| 《Weitergehen》 |
| Weitergehen 第一話 賞金稼ぎ |
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遠くから、銃声と、剣同士がぶつかり合う金属音がした。時は真夜中、しかし、月は出ていない。厚い雲が、彼らを隠してしまっているのだ。ただ、この風が吹きすさぶ荒野には、足元さえ見えぬ闇が溜まっていた。空を見上げれば、そこここに星の姿を見つけられるが、目を地上に転じれば、何も見えない。これほど闇が溜まっていれば必要はないと思いつつも、セシルは岩陰の一つに身を隠していた。息を潜め、獲物が己の領域に入ってくるのを待つ。ピンと張り詰めた空気、弓を行なったことのある者ならば、矢を放つ、その寸前のあの緊張感に似ていることに気付くだろう。どくんどくんと波打つ自分の心臓の音が邪魔になる。身体全体が、これから起こる狩りに向けて、準備を始めている。 (予定通りそっちに行った。殺すんやないぞ。賞金が半分になってまう) 左耳に嵌めたカフスから、音が響く。 「分かっている」 短く返事を返し、勝手に通信を切る。手にした銃に弾を込め、撃鉄を起こす。ほどなく、荒い息遣いが複数、聞こえてきた。心の中で、事前にしつこく言われ続けた文章を反芻する。 気配が、足音がどんどん近づいてくる。 ――そして、 「止まれ!」 岩陰から躍り出て、一発、彼らの足元に撃つ。銃声が響き、その足が止まる。彼らはいきなりの敵の出現に、一斉に上を向いた。その時、今まで姿を消していた双子の月が現れ、その片割れ、大きい月グロスが、崖の上の岩陰から現れたセシルを照らした。 「強盗団のガルガス一味だな。お前達の首にはそれぞれ賞金がかかっている。大人しくお縄につけ。さもないと――」 「さもないと? さもないとどうすんだ? ボーズ」 獣の顔をした男が、下卑た笑みを浮かべて逆に問うた。その男こそ、強盗団の首領のガルガスだった。二メートル近い巨躯、鼻の長い狼の顔に、口は大きく裂けている。全身赤褐色の獣毛が生えていた。周囲を囲む男は四人。獣人もいれば、人間もいる。そして、全員がライフルやショットガンを手にしている。その全員の顔に、余裕の笑みが浮かんでいた。それもその筈、彼らの追っ手であるセシルが、どう見てもまだ子供の部類に入る体つきをしていたからだ。 ガルガスよりも頭二つほど低い、細身の身体。先ほど上げた声も、高い、幼さのまだ残る声だった。そんな、自分よりも十歳も二十歳も幼い相手に捕まるなど、想像すら出来ないことだったのだ。 既に勝利者の顔をしている男どもの顔を順繰りに見下ろしてから、セシルは引き金に指をかけ、それを、強く、引く。: 銃声が響いた。男達は、鉛の玉が飛んでくると思い、その直線上から逃れようと散開した。が、予想は大きく外れた。 「なんだ!」 真っ直ぐにしか飛ばないはずの弾丸が、いきなりその進行方向を変えて、横に跳んだ男の足を撃ち抜いた。血飛沫が飛ぶ。予想外のことに浮き足立つ男達の中心に、セシルは飛び降りた。手には抜き放った肉厚のナイフがある。太腿に、革ベルトで固定されていたものだ。まず、一番近くにいた男の腿を薙ぐ。傷口を押さえて膝を折った男の顔面を膝で蹴り、気絶させる。その勢いのまま前に進み、正面の、茫然としていた男に体当たりをかける。姿勢を崩した男の腿を撃ち抜く。ついでに、後ろに向けて一発。自分に向けてライフルを構えていた男に当たる。男は倒れ、自分は持ちこたえる。倒れた男の顎を蹴り、こちらも気絶させる。そのまま止まることなく、すぐに横に飛び、自分を狙ったライフルの弾を避ける。右足を軸に回転し、そのまま地を蹴る。ジグザグに駆けて、一気にその間合いを詰め、まず、ショットガンを構えていた男の腕を斬りつける。骨を切断するまでは行かなかったが、使い物にはならなくなった。すぐにしゃがみ、誰かの撃った弾を避ける。腕を失くしかけた男が悲鳴を上げた。低い姿勢のまま駆けて、体重をかけたナイフの一撃を、男の腹を刺す。引き抜くと、血が一気に溢れた。それをまともに浴びないよう、すぐさま飛びのく。 「な、何もんだ? てめえは」 振り返ると――獣の顔の所為でよくは分からないが――動揺したガルガスがいた。手にしたライフルを構えることなく、セシルの姿を見ていた。最初は莫迦にしていた相手に、一瞬にして自分以外が倒れてしまった。 セシルは答えず、その銃口を真っ直ぐガルガスの頭に向けた。 「ま、待て。取引を――」 「しない」 引き金に指をかけ、 「はい、そこまでやー!」 いきなり響いた声に、セシルの動きが止まった。それを好機と見て、ガルガスが逃げの体制に入った。このままセシルと戦う気力はないらしい。が、それも叶わなかった。 「そこまでって、言ったやろ」 急に目の前に現れたのは、自分よりも身長の低い男だった。顔の半分を覆う金髪が、月明かりに照らされている。 「な!」 いきなり飛んできた拳に右頬を殴打され、そのまま倒れてしまう。起き上がろうとしたガルガスの顔のすぐ側に、長剣が突き立てられる。 「抵抗はやめよーや」 にっこり笑って言ってから気付く。ガルガスは倒れた時に頭の打ち所が悪かったらしく、泡を吹いて気絶していた。 「さてと、これはどういうことか説明してもらおうか、なあ、セシル」 剣を治めた男が、セシルの方を振り向いた。その顔はにっこりと笑ってはいるが、そこから怒りが滲み出ているのは気の所為だと思いたかった。 その場に倒れた男達、その誰もが血を流し、特に腹を刺された男は、このまま放っておけば出血多量で死んでしまうだろう。 「わい、殺すんやないって言ったよな」 返事はなかった。 * * * * * セルカイス・シティ――死の荒野の玄関口の一つとして知られている商業都市。街の周囲には、都市特有の高い壁が張り巡らされ、街に入る者は東西南北、それぞれにある門を通らなければならない。 「まあ、ええんやけどな」 この文句から始まる一連の言葉は、愚痴とも説教ともつかないものになる。短い付き合いの中で、セシルはそれを学んでいた。 南門からほど近くにある繁華街の酒場の一つで、彼らは祝杯を挙げている、はずだった。昼を少し過ぎた酒場には、まだまだ混んでいた。しかし、ピークの時よりは幾分少ない。それでも、給仕の青年や少女達は、忙しそうに店の中を動き回っている。彼らは店の中でも入り口近くの壁際の席を確保していた。テーブルの上には、地方料理が置かれていた。 安物のエール酒を片手に、口を開いたのは金髪の男だった。一行のリーダー格で最年長のガルス。長い髪を後ろで束ね、それに余る前髪が顔の右半分を隠している。 「少しは気いつけてーや。殺してもうたら、賞金が半分になるんやし、それに」 「はいはい、そこまでですよ」 待ったをかけたのは、ガルスの隣に座っていた男。名前をユージーンと言う。ガルスと並ぶ長身である彼だが、与える印象は正反対で、ガルスが筋肉質で精悍さを思わせるが、ユージーンは痩躯で、聡明さを感じさせる。顔立ちも整っていて、黙っていれば男か女か判別つきかねる。エルフのように尖った耳や指に、ピアスやカフス、指輪や腕輪をつけている様は、性別を間違えられても仕方のない姿だった。一行での位置は仲裁役で、交渉事を一手に引き受けていた。 「セシルだって充分分かっているんですから。ね、セシル」 声をかけられ、セシルは頷く。 「勿論だ。私だって、こんな自分は変えたいと思っている」 これまでについた癖は容易には抜けない。はじめは、手加減を心がけていた。しかし、身体を動かすにつれ、頭の命令は全身に行き届かず、躯が勝手に反応する。そこに、意思は介在しない。 セシルの表情が曇ってしまったので、慌ててガルスは口を開いた。 「大丈夫やって。人は変われる。変われるから、こうやって人が生きてんやから」 「そうですよ。まだ始まったばかりじゃないですか」 交互に言われて、うん、とセシルは小さく頷いた。 セシルが、彼らと行動とを共にするようになって、ようやく三ヶ月が過ぎようとしていた。 賞金稼ぎと聞くと、人々はどのようなイメージを抱くだろうか。乱暴者、粗野、無骨、胡散臭い、荒くれ者、風来坊、根無し草、エトセトラ。決していいイメージはないであろう。が、しかし、彼らの存在によって、人々は平穏な生活が営めているとも言えるのだ。彼らがいなければ、世界は犯罪者で埋め尽くされてしまうだろう。何故なら町に配属された兵士や自警団だといって無条件で強いわけではなく、万能でもない。そこで登場するのが彼ら、賞金稼ぎである。彼らが賞金首を倒すお蔭で、世界は機能している。犯罪者がその犯罪を侵した国を出てしまえば、もうなると国家権力は手出しできないのである。勝手に兵を送れば、不法侵入として戦争にまで発展しかねない。必要な手続きをしている間に、犯罪者は悠々とまた他国へと行ってしまうのだ。賞金稼ぎにならそのような束縛はない。国の方も、勝手にやった事、として切り捨てる事が可能。かくて、世界には賞金稼ぎで生計を立てる者が増えた訳である。 ガルスとユージーン、そしてセシルの三人は、そんな賞金稼ぎの端くれだった。 食事を終えた三人は、それぞれ食後のお茶を楽しんでいた。 「これからどうしましょうか?」 とユージーンが口を開いたのは、そんな時だった。 「せやなあ」と、エール酒から香茶に切り替えたガルスが唸る。「まずは、足らんもんを買わんとな」 ちょっとした理由があって、彼らは今まで大きな街に近寄ることをしていなかった。小さな町には何度か立ち寄っていたが、そこでは手に入れられる物資に限りがある。結果、旅に必要なこまごまとしたものが、足りなくなってきていたのだ。 「そうですね。それじゃあこの後は買出しに行って。もう一晩この街で泊まりましょう。それと、いい加減セシルの服を新調しないと」 いきなり自分の話題になって、セシルは香茶から口を離した。 「いつまでもそれを着ているわけにはいかないし、それに、急場ごしらえでしたからね。長旅には不向きです」 そう評されたセシルの服は、確かにくたびれていた。それらは三ヶ月前に立ち寄った街の洋服屋で買ったものなのだが、小さな町で揃えられたのは、畑仕事や山仕事に向いた丈夫な服。勿論、女物は少なく、結果、セシルはサイズの小さい、つまり子供用とサイズの合わない男物を組み合わせて着る羽目になった。シャツは子供用で、その上に羽織る上着は丈夫さから選んだ男物。勿論サイズは合っていない。それはズボンも同じで、ベルトでずり落ちないようにしている。また、靴はそもそも長旅を想定して作られていないので、潰れつつある。 「確かに、ちゃんとした旅装を調えるには格好の街やしな。ここやったら、丈夫なもんを売っとるやろし」 「じゃあ、ガルス、貴方がセシルと買い物に行ってください。僕が足りないものを買っときます。それと、宿屋もとっときますね。昨晩みたいに詰め所で一泊なんてごめんですから。待ち合わせ場所はそうですね、南門の近くにあった噴水広場、あそこにしましょう。時刻は夕暮れ前ということで」 さくさくと話を進めていくユージーンに、セシルは口を挟めなかった。ガルスが自分の服の見立てをするのは不安があったが、大量になるであろう買い物をいっぺんに持ち運ぶのは、ユージーンにしか出来ないであろうから仕方がない。 「よし、わいがセシルにいっとう似合う服を見立てたるから、安心しいや」 不安だ。セシルは心の中で呟いた。 「ありがとうございました」 店員の声を背に二人は店を出た。一人はガルス、一人はセシルである。「良かったなあ、ええ服買えて」 「……ああ」 今セシルが着ているのはガルス達の服ではない。のハイネックの上に詰襟の外套を羽織り、深緑のズボンを穿いている。腰にはガンベルトと革製のポーチをいくつか下げている。ブーツも長旅用の丈夫なものに新調した。頭には、オリーブ色のキャスケット。しかし、これら全てが男物だったりする。セシルの気に入るものが男物しかなかった為であるのだが、それには店員のみならず、ガルスまで呆れてしまった。 「似おうとるで。ま、選んだもんのセンスがええからな」 何気に自分を自慢。セシルはそれを聞き流し、 「で、これからどうするんだ?」 鍔の下からガルスを見上げて訊いた。 「うーん……ジーンの買いもんはまだ終っとらんやろしなあ。せや、セシルはどっか行きたいとこないか?」 「別にどこも」 「…………なんや機嫌悪いなあ」 ガルスが漏らす。 「疲れてるだけだ」 店での事を思い出して、セシルはげんなりした。別に買い物そのものは苦痛ではないし、女性店員のみえみえの御世辞にも我慢はできた。しかし、ガルスの一言で、ほとんど着せ替え人形並みに何着もの服を着せられたのにはうんざりした。もう二度とこいつとは服を買いに行かないと、セシルは本気で心の中で誓ったのであった。 「……じゃあ、自由行動にしよか」 「――は?」 話半分に聞いていたセシルは、ガルスの出した結論に思わず顔を上げた。「自由行動や。待ち合わせ場所に自分で行くんやで。行けるやろ」 「……ああ」 子供ではない。それぐらい出来る。訳も分からず思わず答えたセシルに、ガルスは満足げに頷いて、 「じゃあ自由行動開始や。町外れのスラムには近づくんやないぞ。事件とかに巻き込まれたら面倒やからな。また疲れるような事したないやろ、分かったな」 「分かった………て、おい」 セシルがイエスともノーとも言う前に、ガルスは店の階段をとんとんとんと駆け下りて、あっという間に雑踏の中に消えてしまった。残されたセシルはただ呆然と、ガルスの消えた雑踏の向こうを見ていた。 「…………」 ずっとこうしているわけにもいかない。そう思って自身も雑踏に降りる。ただ突っ立っているのもなんなので、仕方がなく歩きだす。目的地はないので気の向くまま足の向くまま歩いていると、何故か路地裏に来ていた。 (…………癖が抜けないな) 思わずにはいられなかった。子供の頃からの習慣が容易に抜けないのが恨めしかった。 路地裏は、文字通り表通りに面していないところである。人の流れはなく、遠くに雑踏の音がする。 「…………とりあえず、戻るか」 頭を振って、元来た道を戻りだす。そんな時だった、セシルの耳に悲鳴が聞こえてきたのは。 狭い路地。追われていたのは一人の少年。年の頃は十代前半、しばしば後ろを見ながら駆けている。息は切れ、足取りもおぼつかない。追いかけているのは男が二人。こちらは息さえ乱していない。追いつかれるのは時間の問題だった。 「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、うわっ!」 石畳の出っ張りに運悪くつまずいて転ぶ。石畳に思いきり顔と体をぶつけてしまう。激しい痛みが体中を駆け巡る。しかし痛がっている場合ではない。すぐさま起き上がり後ろを見る、もう目と鼻の先。 (――捕まるっ) 恐怖で顔が歪んだ。 それは誰の目にも明らかな事だった。今から駆け出したとしても、すぐに追いつかれる事だろう。それに足がもう言うことをきかない。立ち上がれるかどうかも怪しいくらいだ。そもそも大人と子供の足である、コンパスの長さが違う。 これで終わりなのか、これで。自分は何も出来ないまま終わってしまうのか。 そう覚悟した時だった、二人の内の一人が吹っ飛んだのは。それが横の路地から現われた人間に蹴られた為、と少年が理解したのは、もう一人の男が回し蹴りを受けて地面に伏してからだった。 「……大丈夫か?」 呆然とした少年にかけられた声は、男達を倒した者のとは思えないくらい幼さの残る声だった。キャスケットを目深に被り、腰にはガンベルト、太腿には肉厚のナイフを括りつけた、人――セシルである。 時は少し前に戻る。引き返そうとしたセシルの耳に届いたのは、少年の悲鳴だったのだ。声のしたほうに駆け出したセシルが見たのは、どう贔屓目に見ても人生の裏街道まっしぐらを体現した男二人だった。とりあえずその二人を沈黙させて、そこで初めてこの少年の姿を視認した。そして言ったのだ、大丈夫か? と。 その突然の出現に、少年は驚きつつも頷いた。差し出された手を取り立ち上がる。体中が痛いが、とりあえず無視した。 「一人で歩けそうだな……とりあえずこれで顔を拭け。汚れている」 セシルが差し出したハンカチを見て、少年は困った顔をする。 「どうした?」 「いいよ、きっと血が流れてるんだろ、痛いから分かる。汚れるからいいよ」 ハンカチは白かった。それが今の少年にはひどく眩しいもののように思えたのだ。 「別に構わない。ハンカチは汚れる為にあるようなものだからな。それにどうせ安物だ」 言って、セシルは無理矢理少年の手に握らせる。 「これはやる。そうすればお前も私に気兼ねする必要がなくなるだろう。私は予備を持っているからいい」 その言葉には有無を言わせぬものがあって、結局それに少年は従った。言われた通り顔を拭くと、やはり白いハンカチには赤い血が滲んだ。それでも…… 「……ありがとう……」 ぼそりと言って、顔を上げ、 「危ないっ」 真っ青になって少年が叫んだ。 セシルが振り返るのと、倒れていた男の一人が立ち上がってナイフを抜いて襲いかかってきたのはほぼ同時に少年には見えた。が、、反応したのはセシルのほうが速かった。その右手首を掴んでひねり、刃をその男の首筋に当てる。 「何をしている、さっさと逃げろ」 セシルの言葉に、少年は動揺する。このまま逃げてしまっていいのだろうか。それを見透かしたように、セシルが口を開いた。 「私の事は放っておけ、こいつらの狙いはお前なのだろ、それなら逃げるんだ」 少年は弾かれるように駆け出した。路地に消えたその背中を見送ってから、セシルは矛先を変える。 「何故あんな子供を追っている?」 男は答えない。 どうやって言い訳をしようか、セシルが思いながら、新たに言葉をつごうとした時だった。 「そこまでだ」 低い声と共に頭に銃口を当てられた感触を感じた。その前から、その接近には気付いていたが、あえて何もしなかった。銃口を当てられた今からでも形勢逆転をするのは容易だったが、あえてしなかった。それは、 「このがきも同時に死ぬぞ」 目の前に、路地に逃げ込んだはずの少年が、銃口を向けられた状態で戻ってきたからだった。 口の中で舌打ちし、男を締め上げていた腕を解く。男は転げるようにして前へと逃げた。セシルはそのまま両手を挙げ、後ろを見る。目の前に黒光りした銃口が見えた。 「少しでもおかしな真似をしてみな、その瞬間、この頭に風穴が開くぜ」 口元に浮かぶのは、蛇を思わせる笑み。 (何似合わないことをやってるんだか……) 自嘲の笑みを漏らしたセシルの頭に、鈍い痛みが走る。銃のグリップで頭を叩かれたのだろう。倒れる時に受身を取る。鍛えられた身体はこんな時でもちゃんと動くのか。目の前が暗くなる中、そんなことを思う余裕さえあった。朦朧とする意識の中で、やめろっ、そいつは関係ない! とかなんとか幼い声が叫んでいるのが、聞こえたような気がした。 |