《Weitergehen》



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 ■4■

 月は傾き、後数時間もすれば夜明けであろうこの時刻は、自警団員にとって、最も忙しい時刻であった。何故なら、この時刻が最も盗賊達の動きが活発になる時刻だからだ。人々は昼の疲れを取る為に深い眠りについており、ちょっとやそっとの事では起きやしない。そこが盗賊達には狙い時なのである。だからこの時刻に宿舎に残っているのは非番の団員か、または待機となっている者だけ。人数は全体の半分以下ほどで、その多くが仮眠を取っている状態。宿舎の警備も少し雑になっている。まあ、自警団の宿舎に侵入しようとする輩などめったにいないのだから、仕方がないと言えば仕方がない。しかし、それが今回彼らには幸いとなった。
「見張りはあらかた昏倒させた。それでどうするんだ?」
 気絶した見張りを隠し終えたセシルは、裏門付近の茂みに隠れていたガルスに近寄る。
「牢は建てもんの奥のほうやと思うから、途中で案内人でも捕まえて行こか」
 それに異論はなく、三人は行動に移した。
 裏門から中に入ると、丁度巡回中の団員の姿が目に入った。
「んじゃ、よろしくたのんます、ユージーンさん」
 おどけた調子でガルスが言うと、ユージーンはこほんと咳をして、髪留めをとって、茂みから姿を現した。
「誰だ!」
 予想通り、その姿はすぐに団員の知る所となる。しかし、そこでユージーンは慌てない。それは予想の内なのだから。
「すみません」
 声を高くし、ゆっくりと団員に近づく。団員の方も、手にした灯で相手の顔が見えたので、それ以上居丈高に叫ぶ事はなかった。哀しいかな、男は美人に弱いのである――この際性別は関係ないのだ。見た目が問題なのだから。
「ど、どうした、こんな夜更けに」
「すみませんが……」
 ユージーンは顔を上げる。
「僕達を、牢へと連れていってください……」
 ユージーンの睛が妖しく光る。催眠術である。その睛に魅入られた団員の目の焦点が合わなくなり、その意識は奥へと沈んでいく。団員の意識が完全に支配下に落ちたのを確認してから、ユージーンは隠れていた二人を手招きした。
「相変わらずやけど、ジーンの催眠術は天下一品やな。失敗した事ないんちゃう?」
 団員の顔の前で手をひらひらさせながら、ガルスが言う。
「そんなことありませんよ」
 ユージーンは苦笑する。褒められるのが苦手な男のだ。
 団員に人目につかないルートを使わせ、三人は牢屋へと無事到着した。
 牢は敷地の中でも最も古く、ボロい建物の中にあった。見た目は平屋なのだが、地下に牢がある造りとなっていた。団員に扉を開けさせたそこは団員の休憩所となっているらしく、数人が円卓についてカードに興じていた。用済みになった団員を昏倒させると、異変に気付き、男たちが襲い掛かってきた。それを三人は瞬時に昏倒させる。どうやらここの見張りは新人が担当しているらしく、実にあっけない幕引きだった。牢屋の鍵を手に、ユージーンを見張りに残し、セシルとガルスが地下へと下りた。
 牢は向かい合わせに並んで全部で六つあった。奥まで行くとまた階段があり、そこを下りるとまた牢屋。数えると、全部で十二あるらしい。しかし、それのどこにも、セシルに記憶球を託した男はいなかった。いるとすれば、片手で数えられるほどの賞金首だけ。
「…別の所に監禁されているのか……」
「ま、よお考えれば、自分達の秘密を知っとる奴をこんな所にいれんはなあ。となると、あの声の主の部屋か、あるいは町長んとこ……」
 言いかけたガルスとセシルの耳に、ユージーンの声が響いた。
〈見つかっちゃいました〉

 一階に戻った二人は、そこに知っている顔を見つけた。いや、正確に言えばセシルの知っている顔を。
「貴様は……」
入り口を塞ぐように立つ大男を睨み上げ、セシルの表情は険しくなっていく。
「誰や?」
 意外と元気なユージーンに、ガルスは駆け寄って訊く。
「例の男を連れていった自警団員ですよ。異変に一人気付いたんでしょうね、さきほど入ってきました。でも、騒ぎ立てるというふうでもありませんし……」
 ユージーンも、この何を考えているか判らない大男を前に判断を決めかねているようだ。それはガルスも同じ。自分達を捕まえようともせず、かと言って仲間を呼ぼうとしないこの大男を訝しげな表情で見ていた。ただ一人、セシルだけは今にも噛みつかんばかりに男を睨んでいる。
「二人は先に行け」
 不意にセシルが口を開いた、依然その睛は男に向いている。
「セシル」
「あの人を見つけるのが先だ、こんなところで時間を食っている場合ではない。いい加減奴らも気付いただろうし」
 既に戦闘体制に入っている彼女は、大きな音を出してはまずいと思ったらしく、太腿のナイフに手がかかっている。
 自分たちの中で一番好戦的なのは、やっぱりこいつだな、と思いつつ、ガルスは言った。
「…………ええかセシル。変な負い目なんて持つんやないぞ。本人覚悟の上やったんやろうから……」
「分かっている。そんな事より早く行けっ」
 二人は顔を見合わせ、これ以上言っても無駄だと悟り、壁の方へと駆け寄った。たった一つの出入口は塞がれている。それならば作るしかないだろう。消音呪文と破壊呪文を組み合わせたオリジナルの術でユージーンが作った壁の穴から、二人はさっさと建物を後にした。残ったのはセシルと大男の二人。その大男の足が動いた瞬間、一気に間合いを詰めて、セシルはナイフを振りかぶった。慌てて避ける大男の身のこなしは、意外に速い。
「……あいつらは追わせやしない」
 セシルは言うと、ナイフを握り直した。

■5■

「大丈夫でしょうか」
 右手より来た男を肘打ちで倒し、ユージーンは呟いた。
「大丈夫や、そこらの男どもより強いからなあいつは。それはジーンもよお知っとるやろ」
 言いながら、固まって襲ってきた男どもを剣で凪ぎ払う。
「そうですけど……」
 敷地内でも一番大きい団員の宿舎に侵入した二人は、そこで事情を知らない団員達の歓迎を受けていた。寝起きということもあって動きこそ鈍いものの、なかなかどうして、自警団員と言うだけあってそこそこ強い。しかもぞろぞろと狭い廊下に出てくるものだから、二人はなかなか前に進めずにいた。
「ほんまにここの上におるんやろうな」
 一人を階段の上から蹴落として、ガルスは先を行くユージーンに言う。
「盗品の横流しを出来て、なおかつ町長に賄賂を贈っているんですから、それなりに地位の高い奴が主犯ですよ。そうなると、もう団長しかいないでしょう。そうじゃなかったとしても、あの記憶球を団長に聞かせれば万事めでたしめでたしと、なるといいなあって」
「希望論かいっ」
「あははは」
 二人の進撃を止められる者はいなかった。それぞれ努力はしているものの、軽くあしらわれていると言った感じだ。なにより、二人にはまだボケとツッコミが出来る余裕があった。堪ったものではないのは彼らではなく、彼らの相手をする羽目になった団員達の方だろう。夜中に折角気持ちよく眠っていた所を叩き起こされて、いきなり相手をさせられて、そして倒されていく。団員の中には、進入を許した当直の警備員を呪いながら夢の中へと戻っていく者もいた。
 程なく二人は、団員達の山を背後に、団長の部屋に行き着いた。
「お前達か、侵入者というのはっ」
 ドアを開けた二人の姿を見て、その男は怒鳴った。手には三日月刀を抜き身で持っていて、その形相は自警団員と言うよりは、山賊と言った感じ。しかし、着ている物が水玉の寝巻きとナイトキャップでは、もう笑うしかないだろう。
「封じられていた声の一人と同じ声ですね」
「せやな。おまえがこの自警団の団長か?」
 二人とも笑いを噛み殺しながら言うものだから、どんどん相手の顔に血の気が上ってきて、赤くなっていく。
「いきなり夜中に来たお前達が悪いのだ! なんだ、腕試しか? 悪いが我が団長は、お前らのような下賤な輩の相手をしていられるほど、暇ではないのだぞっ!」
 それに二人は顔を見合わせると、口の端を吊り上げた。
「なにがおかしい!」
 もうその顔は完全に真っ赤である。
「そないな事しても意味ないと思ってな」
「という事は、貴方は団長さんではないんですね。まあ、そんな可愛らしい格好で寝ている団長なんていませんものね」」
「そうだとしたらどうなんだ! 俺では力不足とでも言いたいのか!」
「とにかく、わいらが用あるんは別の意味でや。まあ、あんたにも用があるといえば用があるが、とりあえず団長の居場所、教えてもらおか」
 切っ先を向ける。
「それじゃ悪役ですよ。まああなたも、素直に教えたほうが身の為、ですよ」
 ユージーンの言っている言葉は全て、わざと神経を逆撫でするように言っているように聞こえる。実際そうなのだろうが。
「うるさいっ、そんな事言われて素直に教えたとあっちゃあ、俺の名がすたる!」
「もう充分すたってるんじゃありませんか。足が震えてますよ。それに、その格好じゃ」
 思わず言ってしまう。その時には既に遅く、男は顔を燃やして突っ込んできた。
「うわっ。いきなりなにすんねん! ジーン、お前の所為やで、からかい過ぎや」
 初打を躱して、ガルスは剣を構え直す。怒りで頭が沸騰している相手は先が読みやすいが、その反面、いきなり突拍子もない事をしてくる事があるので、気が抜けない。
 しかし、男はガルスとは対峙せず、迷わずユージーンに矛先を向けた。
「俺を侮辱した事を、あの世で後悔しやがれ!」
 冗談に構えられた三日月刀を見て、ユージーンはにっこり笑って言った。
「そんなもの、糞喰らえですよ」
 振り下ろされた三日月刀を余裕で躱して、すかさず回し蹴りをその空いた横っ腹に打ち込む。ぐえ、と唸って揺れるが、倒れない所は流石である。ただし、脂汗は流れている。
「では、今度は手加減なしで」
 にっこり笑うその姿が悪魔に見えたのは、多分気の所為だと男は自分に言い聞かせた。
「それでは、第二ラウンドといきましょうか?」
 腹を押さえる男が何かを言うよりも前に、声が響いた。
「その勝負、やってもいいが無意味だぞ」
「! セシルっ」
 振り返ったユージーンが見たのは、悠然と立つセシルの姿。
「良かった、無事だった……」
言いかけて、その視線がセシルの後ろで止まる。そこにはセシルと戦ったはずの大男と、見知らぬ男の姿。
「あ、大丈夫だ、ユージーン」
 戦闘体勢に入ろうとしたユージーンをセシルが慌てて止める。そこで初めて気がついた。大男の側に立つ男は、縄でぐるぐる巻きにされて自由を奪われていた。
「兄貴っ!」
 脇腹を押さえて脂汗を流す男が叫んだ。
「兄貴?」
「どういうことですか? これは」
 その質問に答えたのはセシルではなく、
「この男が自警団の団長で、今回の事件の首謀者、ウェルガ=グスコだ」
 大男の方。
「……首謀者って、お前は一体……」
 訳が分からず呆然とするガルスの問いに、大男が口を開く。
「私は……」
 がたん、といきなりの音に、一同の視線が前に向く。窓から逃げようとする男の姿。
「リグスっ、逃げるか!」
 大男が叫び、セシルが腰の銃を抜く。
 ガウンッ、という銃声と共に銃口から発射された風の鎖は、リグスの体の自由を奪う。どさり、と倒れたリグスの側に大男が駆け寄り、
「盗み、横領、贈賄など諸々の罪でお前を逮捕する」
 リグスの腕に手錠をかける大男を、ガルスとユージーンの二人は狐につままれたように見ていた。

 ■6■

「特別捜査官!」
「ガルス殿、もう少しお静かに」
 明けて次の日、一同は三人がアルバイトをしている酒場で早めの昼食を食べていた。店内は時間がずれているということもあって、客の姿はほとんどない。席に着いているのも、彼らと同じように昼食をとっている店員達だ。
「にしても、まさかお前がこっちの味方やったとは……」
 これから仕事なのでエール酒ではなく眠気覚ましのコーヒーを飲みながら、ガルスは目の前に座る大男を見て言った。
「ほんと、てっきり向こうの方かと」
 ガルス達三人と席を一緒にしているのは昨晩の大男、名をニコラ=マンデルと言うそうだ。
「潜入捜査をしていたんだそうだ。なかなか尻尾が掴めなかったから」
 セシルが口を挟んだ。昨晩ニコラと対峙したとき、彼女はその正体を聞かされたそうだ。
 あの後、捕まえたグスコ兄弟をニコラに任せ、三人は急いで宿屋へと戻った。今日は午後からの出だが、それでも寝不足では仕事に差障りがある。何より、同僚たちに気付かれて騒がれるのはゴメンだった。ニコラに昼頃訪ねてくれるように頼むと、三人はさっさとあの場を後にしたのだ。その努力の結果か、まだ昨晩抜け出した事はばれてはいない。
「紋章入りのカメオを見せられるまで、私も信じられなかったがな」
 それにガルスとユージーンも頷く。
「お前って、もろ悪人顔やもんなあ」
「ガルスッ」
 ユージーンはガルスの足を踏む。それに無言で痛がるガルス。
「あ、いいんです。私もそれは自覚してますんで。だから選ばれたと言う節もありますし」
 慌ててニコラが言う。顔に似合わず温厚な性格の男だった。
「きにするな、こいつにはいい薬だ」
「ひどいで、セシルっ」
 情けないガルスに、思わず一同は笑った。
「そういや、お前が連れてったあの男はどうなったんや?」
 自分宛に記憶球を託した男の事訊く。それは他の二人も気になっていたのだ。なにせ、あれから全てが始まったのだから。
「ああ、彼なら今は別の町の診療所で養生しています。怪我がひどかったので。でも命には別状ありませんよ。少しすればまた元の生活に戻れます」
「ふーん……で、あの男は何もんなんや?」
「隣町の自警団員だそうです。ここ最近の不穏な動きに気付いた向こうの自警団長が送り込んだそうで。私がもう少しはやくに気付いていれば、彼も怪我をしなくてすんだのに」
 しゅんと項垂れるニコラに、声をかけるユージーン。
「あなたが自分を責める事はありませよ。彼だってそんなこと覚悟の上でしたでしょうし。それに、悪いのはあいつらだったんですから」
 その言葉に、ニコラは照れながら礼を言った。
「ほななんでわいのこと知っとったんや?」
「ああ、それも聞きました。何でも昔、貴方に似た人に命を救われたそうで」
「昔? いつ頃や」
 ガルスの声に真剣さが生まれて、セシルは思わず顔を上げた。
「子供の頃だそうですからもう二十年以上前でしょうね。初めて見た時はあまりにも似ていて本人だと思ったそうですよ。でもすぐ否定したそうです。助けてくれた人は“人間”だったそうですから」
「人間で二十年っていったらかなり変わっているからな。まあ、別の血が交じっていれば別だが」
 口を挟むセシル。三人の中で直接言葉を交わしたのは自分だけなのだから、気になるのは当たり前だ。
「ええそうなんです。だからよく似た別人だと思っていたそうなんですが、あの時は意識がもうろうとしていて思わず託してしまったそうで。謝ってました、大変なことに巻き込んでしまってと」
「ふーん……そうか」
 気のない返事。
「でも、あの人はガルスの名前を知っていたんだろ」
「あ、それも偶然同じだったそうです。世の中不思議な事もあるんですね」
 二人の会話を聞いていたガルスの表情が変わったのに気付いたのは、ユージーンだけだった。
「じゃあ、私は事後処理が残ってますので」
 酒場の前、三人はニコラを見送る為に店を出ていた。三人とも既に制服姿でこの後すぐから仕事である。
「ああ、今回は助かったで」
「いえいえ、皆さんのお力添えがあったお陰で事件が解決できて。お礼が言いたいのはこちらのほうです」
「またまたご謙遜を」
 笑いあう。
「後で役所のほうに来てください。たぶん謝礼が出るでしょうから」
 というニコラの言葉に、ガルスはガッツポーズをする。その額によっては、予定よりも早く仕事を切り上げる事が出来るのだから。
「ん、私の顔に何かついているか?」
 ニコラの視線に気付いたセシルが訊いた。それにニコラは頬を赤く染め、
「いえ、その…………」
 そんな彼の態度に隠れた想いにいち早く気付いたのはガルスで、ユージーンの腕を取り、
「わいらは仕事があるんで一足先に」
と言って中に入ってしまった。
「? 何だ?」
 訝しげにそれを目で追うセシル。その後ろ頭に声がかけられた。
「…………セシル殿」
 少し声が上擦っている。
「何だ?」
 振り向くと、意外と近くにニコラの顔があった。
「その、私と一緒に来てくれませんか」
 彼にしてみれば、どんな相手と対峙する時よりも勇気がいった事だろう。

「なんや、昨日酒場でなんも言わんと立ち去ったんは、セシルに一目惚れしたからかい」
 呟くガルスの隣で円卓を拭くユージーンは、そわそわとして落ち着きがない。
「…………ジーン」
「なんですか?」
「自分のもんにしたいんなら、ちゃんと捕まえとかなあかんで。後悔先に立たずや」
「どういう意味ですか……?」
 少しして戻ってきたセシルにガルスが声をかける。ユージーンは少し離れた所で、四人が食事をした食器を片付けていた。ただし、その耳は緊張してぴくぴくと動いている。
「で、ちゃんと返事したんか?」
 それにセシルはきょとんとすると、
「何でそんなに真剣に訊いてくる」
「何でって」
 その答えに困惑するガルス。
「ちゃんと言ったぞ。この事件を解決したのはお前なんだから、ちゃんと自分の手柄にすればいいと」
 それに二人は沈黙し。
(可哀想にニコラ……伝わっとらんぞ)
「? どうした二人とも?」
 訝しげな表情を浮かべるセシルに、ガルスは長い溜息をつき、
「それでは、今日も元気に働きましょうか」
 ユージーンは妙に元気になった。
 その変化の理由が分からず、セシルはただただ首を傾げるのであった。

【おしまい】


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by 蓮