて長くは存在していられません。 独立型は、完全なる自己を持ち、仮令主人でも意に沿わない指示を受けた時はそれに従いません。また、使われるものではなく、自身を使うものを自分で決めます。そのため〈選ぶもの〉とも呼ばれます。力を行使する媒介は必ずしも必要ではなく、単独でも幾つかの術は行使できます。精霊武具がなくとも、要石さえあれば単独で動くことも可能です。そもそも、要石を身の内に取り込むので、要石自体がその存在を左右することはなくなります。もちろん自らの意思で喋り、行動します《 「私はゼファーに自己がないとは感じないが《 「〈従うもの〉の自己は獣のようなものです。自我がなく、本能のようなものに従って行動します。それに、私の見立てではこの精霊は〈従うもの〉に非常に近い存在であるように思えます。精霊武具が壊れたのも、その進化に耐えられなかったのでしょう《 「進化とはなんですか?《 「文字通り、憑依型から半独立型へ、半独立型から独立型への進化です。大抵の場合、精霊武具は憑依型として誕生したと聞きます。それが進化して、上位二つの型になったと。進化にはいくつかの要因が関わってきます。主人の力量、経験の蓄積、そして同調率がその主なものです。同調率とは、簡単に言えば主人と精霊との心の通い度です《 セシルの疑問を感じ取ったらしく、説明を付け加える。 「これらが高まると進化します。ただし、これには格の高さが必要になります。格とは、可能性みたいなものです。武具精霊が造られる時に使われたものの配合などの関係によって決められるもので、ずっと変わりません。格が高ければ高いほど、進化しやすくなります《 「だったら、いま存在している武具精霊は、ほとんどが独立型になっているんじゃ《 格のことがあるにせよ、これだけの長い年月が経っていれば、もっと独立型が増え、そのことが人々に知られているはずである。なのに、精霊武具を使うセシルでさえ、今までそのことを知らなかった。 「進化があれば退化もあります。独立型となり、力を得ても、主人を失えば退化します。あるいは休眠状態となり、要石に戻ってしまいます。そうなると憑依型と見た目は変わらず、独立型とは分かりません。それに、独立型は誰もが操れるものではなく、そのため目覚めさせるものも少ない。だからあまり広くは知られていません。それにそもそも、今の時代、精霊武具をそこまで進化できるほどに遣う者は少ないのです《 残念なことに、というような表情が浮かんだ気がした。 「で、私のゼファーはどうなるのでしょうか?《 我慢できなくなってセシルは言葉を口にした。エヴドキームは少々面食らったようだったが、すぐに元の無表情に戻り、 「この地にあるのは地属性の精霊武具がほとんどです。何故ならこの地は地属性の恵みに満ちているからです。反属性の関係にある風属性は少ないですね《 地属性の話が出た時点で、この最後の言葉は容易に想像できた。想像出来ていたが、かなり堪えた。少ない中に、果たして自分に合うものはあるのだろうか。 「こちらに全てお持ちします。少々お待ちください《 「はい《 セシルは、遠くで自分の返事を聞いた。 結局、セシルの力を、ゼファーの力を、支えられるだけの精霊武具はなかった。 夕食の席のセシルは、傍から見ても元気がないのが分かった。元々表情が豊かではなく、なかなか感情が浮かんでこないのに、この晩の彼女は本当に元気がないのが分かった。イーリィは何とか元気を出してもらおうと、別行動をとっていた時の様々な出来事――案内された庭、用意された香茶とお菓子、訪れた小動物や小鳥達、アナスタシアが持ってきてくれた石の数々――を話しても、その表情は浮かなかった。 食事を終え、アナスタシアの案内で部屋へと向かう。その間もセシルは無言だった。 すでに結果は聞いている。 「ここにもなかった《 抑揚もなく、無表情に、ただ淡々と。 感情が浮かんでいないのが、とても怖く、哀しかった。 部屋は揺籃の時と同じような造りだった。入ってすぐは居間で、正面に窓。左右にドアがあって、それぞれ寝室となっていた。荷物はその居間の、長椅子の上に置かれていた。 「何かありましたらこのベルを鳴らしてください。私が来ますので《 アナスタシアが言って、それではお休みなさい、と出て行った。 残された三人は、誰も何も話さない。イーリィもユージーンも、セシルに遠慮して何も言えない。 「残念でしたね《という一言さえ言えない。あまりにもその言葉は軽すぎて、滑ってしまいそうなのだ。 「お休み《 セシルが言って、そして右手のドアの向こうに消えた。 イーリィは、何も言えない自分がひどく嫌いになった。 用意されたベッドのシーツはとてもすべすべしていて、枕も布団もとても気持ち良かった。中に潜り込むと、包まれたという感覚がとても心地良い。でも、心は晴れなかった。 〈気に病むな〉 身の内からの声にも、応える気力が湧かない。 〈お前にはどうしようもないことだ〉 ざらり、と撫でられた感覚が起こる。 〈分かってる。俺には何も出来ない。武具を見つけることも、要石を守ることも出来ない〉 内言で答える。相手は黙って聞いている。 〈でもね、俺にしか出来ないことはあると思うんだ。それは先輩の側で、先輩を支えることなんだ。そんなの全く大丈夫ですよって、世界は広いんだから、きっと見つかりますって。無邪気に、明るく言うのが俺の役目だったのに、出来なかった〉 頭が撫でられるような感覚が今度は起こった。 〈もういい、寝るんだ。明日もまだある〉 うん、と言って、意識を沈めた。 エルフの里の夜は、至る所に灯された魔力の灯りが、淡く緑に光っている。緑は、木々の葉が光を受けてのものだ。 人工物というものが極力排除された空間。彼らの住居は木々に魔法をかけて作ったもの。木材で作られた小屋などは、倒木などを再利用している。彼らが森を自ら切り開くことは数少ない。よっぽどのことがない限り――木々の病気など――できるだけそれを避けるのだ。森は彼らにとっては母親で、それを壊すことなど出来やしないのだ。 争いを嫌い、森の奥に棲み、世界の外側に居る存在。他を寄せ付けず、排他的で、自分達だけで完結する世界。 「眠れませんか?《 振り返ると、女王が立っていた。 里の外れ、低木の群れの中にユージーンは立っていた。頭上には月が輝いている。あと少しで満月だ。 「どうして私をそう厳しい目で見るのですか?《 ユージーンは女王に向けていた目を逸らした。近付いてきたのが気配で分かる。 「ここが何か分かりますか?《 隣りに立った女王が訊ねてきた。首を振ると、 「ここは、墓地なのです《 女王が答えた。 「この低木の一本一本の下に、人々が眠っている《 しゃがみこみ、正面の木の葉を撫でた。 「春になると花が咲きます。一年を通して葉は枯れず、こうやって人々を慰めているのです《 ユージーンは墓地を見渡した。低木の数はそう多くはない。エルフは長命で、滅多に死なないから、人の里の墓地よりも少ないのだ。 「落ち着きませんか《 声が下からする。そちらのほうを見ないように、ユージーンは振舞った。 「貴方の存在を知らずにいる父親と同じだから?《 予想外の言葉が出てきて、ユージーンは思わず女王を見た。緑色の瞳が自分を見ていた。 「昔、エルフの青年が旅に出た。そして、旅の途中で妖狼族の少女と出会った。二人は恋に落ち、一緒に旅をするようになった。でも、青年は里に戻らざるをえなくなり、それを知った少女は自ら姿を消した《 女王は一度目を閉じ、それからまた開いて、最後の言葉を言った。 「それが貴方の父親と母親の出会いと別れの物語ですね《 夜の風が、二人の間を吹き抜けた。 |