| 《Weitergehen》 |
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■3■ 竜眼持ちの事を説明するにはまず、竜眼の説明をしなくてはならない。竜眼とは、平たく言えば竜族の睛の事であり、竜族の力の源でもあった。それぞれ地水火風空光闇の力を宿しており、それぞれに対応して、黄、青、赤、緑、銀、金、紫の色をしていた。見た目は爬虫類のそれに酷似している――あの睛を大きくしたもの、と想像してみて間違いはないだろう。 さてこの竜眼、ごく希に別の種族、つまり竜族以外の者が宿して生まれてくる事があった。その者達は総じて竜眼持ちと呼ばれ、竜族並みの力を、その睛によって有していた。 そしてその力の所為で、彼らは忌み嫌われているのだった。 自分の睛が普通と違うと自覚したのは、確か森に迷い込んできた男を助けた時の事だった。その男は自分の目を見るや否や、恐怖に顔を歪めた。後で男はマーマの友人である精霊の幻術で記憶を消され、森の外れに放置された。 正直言うと、悲しかった。森の皆はこの睛を変とは言わないけれど、悲しかったんだ。 皆の目を盗んで、ナイフで目を刺した事がある。結果、睛は三日で再生した。 化物なのか、そう思わずにはいられなかった。 マーマ達のお陰でまた笑えるようになったけど。でも、それから俺は森の外の人が怖くなった。驚かすのは、少しでも恐怖を紛らわす為。そうやって慣れておかないと、いつか大変な目に遭うから。だからマーマ達も禁止まではしなかったんだと思う。 だって、俺は本当は、森の外の住民だから。 「何としてもあの竜眼持ちのガキだけでも連れて来るんだ。あいつは同じガキの何百倍もの値で売れる。あいつさえいれば――」 「あいつさえいれば、どうだって言うんだ?」 男の言葉は、途中で遮られた。 そこは無駄に広い寝室だった。大きなベッドに一目で高級品と分かる調度品。洋服ダンスが壁際にそびえ立ち、壁には絵画がこれでもかと飾られている。 しかし、はっきし言って趣味は悪い。 「誰だ貴様はっ!」 寝間着にガウンを羽織った中年太り気味の男が叫んだ。ナイトキャップからはみでている髪には白いものが混じっており、手には、これでもかと詰め込んだ宝石や金貨でパンパンに膨らんだ袋がしっかりと握られている。 「……今この屋敷に来ている奴は誰だ?」 質問を質問で返す。 中年太り男はしばし考え……途端に顔面蒼白になる。そして指差して。 「まさか、貴様が賞金稼ぎかっ」 反応が遅いっ、心の中だけで毒突く。 「その賞金稼ぎだ。まったく、これが人身売買組織のボスだっていうのか? これなら向こうになったほうが少しはましだったかもな」 言って、セシルは男に向けた銃の引き金に力を込めてはたと思う。 (もったいないか……?) おもいっきり怯えまくる男に思わず思った。弾丸だってタダではない。 ふう、と嘆息してから顔を引き締め、セシルは床を蹴って一気に間合いをつめる。 「ひゃあっ」 まずはグリップで殴って――セシルが殺さない仕留め方を思案している目の前で、 「なあんちゃって」 「――!」 至近距離からの一発は、見事胸に命中した。 ガウンッ 「今、何や嫌な感じがせえへんかった?」 「……しました……」 二人の周りに動いている影はない。死屍累々と横たわる――死んではいないが――男達の中心に二人は無傷で立っている。手摺から身を乗り出して叫んでいた男も、ユージーンの攻撃呪文の余波で気を失っていた。 「早く迎えに行きましょう、何か不安になってきました」 「わいも」 二人は足早に、半分壊れかけた階段を駆け登りだした。 ■4■ 嫌な予感がした。動いてはいけないのは分かっていたが、イーリィは洋服ダンスの中からから這い出た。屋敷の中で動く気配はかなり減っている。セシルが倒したのか、セシルの仲間に倒されたのか。用心するのに越したことはないので、イーリィはそぉーっと部屋から出た。 辺りは怖いくらいに静かで、闇の中の廊下には、全く同じ装飾が等間隔で連続している。 イーリィは一歩、前に歩み出した。 はじめは倒れている男に会う度にびくついていたが、徐々にそれにも慣れてきて、その部屋の近くまで来た時には、すっかり震えは納まっていた。 そこは他とは違い、観音開きの扉が開いて中の明かりが漏れていた。中に人の気配がする。ゆっくりと、足音をたてないように近づいて、扉の陰に隠れて中の様子を窺う。 気配は、五つ。 「くっっくっくっ、残念だったな。ワシは用心の為に、いつも胸当てをつけているんだよ」 この声には聞き覚えがある。ここに連れてこられて初めて目隠しを外された時に目の前にいた、品定めするような目付きの嫌な男。 「どうだ? 組み伏される気分は」 「…………」 「だんまりか、まあいい。お前の仲間は何人いる? 教えてくれるのであれば命だけは――」 「誰が教えるか。殺すんならさっさと殺せ」 セシルの声だ。体中の毛が総毛立つ。 「くあっはっはっはっ。いい目だねえ。賞金稼ぎにしとくのは惜しい眼だ。その眼は、こちら側の奴がする眼だよ」 「黙れっ!」 イーリィに向けられた声と百八十度違う声。すごく冷たくて、すごく、怖い。 「図星か。追われる者が追う者に。茶番だな。そうは思わないか? ガウド」 「ええ、仰る通りです」 他の気配の主はセシルの出す気迫に負けないようにするだけで精一杯らしく、一言も言葉を発していない。 「おや、これは精霊武具かい、銃タイプとは珍しい」 精霊武具? イーリィは聞いた事があった。確かトレント爺が言っていた、精霊が宿った武器の事をそう言うんだと。 「これはワシが貰っておく事にしよう」 武器が盗られた。いくらセシルでも、丸腰で四人を相手にするのは無理だろう。 出ていこうか、と言う考えも浮かんだが、出ていっても自分には何もできない。この睛は単なる飾り。この睛の力を、イーリィは一度も使えた事がなかったのだ。 でも、出なければセシルが| 「いい事を教えてやろうか?」 セシルが口を開いた。 「いい事?」 「精霊武具に宿っている精霊は、主の言う事しかきかない」 「それぐらい知っておる。このままでも欲しいと言う奴いくらでもおるからな。安心せい」 勝ち誇った男の声に、しかしセシルは落ち着いた、とても冷たい声で返した。 「もう一つ。武具精霊の中には、媒介を使わなくても自分の力を発揮できる者がいる」 「何! まさか――」 今まで自信に満ち溢れていた男の声が揺らぐ。 「試してみるか? ――ゼファー」 その瞬間、空気が爆発した。 扉が激しく揺れ、男が二人――セシルを押さえつけていた男だろう――吹っ飛んできて、イーリィの目の前で廊下の壁にぶち当たり、床に崩れた。部屋の中からも、壁に色んなものが当たる音がする。それが止んだ時、また声がした。 「なっ…………」 「武具精霊ゼファー。私の精霊だ」 部屋の空気が変わった。さっきまでは男達の方が優位だったのが、逆転している。 武具精霊。精霊武具の核に宿っている精霊の事。一目見てみたいという好奇心に負け、イーリィは扉の陰から部屋の中を覗き込んだ。 爆風がおさまった部屋の中は惨憺たるものだった。高そうな花瓶類は粉々に砕け、調度品も原形を留めている物は数少ない。そして壁には男が二人、めりこんでいる。比喩ではなく本当に。一人は中年太りの男。もう一人はスマートな男で、こちらは比較的若い。 その二人の視線の先にはセシルともう一人……? 「ゼファー、あまり力を出すな。殺しては賞金が出ない。ガルスの説教はごめんだ」 セシルが『ゼファー』と呼んだのは、宙に浮かぶ半透明の精霊、のようなものだった。体の色は淡緑色。腕の代わりに鳥の翼が生えており、背中からも同じような翼が二対。後ろ姿なのでよく分からないが、普通の生き物ではない事は確かだ。多分あれが武具精霊なのだろう。 セシルはゼファーから、床にへたり込み、両の睛に恐怖を浮かべる中年太りの男に視線を移す。そして、ぞっとするような冷たい声で、 「安心しろ、殺しはしない。私達の目的はお前達の命ではなく、その首にかかった賞金だ」 床に落ちていた銃を手に取り、中身を確認して銃口を向ける。 「今度は手加減しない。ゼファー、後ろの二人を拘束しろ」 空気が振動したかと思うと、ゼファーが振り向いた。耳元を風がよぎる。それと同時に振り返ると、気絶していた男二人が風の檻に閉じ込められていた。彼らはまだ気絶している。 「……悪足掻きを」 その言葉に反応して目をやると、中年太り男が、どこに隠し持っていたのか、拳銃をセシルに向けていた。しかしその銃口は定まらない。 「震えているぞ」 「煩いっ」男が引き金にかけた指に力を込める。 「ゼファー」 呼びかけに反応して、ゼファーが一瞬でセシルの前に移動した。 ガウンッ 放たれた弾丸をその体で受け、 「なにっ!」 弾丸は軌道を変えて、別の方向に飛んでいく。多分ゼファーが体の中で何かしたのだろう。 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 連続した銃声。しかし結果は同じ。ただの一発も、セシルの体には擦りもしなかった。 「素直に負けを認めろ」 今度はセシルが引き金を引く。 ガウンッ、銃声とともに発射された風の鎖は、中年男と痩せた男を縛り上げていく。 勝負は、実に呆気ない幕切れを迎えた。 鎖に縛られたまま、二人は仲良く他の二人と共に風の檻に入ったのだった。 「イーリィ、私は隠れていろと言った筈だが」 イーリィの姿を見つけたセシルは、開口一番こう言ってきた。それにイーリィは黙ったままで、言い訳をしない。 「……まあいい。誰にも会わなかったか?」 頷く。セシルがやっと表情を緩めた。 「…………|! セシルっ」 どさ、という音に顔を上げると、セシルが床に倒れていた。イーリィは慌てて抱き起こす。 「大丈夫? セシル。|!」 生暖かい物が手を濡らし、驚いて見ると真赤に染まっていた。ジャケットに血が滲んでいる。 「どうしよう、どうしよう……そうだ」 ようやく、イーリィは耳につけた通信機の存在を思い出した。 ■5■ 人身売買組織ニック・リム ボス・ギルッシ 一〇〇 副頭・ガウド 五〇 幹部・カキカ 三〇 ガダウ 三〇 雑魚・合計 四〇 しめて二五〇 「ま、こんなもんやろなあ」 宿屋の一室で、ガルスは今回の稼ぎの感想を漏らした。 「大丈夫ですか? セシル」 ユージーンは、ベッドで上体を起こしているセシルに、ココアの入ったカップを差し出す。 「大丈夫だ。ちゃんとした手順を踏まずにゼファーを使い過ぎただけから。怪我も、ユージーンの回復魔法のお陰でちゃんと完治している」 カップを受け取りながら言い訳をする。 「武具精霊の実体化は精神力を消耗します。しかも手順を無視するなんて。あまり多用しないでくださいよ。まったく」 「分かってる。それで――」 セシルは視線を、窓際に置かれた椅子の上で膝を抱える少年に移した。燃えるような赤い髪と睛を持った少年、イーリィ。彼を引き取る事を提案したのは、意外にもセシルだった。 「珍しい事もあるもんやな」 と言いつつも、ガルスは何も言わなった 「……捕まっていた他の子供は、親元に帰されたり、ちゃんとした施設に入れてくれるだろう。だけどイーリィは」 真赤な睛の持つ意味を、三人は充分に分かっていた。だからそのままにしておけなかった。 「…………どこの森のイーリィやって?」 体を捻り、イーリィの方に顔を向けてガルスが尋ねた。それにイーリィは俯いたまま、 「……あ……えと……すず……すずか……」 緊張してうまく言葉が出ない。 「涼風の森のイーリィ」 見兼ねたセシルが代わりに答える。 「…………悪いが、わいはあんま『森』には詳しくないんや。人がつけた地名やないから、地図にも載ってへんしな。やから」 イーリィが初めて顔を上げた。その顔は、泣く寸前で止まっている。 「俺、帰れないの?」 「……どないなとこかは覚えとるか?」 「お、覚えてるっ。外からだと分かんないけど、匂いはしっかりと覚えてるから。近くまで行けば、多分……」 語尾はひたすら弱々しく、睛には今まで我慢していた涙が浮かんでくる。 ガルスは無言で二人の顔を見回す。 「初めて目的地のようなものが出来ますね」 ほのぼのとユージーンは言って、トレイの上に乗っていたホットミルクを手に取り、泣きそうなイーリィに手渡した。 「私はいっこうにかまわん」 セシルは言うと、ココアを口にする。そして上目遣いでイーリィを見て、その目だけで微笑んで見せる。 「決まりやな。当面の目的地は涼風の森。イーリィの故郷や」 それを聞いたイーリィははじめ、信じられないという顔をしたが、すぐにその顔に満面の笑みを浮かべ、 「ありがとう」 涙を睛に滲ませながら、イーリィは叫ぶように言った。そしてユージーンに勧められて、やっとホットミルクを口にした。 「分かったで」と言いながらガルスが帰ってきたのは、すっかり良くなったセシルが起き上がって、ユージーンとイーリィとの三人で三時のおやつを食べている時だった。どこか警戒していたイーリィも、何とか心を開きかけていた。 「あー、ずりぃー」 三人の口にするシフォンケーキを見て、ガルスは口を尖らせて子供のように文句を言った。 「貴方の分もありますよ、それより」 ユージーンはそんなガルスをなだめて、話を先に進めさせる。 「あ、ああ」 今までガルスは町の牢屋まで、まだ護送されていない組織のボスに会いに行っていたのだ。面会目的は、イーリィの住んでいた涼風の森の場所を聞く為。 「やっこさんも詳しい場所は知らへんらしい。ある奴から買うたんやと。でもま、方角は分かったで。北のほうや。後はイーリィの使う言葉やその訛りで地道にやなあ」 嘆息して、自分の分にと差し出されたシフォンケーキに手を伸ばす。 「帰れるのは大分後になりそうだが、いいか?」 セシルの問いに、イーリィはシフォンケーキから顔を上げて頷いた。 「マーマ達にお土産話がいっぱいできるから」 へへ、っと笑う。 「……鼻の上にクリームがついとるで」 「えっ」 慌てて鼻を押さえる。 部屋に笑い声が響いた。それにはイーリィの声も混じっていた。 目的地――涼風の森。 【おわり】 |