| 《Weitergehen》 |
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街の噴水広場のベンチに座り、ユージーンは沈み行く夕日を見ていた。目の前を、母親らしき人に引かれて歩く子供が横切っていく。もう夕食の時間でしょ、という母親に、子供は渋々従っている。しかし、その横顔はまだ遊んでいたいと言っていた。その光景がひどく微笑ましくて、ユージーンは顔を綻ばせる。 今日買った荷物はすでに宿屋に置いてきた。今は別行動をとった二人を待っていた。未だにその姿は見えない。 ガルスはともかく、セシルは時間をよく守る子なので、きっと寄り道をしようとするガルスを引っ張って来てくれるから安心だ、と思っていたのだが。どうやらその考えは甘かったようだ。 (夕日が完全に沈んだら、通信機で呼び出そう) ユージーンはそう決めると、西の空を仰ぐ。夕日が空を真っ赤に染め上げていく。その光に自分も染まりながら、煌めく噴水の雫に視線を移した。 「…………遅いなあ」 ぽつり、そんな事を呟いて。 とっぷりと暮れてしまった西の空を眺めていたユージーンに、男が一人、声をかけてきた。 「よお、待たせたなあ」 ガルスである。 「待たせたじゃありません」 いきり立ってユージーンは立ち上がる。 「待ち合わせは夕暮れのはず……」言いかけて鼻を押さえた。 「お酒臭っ。真っ昼間からなに飲んでるんですかっ、まったく」 顔をしかめる。 「ええやんか。そおいやセシルはまだ来とらんようやなあ」 街頭に照らされた広場を見回し、ガルスが言った。日が暮れた事もあって、広場には彼ら二人の影しかない。 「来てないって……そう言えばセシルはどうしたんです?」 血相を変えて問い質すユージーンにガルスはあっけらかんと、 「途中で別れたんや」 「別れた! ガルスっ」 ユージーンは眉間に深いシワを刻み込み、襟元をつかんで引き寄せて、相棒の顔を睨む。 「な、なんや怖い顔して。綺麗な顔しとるぶん、お前が睨むとごっつう怖いんやで」 おどけているのか本気なのか、ガルスは情けない表情を浮かべてなだめるが、ユージーンの眉はますます吊り上がる。 「そんな事より。あなたは今の彼女の立場を分かっているんですかっ。それなのに自分は昼間っから酒飲んで」 「わーった、わーった」 「分かっていません! とにかく彼女を捜しに行きましょう」 ガルスの片手を取って、返事も聞かずにユージーンは歩きだす。「……すっかり酔いが醒めてもうたわ」 引き摺られるように歩きながら、ガルスは一人呟いた。 頭ががんがんする…… セシルが目を開けたそこは暗かった。頬に固い木の感触がする。それで自分が床に転がっている事が分かった。肌寒いので、今が夜だということが分かる。この土地では、昼間はうだるような暑さになるが、一転、夜はとても寒くなる。起き上がろうと腕を動かそうとして、それが出来ないのに気付く。 「あ、気がついた」 いきなり声がかけられた。腹筋で起き上がって目を凝らす。徐々に目がその暗さに慣れてきて、部屋の中が見えてくる。そこには一人の少年が壁にもたれて座っていた。縄でぐるぐる巻きにされている。 「無理だぜ。俺と同じような状態だから、腕なんか動かせ……」 言いかけた少年の目が丸くなる。何故ならセシルを縛っていた縄が力をなくし、あっけなく床に落ちたから。 「なにもんだ? あんた」 思わず尋ねた少年に、。 「さあね。それを探す為に私は生きている」 セシルは興味がないようにそう答え、 「それより、私の銃を知らないか? 腰につけていたはずなんだが」 すっかり軽くなってしまった腰を見て訊くと「そんなの持っていかれたに決まってるだろ」 呆れたように言い返される。 「……そうか、それもそうだな……」 その言葉に納得し、これからどうしようかと部屋の中を見回していると、少年が声をかけてきた。 「……わりいな、兄さん」 いきなりそんな事を言われてセシルは眉をしかめる。とりあえず、相手が自分の事を男だと思っている事には目を伏せた。 「何がだ?」 「だって、俺の所為で関係ない兄さんまで捕まっちまって」 「…………なんだ、そんな事か」 嘆息をする。 「そ、そんな事って。殺されちまうかもしれないんだぜっ」 少年が言うと、やはりセシルはあっさりと、 「お前の所為じゃない。これは自分の力不足が招いた結果だ」 「いいのかよそれで、死んじまうんだぜ」 「……いつ、死ぬって決まったんだ?」 「――へ」 いきなりの問いに、少年は一瞬呆気に取られる。が、すぐに持ち直したように、「決まってるじゃねえか、だってあいつらに逆らったんだぜ」 「あいつら?」 ぴくんとセシルは眉を動かす。 「まあ、兄さんはいきなりだったから知らねえんだろうけど。俺を追っかけてたのはここら一帯を縄張りとしてる盗賊団『闇夜の風』。裏切り者や抵抗する奴には容赦はしねえって有名だ。死んじまうんだよ、俺ら」 俯いた少年の肩が震えていた。 「……諦めてしまった時点で、お前は全てに負けてしまう。自分自身にさえも」 少年はゆっくりと顔を上げた。 「私が昔言われた言葉だ」 セシルは足首にも巻かれていた縄を解くと、腕と足の関節を動かした。痛い所はないようだ。頭を殴られたあたりを触る。血は流れていない。傷は塞がったのだろう。くらくらはしないし、きっと大丈夫と結論付ける。 「だから私は諦めない。絶対にだ」 戒めが解かれて立ち上がったセシルを、少年は見上げた。 凛としているその睛に宿るのは、何者にも屈しない強い意志の光。 少年は表情を変えた。気がつくと叫んでいた。 「俺も連れてってくれ。ここで終わりにしたくない」 少年は、自分が一体どういう人種と行動を共にしているのか、それが今一つ掴めずにいた。ぐるぐる巻きにされた固い縄からいとも容易く抜けたり、靴にヤスリを隠し持っていたり――まあ、それがなかったら自分は縄の戒めから解かれなかったのだが――本当に何者なのか分からない。しかし、今は信用するしかないのだ。 部屋は牢屋用のではなかったらしく、鍵こそあるもののドアは木製だった。だから二人の力でも壊す事は容易だった。たった一人しかいなかった見張りはあっさりとセシルに倒され、そいつの案内でその部屋の前まで来た。 「ちくしょう、鍵がかかってやがる」 ドアノブをいくら回しても、ガチャガチャというだけで一向に開かない。この脱出には欠かせないものがこのドアの向こうにある。そう思うと気持ちが焦る。 「どけ」 道案内の男を昏倒させたセシルが、少年を押し退けドアの前に立った。ブーツの踵の辺りに触れて、仕込んでおいた針を出す。 「……ほんと、何もんなんだよ」 言った少年の目の前で、ドアはいともあっさりと開いた。 そこは武器庫。部屋中は武器でいっぱいだった。剣に槍、それと銃にその弾丸。それらがかなり大ざっぱに整理されている。その中をぐるりと見回すと、セシルは小型の銃を少年に渡し、自分は六連発式リボルバーを手にした。 「さっきの奴の話では私の銃とかはここのボスが持っているそうだ。私は今からそいつの所に行くが。お前は逃げろ」 セシルのその言葉に少年は表情を変えた。 「なんで! 俺も行く! 行かせてくれ」 必死に少年は叫ぶが、しかしセシルは意に介さず、 「向こうは銃を持っている。お前は本気で撃ってくる相手に戦えるのか?」 それに少年は言葉に詰まった。誰しも自分を殺そうとする相手を前にして冷静でいるのは難しい、それが子供ならなおさらだ。 セシルは銃に弾をこめ、予備の弾丸を無造作にポケットに突っ込むと、少年に弾丸の入った箱を渡す。「じゃあな」 「ちょっと待てよっ」 叫んだが、追いかける事は出来なかった。 その部屋は無駄に広かった。 「私の物を返してもらいに来た」 宣言したセシルに襲いかかってきたのは二人。手にはそれぞれダガーを持っている。後ろに跳び躱し、回し蹴りで一人目。銃把で二人目を。 「これはこれは。さすがここまで来ただけのことはある」 奥の椅子に座る男が言った。きっとここのボスであろう。実に莫迦そうな顔をしている。その前のテーブルの上に目的の物、銃とポーチ、ナイフやらが乗っている。端にキャスケット帽子までがちょこんと乗っているのには、少々面食らった。 「それは私のだ、返してもらおう」 セシルはその男の眉間に銃口を向け、繰り返し言う。 「それは残念。ナイフやらはともかく、この銃はすばらしい。これだけでもいただけませんかね」 芝居がかった動きで言ってくる。 「断る」 速答。 「そうですか……本当に残念ですよ」 その言葉を合図に、ドアというドアから一斉に武器を手にした男達が現われた。セシルはそれをぐるりと見回しながら、銃の弾丸の残りを気にした。ここに来るまでにかなりの銃撃戦をこなしてきたセシルの銃には、もうほとんど予備の弾丸がない。武器庫から持ってきたものはとっくの昔に底がつき、今までは敵から奪ってきたものを使用していた。銃も二、三度換えている。 「さようなら、正義の味方さん」 男の顔に微笑が浮かぶ。嫌な男だ、セシルは心の中で呟いて渋面を浮かべる。 「そんなのではない、私は」 呟きながら銃を構え、襲いかかってくる男達を見回した。一瞬、死ぬかな? と思ったが一笑にふす。いまさら何を思う。死への恐怖などもう既になくしたはず。しかし、いつから自分はそれを怖がるようになったのか……そうか、あの時からだ。 口元に、淡く微笑が浮かんだ。こんな自分もまあいいか。そんな風に思えたのだ。 後ろから襲ってきた男に裏拳を食らわし、そのまま腕を回して、銃把で横合いから来た男の顎を砕く。その回転を生かして回し蹴りをし、一度に二人。すぐさましゃがみ、足をかけてなぎ倒す。倒れてきた男達の下にならないように床をすべり、そのまま撃つ。振り下ろされそうになっていた剣を持つ手に命中し、男の悲鳴が上がる。その顎に左の掌底を食らわし、その体勢のまま身体をひねり、右の肘鉄でもう一人。落ちそうになった剣を蹴り上げ、手に持ち、一閃。近付いていた男達の腹、腕、足から血が噴き出す。剣を構えたセシルに、誰も容易に近付けなくなる。 「遠くから狙え。奴は銃を持っていない!」 ボスが叫んだ。いたるところで撃鉄の上がる音がする。味方に当たってもいいらしい。その考え方に、反吐が出た。 もうこれで終わりらしい、そう思ったら何故か心に引っかかる。浮かぶ二つの顔。 「おお、賞金首がごろごろおんなあ」 「ほんと、これだけいればだいぶのんびりできますね」 突然声が響いた。セシルは驚いて振り返り、 「何者だっ、貴様らは!」 椅子に座ったボスが叫んだ。 戸口に佇むのは長身の男が二人。そして彼らは、セシルが今一番会いたかった二人だった。 「何者? 決まってんやろ、賞金稼ぎや」 言うが早いが、ガルスは腰に佩した剣を抜き、男達の中に斬り込んでいく。どん、と爆発がして、あっという間に戸口に殺到しようとしていた男達が地に伏す。その上を、二人は颯爽と駆け抜ける。 「どうして」あっという間に隣に来たユージーンに、セシルが訊いた。「どうしてここに」 どうして、こんなタイミングに。 「あの子が案内してくれたんですよ」 ユージーンが目で示したほうを見ると、あの少年が柱の陰にうずくまっていた。服に血がにじんでいる。それに気づいてセシルはユージーンを見る。 「大丈夫。かすり傷だったし、僕が治しました。危ないからそこにいるようにってガルスが。ま、詳しいことは後にして、まずはこいつらをなんとかしないと」 言って、ユージーンは無造作に右手を前に突き出した。 『風よ、敵を切り裂け』 その言霊に反応した風が荒れ狂い、襲いかかってきた男達を吹き飛ばした。 (誰か、誰か助けて、兄さんが、俺の所為で兄さんが) 暗い廊下、遠くで聞こえる銃声と誰かの悲鳴。やけに響く自分の足音。 「本当にここなんですか?」 男の声。 「当たり前や、セシルのカフスは発信器にもなっとんのやで。わい特製のな」 別の声。 「だから不安なんです」 誰? 銃把を握る手に力がこもり、じっとりと嫌な汗が出る。 自分の身は自分で守れ。 兄さんはそう言った気がした。 「手を上げろ!」 両手で銃を構え、勢いよく曲り角を出る。目の前にいたのは、見知らぬ二人の男。顔つきも雰囲気もここの奴らとは全く違っていた。 ゆっくりと銃身が下がり、睛から涙が溢れる。気がつくと叫んでいた。 「兄さんが殺されちまう。俺の所為で殺されちまうんだ。兄さんを、兄さんを……兄さんを助けてくれ!」 突然の侵入者の二人によって、形勢は見事に逆転していた。数では勝っているはずなのに、人の壁はあっさりと崩れ去る。全員が腕の立つ奴のはずなのに、たった三人によって次々と倒されていく。 これはまずい、と椅子のボスが逃げ出そうと立ち上がったのを見て、セシルは駆け出した。立ちはだかる奴らを斬りつけ、男の一人から銃を奪い取り、足で蹴り倒す。そして倒した男の一人を踏み台にして跳躍した。テーブルの上に着地するのと、男がテーブルの上の銃を手にしたのは同時だった。銃口は、セシルの額を狙っている。 「動くなっ!」 男が叫んだ。部屋にいた全員の動きが止まる。うずくまっていた少年も驚いて顔を上げ、部屋の中を見る。 「動けば仲間の命がないぞっ」 また叫んだ。ガルスはやれやれと言うふうに肩をすくめ、ユージーンは両手を上げた。二人を囲んでいた男達は離れ、ガルスとユージーンは前に出る。 「そうだ、抵抗したらこのかわいい顔に風穴が開く」 これで逃げられる。ここは幾つもあるアジトの中の一つ、ここが落ちたところで、まあ多少は痛いが、それでも決定打ではない。ここはひとまず逃げ、別のアジトで形勢を整えた後、こいつらを始末すればいい。あのガキも、それから…… 男の頭の中では、既にこの後のことがめまぐるしく考えられていた。どうしたら自分が生き延びられるか、ではない、どうしたら自分は生き残れるかである。 「やればいい」 男の思考を遮るようにセシルが言った。 その言葉に一番驚いていたのは、銃を向けていた張本人。少年も何が起こったのか分からず、ただ呆然と見入っていた。ただガルスとユージーンだけは顔を見合わせ、笑みを浮かべる。 いつまでも撃ってこない男に留めを刺すように、セシルは事も無げに言う。 「だから、やればいいと言ったんだ。それとも、引き金を引く事さえもできないのか? ここのボスは」 はっ、と鼻で笑う。顔に浮かぶは余裕の笑み。人を見下ろすような。それは自分がするものであって、向けられるものではない。 「――っ、言わせておけば、望み通りしてやろうじゃないかっ、後悔するなよ!」 怒りで顔を真っ赤にした男は、少しばかり震える手で引き金を引いた。「兄さぁぁぁぁぁぁぁん!」 広間に、少年の悲痛な叫び声が響いた。 「…………」 広間にいた全員が――一部を除く――言葉を失った。 何も、何も起こらなかったのだ。銃口からは何も出ない。無論、弾倉には鉛の弾がちゃんと入っているのに。 「――な」 男は力を込めるが、その銃の引き金はびくともしない。 「……それは特殊な銃なんだ。持ち主を選ぶ。だから、その銃で主人である私は撃てない」 がちゃり。セシルが持っていた銃を男の腹に当てた。 「誰でも撃てるぶん。こっちのほうが何倍もいいと思わないか?」 その言葉を男が聞いていたかどうか、そんなことはどうでも良かった。そしてセシルは引き金を引く。 ガウンッ 「いやー、いい事をするって気分がいいですねえ」 ユージーンが空を仰ぐ。雲一つない青空が、視界一杯に広がっていた。 「ほんまやなあって、どないしたんやセシル。いつもより輪を掛けて暗いで」 ガルスが、自分達より一歩遅れて歩くセシルを見やる。 「…………本当に良かったのか?」 立ち止まり、鍔の奥から二人を見る。 帰り道、三人は宿屋へと向かっていた。 「何がや?」 「何がって。手に入れた賞金全部、ジャックが世話になる孤児院に寄付して」 あの後。ボスを倒した事によって手下達は一斉に降参した。ほとんどの奴に賞金がかかっていた為に、三人にはかなりのお金が入ってきた。それを全て、ガルスは孤児院に寄付したのだ。 「かさばるもんは長旅には邪魔なだけなんや」 「そうですよね」 相槌をうつユージーン。 「…………」 ガルスとユージーンの半歩後ろを歩きながら、セシルは思いを巡らしていた。 少年はジャックと言った。そして、それ以外の事は結局教えてはくれなかった。身寄りがないと言う彼を、三人はこの街の教会が運営している孤児院に連れていった。何故男達に追われていたか、ジャックは理由を話さなそうとはしなかった。ただ一言彼は言った「ありがとう」と。それは助けた事に対してか、それとも孤児院に連れていって手続きをしてくれた事に対してか、それがどうしても分からなかった。セシルには、何か別のことに関して言っているような、そんな気がしてならなかったのだが、ジャックの表情がそれを訊くのをためらわせた。 「……本当にこれで良かったのか? なにか、一番大事なことを解決していない気がする」 ぽつりと、セシルはそれを口にした。 「そうだとしてもしょうがないで。わいらはただの賞金稼ぎ、万能じゃないんや」 分かっている、分かっていたのだセシルだって。でも、それでも…… 次の日、旅立つ前の挨拶にと三人が孤児院を訪ねると、そこにジャックの姿はなかった。シスターの話では、朝部屋に行くともうベッドは空だったそうだ。そしてベッドの上にはセシル宛に手紙があり、内容は…… 「なあ、どーしても見せてくれへんのか?」 街道を並んで歩きながら、ガルスは隣のセシルに訊いた。 「もちろんだ。何度も訊くな」 「もう諦めたらどうです」、とユージーンが言うが、ガルスはなおも言い募る。 「しつこいぞっ」 「なあ」 「はいはい、ほかの人の邪魔になるからやめましょうね」 今日も三人は歩いていく、空の下を。 【了】 |