《Weitergehen》



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Weitergehen 第二話
寄り道の寄り道……
 ■1■

 夜の酒場と言うのは喧噪の渦の中に包まれている。ホールに並べられたテーブルには様々な人々がついている。仕事を終えた職人達、商談に忙しい旅の商人、旅の疲れを癒す冒険者に旅人、吟遊詩人が歌い、踊り子がステージで舞う。相席は当たり前、お互いの冒険譚を言い合う冒険者がいたり、有力情報を教えあう者もいる。とにかく、夜の酒場はどこよりも騒がしい。
 そんな店内を忙しそうに歩き回る店員の中に彼らはいた。
「兄ちゃん、こっちにエールを五杯」
 席に着いたばかりの男に言われ、腰まで伸ばした銀色の髪を後ろで一つにまとめていたウエイターが、にこやかな笑顔で答えた。
「少々お待ちください」
 その両腕には大量の食器が乗っている。今さっき空いたテーブルを片付けたばかりなのだ。その姿に驚いた客を残して、混雑した店内を通り抜けていく。ユージーンである。
 厨房へと消えたその背中を見ていたのはウエイトレス姿のセシル。その背後で手が動く。
「――!」
 彼女がとっさに振り返ると、そこには自分のお尻に手を伸ばそうとした男の姿。
「……いや、すまないねえ。この手が悪さをしそうになっちまって」
 へらへら笑って謝ってくる男の表情には、謝罪の気持ちなど微塵もない。思わず拳を握りそうになったセシルの耳元で、知っている声が響いた。
〈セシル、いくら頭にきても我慢やで、手ぇ出してもーたら減給や。ジーンを困らせとおないやろ〉
「…………判ってる……」
 絞り出すように呟いて、セシルは目の前の男をきっ、と睨んで、そのまま踵を返した。後ろで忍び笑いが漏れる。悔しかったがそれを無視した。

「……あっぶないところやったわ。ったく、怖いもん知らずやなあ、ここの客は」
周りの店員に聞こえないように呟きながら、ガルスは皿洗いをしていた。客が沢山来れば、使う皿も沢山いる。しかし、店の皿には限りがあるから、皿洗いをしている者は皆必死だ。ガルス以外にも、料理人見習いだろう若い少年達が皿を洗っている。しかしその努力も虚しく、次々と汚れた皿が重ねられていくので、周りに積まれた汚れ物の山がなくなることはない。
「……にしても、何でわいらはこないなとこで、こないなことしとるんやろなあ、まったく」
 そしてガルスは三日前の昼を思い出した。

「いいですか、よーく聞いてくださいよ」
 ナイフとフォークを置いて言ったユージーンの言葉に、ガルスとセシルの二人も思わず料理から顔を上げた。
 トニッシュタウン、主街道から少しばかり離れたこの町は、ど田舎と言うわけでもなく、かと言って都会でもない、そんな感じの町。近くに観光の名所となるものもなく、街道から離れている為に目に見えて繁栄こそしていないものの、主街道近くの町よりも宿代が安い所が多いために、貧乏冒険者やけちな商人達にとってはありがたい町となっていた。また、近くに良い木材の取れる森林が広がっていて、それを使って工芸品を作る職人達の町でもあった。
 そんな町のとある食堂で、三人は少し早めの食事を取っていた。
「これは冗談ではないんですからね」
 もったいぶるようにユージーンが言うので、ガルスはナイフを置いて先を促す。
「分かったから、はよ言ってみ」
 隣のセシルもこくんと頷く。
「……あのですね、その……もう、お金がないんです」
 頭の中が真っ白になる。こういうことを経験した事がある人は一体この世に何人いるのだろうか。全ての思考回路がストップし、何も考えられなくなる。そして、それが回復した時、人はおよそ二つのパターンの反応を示す。一つは、
「おまっ、嘘やろっ、っな、なんでやねんっ」
 と、このように、とりあえず騒ぐ。そしてもう一つは、
「……………………」
 ただただ深ーく沈黙の海に沈んでいく。この二つである――まあ、人によって個人差はあるが。
「落ち着いてくださいガルス」
 言われてガルスは立ち上がりかけたのを止め、気分を落ち着かせるためか、コップの水を一気に飲んだ。
「で、どういうわけや?」
「……最近、上げる賞金首の量は同じなのに、出費が多くなりましたからね。仕方がないと言えば仕方がないんでしょうが」
 黙ったまま聞いていたセシルが俯く。それに気づいたユージーンは慌てて訂正する。「貴女の所為じゃありませんよ。この人の酒代だって結構かかってるんですから」
「それは今問題やないやろっ」
 旗色が悪くなってきたのを敏感に感じ取って、ガルスは話題を変える。
「とにかく今は、早く金を稼ぐんが先決や」
「そうなんですよね。あ、ここの支払いの分は大丈夫ですよ、まったくないって訳でもないんです。ただ、宿代とかが足りないかなあってくらいですし。で、ここで問題。どうやってお金を稼ぎましょうか」
「どおって、いつものように賞金首を……」
 言いかけてガルスが口を閉じる。
「どうした?」
 事情を飲み込めないセシルが口を開いた。
「あのですね」
 ユージーンが口を開く。
「この町には賞金ギルドがないんです。普通ギルドは比較的大きな町にしかありませんからね」
「でも、この前は詰め所で聞いただろう。それは出来ないのか?」
「それもこの町じゃ無理や。ここは近くにクスカシティがあるから正式な兵士の詰め所がないんや。あるとしても自警団くらいやな。で、自警団の奴らの主な収入源が、ここら辺に来た賞金首の逮捕。それなのに、どこから来たかも判らん流れの賞金稼ぎに賞金首なんて教えてくれるわけないやろ」
「じゃあ、他の街まで行って稼ぐことは無理なのか?」
「かなり心惹かれるんやけど」
ちらりとユージーンを見るガルス。それにユージーンは、残念ですが、と言って、
「この辺りは賞金稼ぎには結構冷たいんです。賞金稼ぎには柄の悪い人が多いですから」
「……では、どうするんだ?」
「ま、地道に稼ぐしかないでしょうね」
 天井を仰いで、ユージーンはぽつりと言った。
「地道にって、どないするんや?」
 うんざりしたように言ったガルスに、ユージーンは満面の笑みを浮かべて、
「実は、もう見つけてあるんです」
 その時ガルスとセシルは、何か嫌な感じがしたのだった。
「はあ、皿洗いなんって賞金稼ぎのする仕事やないで、ほんま」
 ガルスは周囲に聞こえないようにひたすら愚痴を言う。
 ユージーンの見つけていた仕事とは、食堂での短期アルバイトだった。仕事内容は、フロアでの接客とキッチンでの皿洗い。三人があの日食事をしていた食堂で募集していたものである。 〈ぐちぐち言ってないで、ちゃんと手を動かしてくださいよ。皿洗いのほうは歩合制なんですから〉
 耳につけたカフスから、ユージーンの声が漏れてくる。
「何でわいが皿洗いやねん」
〈しょうがないでしょう、ウエイターの募集は一人だったんですから。じゃんけんに負けたのは貴方ですよ〉
「わーっとる。ただの愚痴や」
〈はいはい。ま、がんばってくださいね〉
「おう」
 会話が終わり、二人はお互いの仕事に専念した。

■2■

 閉店間際、店内の客はまばらになり、吟遊詩人は最後の歌を歌っている。店員はテーブルの上の片付けをしたり、酔い潰れた客を起こしたりと、未だ忙しそうだ。
「あのお客さん、まだ寝てる」
 ウエイトレスの一人が、店の隅のテーブルにうつ伏せになっている男を見て、同僚のウエイトレスに囁いた。彼女達は、しかし、行動を起こすことなく、その背中を見ている。何故なら酔い潰れた客を起こすのはウエイターの役目だからだ。酔っている客の――特に男の――相手はウエイトレスでは危ないからだ。
「…………私が行ってくる」
「あ、セシルちゃん」
 手の空いているウエイターがいない事を確かめたセシルは、たった一人でその男に近づいた。引き止めるウエイトレス達を無視してである。ずかずかと一直線に男に近付いていく。
「おい、お前の連れが客を起こそうとしてるぞ」
「え?」
 客の一人の相手をしていたユージーンに、ウエイター仲間の一人が告げた。顔を上げると、確かにセシルが隅の席で酔い潰れている男に近づいている。
「止めなくていいのか? ああいう奴ほど厄介なんだぞ」
 店でも古株らしい男がそう忠告してくる。しかし、自分が率先して止めに行こうとはしない。結局はこんなものですよね、心の中で思いながら、それでも表情には出さずに言う。
「大丈夫ですよ、彼女なら」
 不安は微塵もない、それは真実である。しかしユージーンはちらちらとその方を見ていた。理由を訊かれても、きっと答えられないだろう。
 セシルは男の側に来ると、まず声をかけた。二三度かけたが返事がないので、仕方なしに肩を揺さぶる。それに男は反応を示し、顔を上げる。何か二言三言話すと男も何かを答え、懐から何かを取り出しセシルに渡した。それに何か言おうとしたその時、店の扉が開いた。
「すんません、もう閉店の時間なんです」
 ウエイターの一人がそう言って入ってきた男を止めた。が、男はその忠告を聞かずにずんずんと店の中に入ってくる。そして、セシルが相手をしていた男の側まで来ると、その胸倉を掴んだ。
「いきなり何をするんだっ」
 叫んだセシルの腕を、ウエイトレスの一人が引いた。そしてその耳元で、
「やめときなさい、セシルちゃん。あいつ、自警団の奴よ」
 その顔が全てを物語っている。この町の自警団は嫌われていた。
 セシルは腕を掴まれながらも、その男を睨んだ。背が高い屈強な男である。頬には傷があり、見るからに怖い顔をしている。店内にいた店員達も一様に怯えている。
 男は、胸倉を掴んだままの男の酒代をテーブルに置くと、その男軽々と肩に担いで酒場を出ていった。
 その場にいた全員が金縛りから解けるまでには、しばらく時間がかかった。

 店が閉まり、店内の掃除や後片づけも終わると、今日の仕事はこれで終わりとばかりに従業員達ははしゃぎだす。踊り子は控室でメイクを落とし、吟遊詩人は使い込んだ喉を癒すために特製の飲物を飲む。従業員は更衣室での着替えを済ませ、それぞれ家に帰っていく。ただし、住み込みで働いている者は別だ。これから夜食を食べて、それぞれ男女別に分けられた大部屋へと引っ込む。旅の途中で仕事を見つけた者や独り立ちしたばかりで住まいを手に入れていない者が殆どである。
 住み込みの者は、客が寝静まった頃に風呂が使える。宿屋奥の浴場には、仕事が終わったウエイター達で賑わっていた。客を起こしたらいけないので騒げないが、それでも大勢で入る風呂は楽しいものだ。
「仕事のほうはどうだ?」
 湯船に浸かっていたガルスとユージーンに、隣の男が話しかけてきた。
「結構大変なんですね」
「ほんまやわ。手が荒れそう」
 ガルスの言葉に、一斉に控えめな笑い声が巻き起こる。
 笑いが収まると、その中の一人が二人にそそそ近づいてきて、意を決したように言ってきた。
「そういやさあ、セシル、ちゃんだっけ」
「なんや、セシルがどうかしたんか?」
 ガルスは内心ひやりとした。世間一般の常識から微妙に外れているセシルのことである、何かしでかしたと思っても仕方のないことなのだ。しかし、苦情にしてはその様子は何処かおかしい。挙動不審と言ってもいい。男は伏し目がちに口を開いた。
「その、どっちかのもんなわけ?」
 その言葉に二人は目を点にする。反応が速かったのは彼らよりも周りの男達だった。
「それは俺も聞きたかった」「俺も」、と、次々と頷く男達。
「――どういう意味です?」
 ユージーンの雰囲気が一度下がったようにガルスには思われたが、どうやら他の男達は気付いていないようである。
「どうって……ボーイッシュでかわいいなあって」
「ちょっときつい感じはするけど、そこがまた」
「何より働き者で、ぎゃあぎゃあ叫ばないとことかさ」
 いつの間にか周囲に集まっていた男達から声が上がり、ガルスとユージーンの二人は一斉に注目を浴びた。
「で、結局何が言いたいんや?」
 絶対零度に近付いていくユージーンを気にしつつ、ガルスが口を開くと、未だその危険に気付いていない度胸のある男が一人、口を開いた。
「フリーだったらそのぉ……」
「……女性は男の持ち物ではありませんよ。最終的に決めるのはあの子ですから、僕は知りません」
 不機嫌な表情で、どこまでも凍りつくような声でユージーンはそう言った。そして、固まってしまった男達をよそに、そのまま人のいない隅のほうへと移動する。
「ま、ジーンの言う通りやなあ。ま、セシルを落とすんは、どんな色男でも無理やろうけどな」
 固まってしまった男達を残し、ガルスはユージーンの後を追い、そのままその隣に落ち着いた。ユージーンの表情はまだ険しい。
「そうカリカリすんな。こういうとこではよくあることやで」
 言いつつ、ニヤニヤして自分の反応を楽しんでいるように見えて、ユージーンは気に食わなかった。
「判ってますよ」
「なあ、ユージーン」
「なんですか?」
「どうしてそんなふうに腹が立つか解るか?」
 どうしていきなりそんなふうに言ってくるのか、ユージーンにはわからず、首を傾げた。その反応に溜め息を吐いて、やれやれ、というように天井を仰いだ。天窓からは、切り取られた夜空が見えた。

 その頃、セシルも似たような状況に置かれていた。ガルス達を同じように同僚の、若い少女達に囲まれている。話の中心は、彼女の連れの男二人――ガルスとユージーンのことであった。
「ほんと、セシルちゃんが羨ましいわ」
 その言葉に、セシルは一層眉をしかめた。男風呂より壁一枚隔てて、女風呂はある。中の造りは同じだが、やはり使う者が違うとその雰囲気も違ってくるものである。男風呂より、華やかさで言えばこちらの方が上である。
「……もしかして、あの二人ってセシルちゃんのお兄さんかなんか?」
 今一反応が薄いセシルに、先程とは違う女が訊くと、セシルは首を振り、
「赤の他人だが、それが何か?」
 どうしてそんなことを訊くのか、とその表情は言っていた。
「だったら、何でときめかないのかなあ」
「と、ときめく?」
 ますます訳が判らなくなる。
「いーい、セシルちゃん。あの二人って、最近評判なのよ」
 ウエイトレスの中でも、若手のリーダー格の女――20歳くらい――が、子供に言い聞かせるように言った。
「まずはガルスさん、裏方仕事だから人の目にはあんま触れないけど、その仕事振り、女性に対しての優しさで、ただいま人気急上昇中! 明るくて話しやすくて、腕っ節も立つ。それに、時折差す暗い影がミステリアスでまた良し!」
 頷く女性一同。どちらかと言うと年上が多い。
「対してユージーンさんは、何より十人が十人とも振り返るような美人。声も綺麗。ガルスさんと同じく背が高いし、スタイルも抜群。それだけならどこにでもいそうだけど、昨日の夜、いきなり暴れだしたお客さんをいとも簡単に黙らせたあの腕っ節。まるでサーガから出てきたような王子様。まだ日が浅いっていうのに彼目当てで来るお客さんもいるのよ。知ってた?」
「いいや、初耳だ」
 反応は淡々としている。その反応に呆れた一人が、つい口にする。
「……なんでセシルちゃんはあんな二人と旅してて、ときめかないのかな。あたしなんてこの前、重い物を代わりに持ってくれただけで大変だったのに」
 言ってから、慌てて口を押さえるがもう遅い。すぐに他の少女から声が上がる。
「なにそれ、ズルイ、エマだけ!」
 そして、会話の中心が移っていく。  嘆息して言われても、セシルには訳が分からないのだから仕方がない。
 気がつくと、いつのまにか話の中心が自分から離れたようなので、ゆっくりとセシルはその輪から外れた。
「おやおや、お喋りはもういいのかい?」
 隅の方で固まっていた年配の女中たちに声をかけられ、セシルは困ったような表情を浮かべる。それにまた、女中たちは笑い出す。手招きされて、セシルは素直にそれに従い、湯船の中を移動した。
「いまどき珍しい子だねえ。お喋りは疲れるかい?」
 恰幅のいい中年の女中が訊いてきた。それにセシルはどこか安心するものを感じ、何故かほっとする。 「……どうしてあんなに話す事があるんだ?」
「ああやって疲れをフッ飛ばしてるのさ」
 答えなど期待していなかったので、セシルは少し驚く。
「ハハ。あんたの場合は逆みたいだけどね。女はね、口から先に生まれたのさ。だから何かをやろうとしたらまず口を使う。疲れをとろうとしたら口を使って喋り捲るのは当たり前なのさ、女にとってはね。あんたも、喋って楽になる事があるだろう」
「……それで、楽になれればいいんだがな」
「ん?」
 小さく呟いた声は届かなかったようだ。セシルは首を振り、なんでもない、それだけ言うと、誰もいない方へと湯船を横切った。
 果たして、自分は何者なのか。あの日から頭の中を回り続ける疑問は、容易に解けそうにない。それなのに、また疑問が浮かんできてしまった。
 自分にとって、ガルスとユージーン、あの二人はなんなのか?
 これまた、難しい疑問である。
 それに加え、セシルはもう一つ、問題を抱えていた。


 ■3■

 男風呂と女風呂の入り口は並んで設けてある。戸を開けて、湯気をあげる男達がぞろぞろと出てきた。年寄りは長風呂なので、出てきた男はみな若い。その先頭が立ち止まる。後ろから抗議の声が控えめに上がり、首を延ばしてその先を見た。
 見えたのは、同じように湯気を上げる女の姿。短く切った髪から湯を滴らせて、肩にかけたタオルで服が濡れないようにしていた。湯上りの為か、そこには年頃の女らしい色気があった。生唾を飲み込む音が、どこからかした。
 先頭の男が、代表して声をかけた。
「どうかした?」
 女――セシルは、もたれていた壁から身体を離した。そして入り口付近に固まっている男達を見回すと。
「私の事は気にするな。湯冷めするぞ」
 いつもの素っ気無い口調で答える。そう言われれば、引き下がる訳にも行かない。渋々と部屋へと行く男達。その最後尾に、やっとセシルは目的の人物を見つけた。
「遅い」
 一言言って近づくと、待ち人――ガルスとユージーンはほこほこ湯気を上げながら言った。
「わいらの所為か? ちゃうやろ。つかえとったからや」
 暗に、原因であるセシルのこと言っている。ただし、責める雰囲気はない。どちらかというと、その反応を楽しんでいるように見えた。
「言ってみただけだ……ユージーン、私の姿がどうかしたか?」
 ユージーンの呆けた視線に気付き、セシルが言うと、ユージーンははじめて彼女を見つめていたこと気付いたらしく、
「いえ……」
 と言って、慌てて視線を逸らす。
 そんな二人に様子を見て、「お前がそないな格好をしとるからや。いつになったら寝巻きで寝るんや」
 とは、ガルスは言えなかった。
 セシルは今、支給されている寝巻きではなく、普段身につけているようなシャツとズボンを見につけていた。それは旅を始めてからずっと続いている事だった。それは決して抜けない哀しい習慣。ガルスにも身に覚えのある習慣だった。だから口には出さない。時が来たらきっとなくなる、自身の体験から、ガルスはそう思っていた。
「それより、何で来ないなとこで待っとったんや? セシル。用があるなら、これで呼び出せばええやろ」
 右耳につけたカフスを指差す。
「すぐに話しておきたかったんだ。行くぞ」
 くるりと踵を返すセシルに、ガルスが訊く。
「ここではダメなんか?」
「人に聞かれるだろう」
 それだけ言って、セシルは口をつぐんだ。その態度から、ガルスとユージーンの二人は、その話の内容の重大さを思った。

 夜中ともなれば誰も来ないであろう物置前の廊下。そこに三人は集まっていた。
「これを、渡されたんだ」
 廊下の窓際、月明りの差し込む場所に移動して、セシルは二人にあるものを見せた。
「なんやこれ?」
 それを見たガルスは思わず声に出して訊いた。それは革製の子袋だった。セシルが言うには、あの酔い潰れた男に無理矢理渡されたと言う。
「中はまだ見ていない。そいつ、ガルスに渡してくれと言ったんだ」
「わいに? なんでや」
 セシルの眉間にしわが増える。
「それはこちらのせりふだ。どうしてガルスのことを知ってると訊いたら、ここに入るのを見たって。私がお前の仲間とは思っていなかったみたいだが」
「なんや、気味悪いなあ」
言いつつガルスは中のものを掌に出した。
「記憶球じゃないですか」
 覗き込んできたユージーンがそれを見て言う。それは掌にすっぽり納まるほどの半透明の平たい宝石だった。
「この大きさだと、声を封じるもののようですね。聞いてみましょうか?」
 ガルスは頷いてそれをユージーンに渡した。ユージーンはそれを手に取ると、掌で少し転がし、口元にもっていく。口の中で短い呪を唱えるとそれは淡い光を放ち、封じられた音を紡ぎだした。
〈木を隠すには森の中、とはよく言ったものだな。誰も気付きはしない〉
 男の声が聞こえてきた。
〈まったくだ。誰も盗品の区別なんてつかないからな〉
 別の男の声。
〈そうだ、町長のほうはどうだ?〉
〈盗品の横流しで得た金を握らせてるから大丈夫、まさか、俺らが盗んだもんを倉庫に隠してるなんて思いもしねえだろうな〉
〈分かるもんか、あんな守銭奴。どっからでた金か何か関係ないのさ。金さえ手に入ればいいって言う能無しだからな〉
〈にしても、よく思いついたな。こんな事〉
〈は、こんな簡単な事、思いつかないほうがどうかしてるぜ〉
〈それは兄貴が天才だからさ。賞金首をとっ捕まえて、しかもそいつの持ってた盗品も頂く。俺達で盗みを働いても、罪は全部そいつが被ってくれる。ここだったら手入れもないし、警備も厳重。自警団様様だな〉
 そしてしばらく、二人が酒を酌み交わす音だけが流れた。
「つまり、この声の主は捕まえた賞金首から取り戻した盗品を横流しし、なおかつ自分達でも盗みを働いているというわけですか」
「せやな。こん話しやと、町長に賄賂贈って、目を瞑ってもろとるみたいやなあ。まったく、賞金稼ぎの風上にも置けん奴らやわ」
「いや、自警団員でしょう、今は」
「二人とも静かに。展開があったぞ」
 セシルの言葉に、二人は口をつぐむ。
〈どうした?〉
〈…………そこにいるのは誰だっ〉
 椅子が倒れる音とともにその声は聞こえた。近づいてくる足音に怒声。それらは途中で、ぶつり、という音とともに消えた。
「…………見つかっちゃったみたいですね」
 ぽつりとユージーンは言った。
「だな。つーことはなにか、これはそいつらの犯罪の証拠になるってわけか」
 ガルスはそれをまた皮袋に入れ、懐に入れる。
「どうします? それを」
「せやなあ……普通ならお偉いさんとこに持ってくんやが……」
「あの人を連れていったのは自警団の奴だ、そんな悠長に構えてたらあの人が危ない」
「せやな。んじゃ、ちょっくら行きますか」
 それに二人は頷いた。

 月明りのもと、酒場の裏口から三つの影が並んで出て、一様に町外れのほうに駆けていった事に気付いたのは、誰もいなかった。



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