| 《Weitergehen》 |
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■4■ ――全てを視ているのは、気紛れな双子の月だけ。 こわいよ、こわいよ。 どこいちゃったの、なんで。 一人にしないで、おねがいだから。 がさっ、 だれかが近づいてくる。 うごいちゃだめ、こえをだしたらダメ。 みつかっちゃだめ。そう言ってた。 こないで、こないで、こないで、こないで、こないでこないでこないでこないで。 がさっ、 「っあ…………《 早く逃げなきゃ、殺される。 頬に、飛び出た小枝が当たる。 痛い、けどそれを我慢して、声をたてずに走る。声をたてたら、死ぬ。殺されるんだ。 「みつけたぞっ、って、ガキか?《 だみ声が森に響いた。その声に遠くで感じていた人の気配が反応し、ゆっくりとこちらに近づいてきた。 「う……う……《 「ほんと、子供だわ《甲高い声。 「でも、狼人間だぜ。見た目じゃわかんないって《耳障りな声。 「でもよお、目覚めが悪いぜ《まただみ声。 「もう前金もらってるだよー《 自分を見つめる、目、目、目、目、目…… 「悪い芽は早くに摘んだ方がいいって言うし《 「じゃあカーレ、お前がやれよ《 「えー、こういうのはトーランドの役目だろ《 「大人の狼人間だと思ってたんだよ《 こわい、こわいよ…… 「なにやってるんだ、高い金を払ってるんだ、早くやってくれ《 「!《聞いたことのある声、これは、 「ぐ……《 「ん?《 「ぐるるううううう《 あいつだ、あの眼だ。あの眼がおれの…… 「ぐるああああ!《 「しまっ――《 黒い影が地面を駆けた。一直線に松明も持った人の群れに飛び込み、目的の人間に向かって、 あとすこし、あとすこ…… キャウンッ! 腹を蹴られた。大きく後ろに飛ぶ。次は背中を蹴られた。すごく痛い。地面に激突する。 人々の中央に引き摺り出された。 「こいつが、リューベンとリゼリアを《 「小さいくせに、なんて残酷なんだ《 「サーシャをどうしたんだ、殺す前に訊けよ《 「いや、生きたまま町に連れていって、皆の前でやろう《 「それがいい。今まで散々苦しめやがって《 「逃げられないように、足を斬れ!《 こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、 「……わりいな。これも仕事なんだ。こうしないと、俺達は死んじまう《 月光を受けて光る大きな刃が見えた。 がつっ 風が、吹いたのかと思った。黒い、風が。 「こんな小さな子供相手に、何をやってるんでしょうかね……《 風がそう言った。その腕の中には、やっと見つけた狼人間の子供が抱かれている。 「だ……誰だてめえはっ《 叫んだのは、今まさに、その狼人間の足めがけて剣を振り下ろそうとした戦士だった。剣は目標が無くなり、虚しく地面に刺さっている。 「早とちりもいい加減になさい。狼人間だからといって犯人と言うわけではない。こんな小さな牙で人を殺せるはずがありません。しかもこの子は狼人間ではなく人狼族じゃないですか《 「人狼族?《戦士が首を傾げた。 「血によって狼の性質を兼ね備えた種族ですよ。狼人間というは、狼人間に噛まれて感染する一種の病気に罹った者の事。常識ですよ《 フードの下の金色の睛が一同を見回し、そして、自分の腕の中の者に移った。 「……大丈夫ですか?《 腕の中の子供は弱々しいが、こくりと頷いた。その肩は、未だ震えている。 「可哀想に、よほど怖い目に遭ったんですね。でももう大丈夫です。僕らがついていますから《 また、視線を一同に移す。 「この子は獣医の夫婦を殺していませんし、子供も攫ってはいません《 「なんでてめえにそんなことが言えんだよっ《 戦士ががなる。 「新犯人を突き止めたからに決まってるじゃないですか《 さらりと言った言葉に、一同は驚愕した。 「新犯人? 口から出任せぶへっ《戦士が皆まで言い終わらぬうちに、魔道士の女がその後ろ頭を、杖で思いっきり殴って黙らせた。 「あなたは黙ってて。……その子が犯人じゃないって言うのは分かったわ。遺体を見たんだけど、確かにその子ではあんなふうに殺すのは無理。この人達を止められなくてごめんなさい《 深々と頭を下げた。そして顔を上げ、 「で、新犯人っていうのは一体?《 「森の奥で、死体を見つけました《 サーシャのか。かわいそうに、まだ小さいのに。周りから、そんな声が聞こえてきた。 違います、とそれをまず否定して、 「地面に埋まった半分腐った狼人間の死体です。状態から毒矢によって殺されたと思われます。死後一週間と言ったところでしょうか。犯行はこの人にも無理ですね《 「じゃあ一体誰なのさ。そいつじゃない、その子供でもない、そしたら誰なのさ《 盗賊らしきハーフリングが訊いてきた。 「犯人は……《言いかけたのを、 「そいつはでたらめを言ってるんだっ。こんな怪しい奴信じられるかっ!《 遮った声に、人々は我に返る。 「そうだ、一体誰なんだ《 「何もんだ、てめえ!《 今まで静観していた人々が口々に罵声を吐いて、一気に群がってきた。 「ちょっとあなた達っ、やめなさいっ!《 女魔道士が止めるが、聞く者はいない。 「フードを取れ!《一人が後ろから引っ張り、 「あ…………《 顔を覆っていたフードが、外れた。 月光が降り注ぐ中、膚に見る見ると灰色の毛が生えていく。金色の睛は今まで以上にらんらんと輝き、白い牙が口からのぞく。 「……狼、人間……《誰かが呟いたのが細波になり、人々をパニックに陥れた。 「狼人間だっ《「犯人だ《「殺せ、殺せー!《 手に持っていた武器を振りかざし、人々は一斉に襲いかかってくる。腕の中の子供を庇いながらそれを避けるが、数が多すぎる。 「ちょっと、待ちなさいっ《 女魔道士が叫ぶが、誰にも届いていない。 「お前が新犯人かあ!《仲間の戦士の姿もあった。 「あんたまでなにやってんの!《 その人は違う。体中につけられていた封印具にいち早く気づいたのはその女魔道士だった。 封印具つけてまで力押さえてる奴が、人里襲ってまで食料を得ようとしない。何よりこんな時に姿を現さない。正体がばれたら上利になるってことぐらい分かってたはずなのに。 「その人は犯人じゃない、少し考えれば分かるじゃないの、この筋肉馬鹿!《 戦士の剣が、振りかざされる。反撃をしなければ、命が危ない。 「……ごめんなさい……《小さく呟いて、口の中で呪文を、 ――ガウンッ 銃声が人々を止めた。視線が移動する。 「……誰だ……?《誰かが言った。 人影は二つ。大きい方は剣を佩し、小さい方が銃を天に向けていた。銃口から煙が立ち上っている。 「……ガルス……セシル……《 金色の睛を大きく見開いて、人々の隙間からその姿を見た。 「ジーン、悪い、遅れた《 ガルスが片手を上げた。その隣のセシルは眉間に皺を寄せている。 「何だお前ら、何か用か?《 鉈を構えた男が言った。 「ああ。まずはわいらの仲間を離してもらおか《 ガルスの表情が険しくなる。 「仲間? 狼人間がか?《眉をひそめる。 「仲間だ、ユージーンは私達の仲間だ。狼人間なんて、そんなの関係ないっ!《 「……セシル……《 まるで爆発したように、セシルは叫んだ。空気が震える。この小さな身体のどこにこんな存在感があるのか。セシルの叫びに、セシルの視線に、人々は構えていた拳を下ろした。 「狼人間とか、人狼とか、そんなの関係ないだろ。何故そんなことに固執する。勝手に決めつけて。そんなに自分達が偉いとでも思っているのか? ふざけるなっ! 無実の者を殺そうとして、無抵抗の者を痛めつけて、それではお前達の考える狼人間と同じじゃないか!《 それに反論する声はない。それに反論できる力の持つ者はいない。全員が、その言葉の、その目の持つ力に気圧されている。 「落ち着け、落ち着くんやセシル《 息の荒いセシルを、思わずガルスが止めに入る。 「私は充分落ち着いている《 銃をしまい、頭を振る。 ガルスは一同を見回す。セシルの言葉のお蔭か、囲まれていたユージーンらを摑む手が離れている。それを確認して、ガルスは一歩、前に出る。 「……さてと、本題に入ろか。今回の事件の犯人の事や。まずは……おいで《 ガルスが手を振った。すると近くの木の陰から五、六歳の少年が一人出てきて、側に立つ。 「……サーシャ……《 誰かががその吊を呼んだ。 「そうや、獣医師夫婦の息子で、今回の事件の唯一の生存者であり目撃者のサーシャや。森ん中で震えとったのを見つけた《 サーシャの視線が人の群れに向く。 「さあ、面通しといこか《 人の群れが割れ、人狼族の子供を抱いたユージーンが現れた。 「リム!《サーシャが叫んだ。 「サーシャ、あの兄ちゃん知っとる?《 「お兄ちゃんは知らないけど、リムは知ってるよ。山で迷子になっちゃったサーシャを助けてくれたの《 近づいてきたユージーンにサーシャは駆け寄り、腕に抱かれた子供の顔を覗き込む。 「だとさ。ジーン……わいらの仲間も、そのリムって言う子も犯人やない《 それに反論する者は、いなかった。 「大丈夫か、ユージーン《 「大丈夫です、僕は《 「リム、大丈夫?《 サーシャの問いにリムは頷いた。 「待て、サーシャは騙されているのかもしれないっ、証拠を見せろっ《 町人の一人が叫んだ。 「この《飛び出そうとしたセシルをガルスは止める。そしてしゃがみ、サーシャと目線を合わせて訊いた。 「サーシャ、辛いかもしれへんけど答えてや。あの晩、誰が来たんや?《 「……あのね、おじさんが来たの。ギルバおじさん。そしたらママがね、おくに行ってなさいって。そしたらものがこわれる音がして、ママがおっきなこえで、にげなさい、ってきこえて、だから山にはしったの。でもね、どこにいったらいいのかわかんなくて、おうちもわかんなくっちゃって、そしたら、リムが助けてくれた《 「だそうだ《言ってガルスはセシルに目配せする。セシルは頷くと口を開いた。 「私達が見つけた狼人間はケスティアの葉の毒で死んでいた。これはこの辺りでは手に入りにくい。あるのはこの町では薬屋のみ。そこの店主に聞いた話だが、医者が欲しいと特別に頼んだそうだ。違うか? ギルバ=ベルメック《 人々の視線が一斉に、細見で眼鏡をかけたひ弱な男に注がれた。 「な、何を言ってるんだ。どうして私が。確かにその葉を頼んだのは私だが、ケスティアの葉は熱病の特効薬になるんで欲しかったんだ。用心に越したことはないからな。それにリューベンは実の弟だぞ、どうして殺さなくては《 しどろもどろで言い訳をするギルバに、ガルスが言い切った。 「そんなん知らんわ、重要なんはお前が犯人やっていう可能性があるっちゅうことや《 「そんな……《絶句する。しかしすぐにヒステリックに叫び出した。 「私は殺してなんかいない、そこの男が殺したんだ。そうだ、そうに違いない、お前らも共犯だろう。かわいそうにサーシャ、そいつらに騙されてるんだよお前は。私は医者だ、どうして人の命を奪う。しかも狼人間まで。私はそんなに強くはないし、狼人間の住んでいる洞窟なんて知らない。知っていたら町の者に教えている《 「語るに、落ちましたね《 ユージーンが言った。 「僕も、セシルもガルスも、一言も死んだ狼人間が洞窟に住んでいたなんて言ってませんよ。ただ、埋められていたとは言いましたが《 ギルバを見る周りの視線が冷たくなる。 「さて、あなたはどうしてそんな事を知っていたんでしょうねえ。それを知っているのは、その狼人間自身と一緒に暮らしていたらしいこのリム君と狼人間を殺した犯人のみと言うことになります。あ、ちなみに、その狼人間はかなりの量の毛を抜かれていました。犯行のあった家の中に狼の毛が散乱していたんですよね。どうしてだと思います? ギルバさん《 ギルバは真っ青になったかと思うと、次の瞬間真っ赤になり。いきなり持っていた弓を構え、 「ちくしょーっ! 全てあいつが悪いんだ!《 放たれた矢は一直線にユージーンめがけて飛んでくる。月光の下怪しく光るその矢尻に、毒が塗られているのは明白。 ふっ、とユージーンの姿が掻き消えた。人々にはそう見えただろう。彼は一陣の黒い風となってギルバに近づき瞬時にして弓を壊し、矢筒ごと矢を粉々にする。そして顎に一発、次に腹、背中。最後に抵抗できないようにねじ伏せる。 十数えるうちにそれは終わっていた。 「無駄な抵抗はやめてくださいね《 声が優しいだけによけいに怖い。ギルバはがくがく頷いた。 「はい、事件解決《 その姿を一同は、呆然として見ていた。 町人達が我に返るのには、少しばかり時間がかかった。彼らはユージーンからギルバを受け取ると、手にしていた縄でその体を縛り上げた。その間彼らは一度もユージーンを見ようとはしなかった。しかし、獣並みに耳のいい彼には、小さな声で呟かれた謝罪の声が聞こえていた。 「ユージーン《駆け寄ってきたのはセシル。その顔には渋面が浮かべられている。 「約束、破ったな《開口一番こう言った。 「約束……?《 「人前には出ないと言う約束だ《 眉間の皺が一本多くなる。 「ああ……《ぽん、と手を叩き、 「ああ、じゃない。私達の到着が一歩でも遅れていたら、どうしていたんだ!《 彼女にしては珍しく、怒りが沸騰しているようだ。怒鳴っている。 「僕は、出ない、じゃなくて、出ないようにしましょうっと言ったんです。約束は破っていないと思うんですが。それに、あの場合は出ないと、彼の命も危なかったわけですし《 「……そんなことは分かっている……。だけど《 セシルは、月光を浴び続けるユージーンから視線を逸らした。 「嫌だったんだろ、人前にその姿をさらすのは。私にも嫌なんだ、他人なら尚更だ。だから、何で人前になんか出たんだ。助けるんなら、そのまま私達が来るまで逃げてれば良かったじゃないか。それを……《 「…………あなたはこの姿をどう思いますか?《 その言葉に眉をひそめる。 「それは答えになっていないぞ《 「いいんです。この姿は、あなたの睛にはどんなふうに映ってます?《 セシルはそんなユージーンを一瞥すると、 「……早くフードをかぶったらどうなんだ? 私やガルスは何も感じないが、町の者もそうだとは言えないだろう《 そこで言葉を切ると、少しだけ躊躇してから、 「……ただの外見だけで、判断されるのは嫌なんだ。私が《 と付け加えた。そしてそのままガルス達の方に歩いていく。その耳が赤くなっているのを、ユージーンの金色の睛は捕えていた。 ■5■ ギルバが弟夫婦を殺した理由など、ユージーンにとっては本当にどうでもいいことだった。 「………………《 一晩明けても、人狼族のリムは一言も口にしなかった。暴れたり、逃げ出そうともせず、連れてこられた宿屋の部屋の隅にうずくまり、全てに背を向けている。 昨晩、ギルバは町外れの牢屋に入れられた。昼過ぎには大きな町から迎えの兵士が来る。 サーシャは、長老に育てられることになった。 リムがこれからどうなるか、それは全く決まっていない。人狼ということが波紋を呼んでいる(他にもあるのだろうが)。今、ガルスとセシルの二人が人狼族がいかに無害かを町人に説いている頃だろう。自分も一緒に行きたかったのだが、リムを一人にはしておけないし、何より今の状態では外に出られない。 「……僕も、あなたぐらいの頃はいじめられてました。どこに行っても石を投げられ、何かがあればすぐに疑われた。辛いですよね《 ベッドに座ったまま、いつのまにかユージーンは自分の事を話していた。 「でも、全てに心を閉じないで、死にたいなんて思わないでください。僕がそうであったように、いつか救いがあるはずだから。自分をありのままに受け入れてくれる人が、きっと現れてくれる。だから、全てに絶望などしないで《 分かっている。こんな時は何を言っても無駄なのだ。こういう時の言葉は偽善にしか聞こえない。経験から充分に知っているはずなのに、そんなことしか思いつかない。そして、彼の耳に届く言葉は、自分の言葉ではない。 「…………リム君《また何かを言おうとした時、ドアがノックされた。立ち上がる。 「はい、誰です?《 「わいや。セシルもおる《 話し合い終わったんですね。と言いながら、ユージーンはドアを開けた。 「で、どうなりました?《 リムを気にしつつ、小声で訊く。 「ああ、議論は真っ二つ。ここら辺は別の種族が少ないからな。でも、世の中まだまだ捨てたもんやないわ《 ガルスが、入り口からどいた。 「リムっ《顔を覗かせ叫んだのはサーシャだった。部屋の隅にいたリムの姿を見つけるや否や、真っ先に駆け寄り、はち切れんばかりの笑顔で叫んだ。「リム、ちょうろうさまがいいっていったよ。いしょにすんでいいって。リムも、じぶんの子どもにするって。サーシャたち、ずっといっしょにいられる《 リムは、やっと顔を上げた。 三日が過ぎた町はようやく日常を取り戻しつつあった。町医者が弟夫婦を殺したという暗い事実はなかなか拭えないが、それでも、人々は明日へと進もうとしている。 別れの挨拶に立ち寄った長老の家で、三人は笑うようになったリムの姿が見れた。サーシャもその隣で笑っている。この小さな子供がリムを救ったのだと、人々は皆思っていた。そして、大人の無力さを痛感する。 「いつか、サーシャは両親が伯父に殺された事を知るでしょう。そしてリムは、町人に殺されかけた事を忘れたりはしない《 長老は言う。 「時々二人の表情には陰がさすことがあります。しかしいつかはそんなこともなくなり、無邪気に笑う子供になってほしいと皆で願っています。ガルスさん、セシルさん、そしてユージーンさん。本当にありがとうございました。あなた方のお陰で罪無き命が救われました。特にユージーンさん、あなたがいなければ。後れ馳せながら、我々の数々の無礼、お許しください《 深々と頭を下げたので、ユージーンは慌てた。 「顔を上げてください。僕は全然気にしていませんから。ああいうのは、慣れてますので《 それからサーシャとリムに声をかけた。三人が旅立つことを聞くと、ものすごく残念がった。 「どうしても行っちゃうの?《 「ああ、わいらは流れる者やからな《 「また会える?《 「会おうと思えばいつかは会える。人生なんてそんなもんや《 「なんだそれは……。二人とも、強く生きろ《 「うん。あのね、サーシャはリムを守るんだよ。山ではリムがまもってくれたから、町ではサーシャが守るんだ《 「偉いですね、サーシャ君は。……リム君、昨日お墓をたててきました。あの洞窟の中に。気持ちが落ち着いたら行ってください。あの人とあなたがどういう関係なのかは知りませんが、でも、親しかったのでしょう《 リムは答えない。 「墓石と花以外、全てそのままです《 「…………《 「……それじゃあ、行きましょうか《 立ち上がり、二人から離れていく。 「……リム、いいの?《 「………………ちょっとまって《 ユージーンが振り返る。駆け寄ってきたリムが訊いた。 「なまえほったの?《 「……いいえ。知らないし、それに、それはあなたの仕事だから《 「……ありがとう……ありが……と……《 ユージーンはしゃがみ、その泪を拭う。 「僕はね、お返しをしたんです。昔あの人が僕にしてくれたように。あの人は言いました。お礼は自分にしてくれるよりも、あなたが他の誰かを助けてくれたら、それがお礼になるって。だから、あなたもいつか、誰かにお礼を返してください《 リムは頷いた。ユージーンは満足そうに微笑むと立ち上がった。 三人の背中が小さくなっていくのを、二つの小さな影はいつまでも、いつまでも見ていた。 「あの三人組の冒険者が謝ってた。うちの戦士が早とちりしてごめんって。ユージーンに謝っといてくれと。本人に直接言えばいいのに《 街道を、歩く影が三つ。 「ま、言いにくいことだってありますよ《 道は、どこまでも続く。 「そうそう。それにしても、あの三人は逃げるようにして去ってったなあ《 終わりの見えない道。 「あはははははは《 それでも歩き続ける。 「話変わるけど、ジーン《 どこかに向かって。 「なんです?《 見えない目的地に向かって。 「リムが女の子やって、気づいとったか《 今日も歩き続ける。 「え……えええええええええええええええ《 自分で決めたことだから。 「やっぱり知らんかったか《 独りではないから。 「珍しい。こういう時に雨が降るんだよな《 歩いていける。 「それ、別に決まりごとやないでセシル。分かって言っとんのか《 皆がいるから。 「分かってるよ《 この先の、ずっと向こうまで。 「うーん……失礼なことしちゃいましたねえ。よし、今度会う時に謝らないと《 今日も三人は、歩き続ける。 暗い洞窟の中には、一抱えほどの丸い石が置いてあった。そこには花が供えられ、そのお陰で辛うじてそれが墓石だと分かる。花は、決して絶えることはなく、今日も、白い花が供えれている。 仄かに光るヒカリゴケの光を受けて。 【終】 |