《Weitergehen》



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Weitergehen 第五話
トリビュートの贈り物

「毎度ありがとうございましたー」
 女性店員の営業スマイルに見送られ、セシルとイーリィは洋服店を出た。
「大丈夫か?」
 はい、とイーリィは小さな声で答えた。
 イーリィの旅装を整える為に洋服店を訪れる事と、それにセシルが付き添う事が決まったのは、今朝の朝食の席だった。
「私が?」その話をベッドの上で聞いたセシルは、思わずそう言って自分を指差した。
「せや、旅立つ前に色々買わなあかんもんがあるんやけど、セシルはまだ無茶せんほうがええやろ。やからや。イーリィの旅装を整えたら、二人してのんびりしとったらええ」
 部屋に備え付けのテーブルについて、ハムサンドを口に運びながらガルスは言ってきた。
「それには僕も賛成なんです。ここ最近は結構無茶してきましたからね。ここらでゆっくりとするのもいいでしょう」
 セシルの膝の上に乗ったトレイの上に、今いれたばかりの紅茶の入ったカップを置きながら、ユージーンは言った。そして、
「それと、イーリィ君はまだ僕達には馴れてないようですしね」
 耳元で言われた言葉には、セシルも頷いた。
 もともと人には馴れていないところを誘拐されて、人身売買の対象にされたのだ、人を怖がるな、と言うほうが無理である。今でこそガルスやユージーンともちゃんと会話をしているが、会ったばかりの頃はうまく喋れず、顔を合わせることも出来ずにいたのだ。そんな中、不思議な事に――そう思うのはセシルだけで、ガルスとユージーンには何となく解っていた――セシルとだけはちゃんと会話をする事が出来た。だから、イーリィの相手はセシルがするというのが、三人の間では当たり前になっていた。
「……分かった。イーリィもいいか?」
「あ、いいです」
 パンケーキから顔を上げて、イーリィは返事をした。その頬に蜂蜜が付いている事に本人は気付いていない。だから、他の三人が自分を見て笑みを浮かべた理由を、セシルが自分の頬を指してその事に気付かせてくれるまで解らなかった。イーリィは慌てて手でそれを拭う。
「そうだ、イーリィ君にいいものを作っておいたんです。ちょっと待っててくださいね」
 笑いを堪えながら、ユージーンは席を立ち、自分が使っている部屋へと行く。そして戻ってきた彼の手には、掌程の革の入れ物が握られていた。それをイーリィに差し出して。
「昨日の晩に完成したんです。イーリィ君、開けてみてください」
「あ、はい。ありがとうございます……」
 イーリィはフォークとナイフを置いてそれを受け取り、言われた通りに蓋を開けて中の物を取り出した。
「……眼鏡……?」
 そう、それは眼鏡だった。まあるいレンズの眼鏡で、枠は黒。
「貴方の目を隠す為のものですよ。度が入っていない伊達です。さあ、かけてみてください」
 言われた通り、イーリィはその眼鏡をかけてみた。「おおっ」と声を上げたのはガルスである。セシルも目を丸くしている。そしてユージーンは満足げに微笑んでいた。ただ一人、かけている本人だけは何が起こっているのか分からず、少し首を傾げた。そんなイーリィに、ユージーンは用意していた鏡を向ける。
「あ」イーリィは声をあげて驚いた。鏡の中に映っている自分の睛が、いつものあの爬虫類の睛ではなく、まあるい瞳孔の普通の睛だったからだ。何が起こったのか解らないイーリィに、ユージーンが難しい言葉を全て切り捨てた説明をした。
「いつもの睛だと何かと大変ですからね。ちょっとした魔法をかけているんです」
「あ……ありがとうございます」
 イーリィは、震える声でそう言った。

「さて、この後どうするか……のんびりしろと言われても……」ぼやきながらセシルはイーリィを見る。イーリィもセシルを不安げに見上げていた。自分もイーリィも人混みが苦手そうだ。現に今、イーリィは人に酔って、目が虚ろだ。
 セシルはとりあえず、はぐれないようにイーリィの手を取った。その手をイーリィはきつく握り返してきた。それだけで、頼られているという事を改めて気付かされる。ガルスもユージーンも、決して他人に頼るような性格をしていない。そしてそれは自分もまた然りだ――正確に言うと、セシルの場合は頼り方を知らないのだが――。だから頼られるという事が初めてで、何故かセシルは妙な使命感を感じた。そしてそれと同時に、奇妙な嬉しさも込み上げてくる。
 とりあえず、どこか休める所に行こうとセシルが手を引き歩いていると、いきなり出店のおばさんに呼び止められた。
「ちょいとお二人さん、お母さんにこのネックレスはどうだい」
 見ると、アクセサリィを置いた露店の、台の奥の椅子に腰掛けた恰幅のいいおばさんが、満面の笑みで二人を見ていた。どうやら二人の事を姉弟だと思っているようだ。
「トリビュートの贈り物には丁度いいものだよ。今日が終いの日だからね、いつもより安くしといてあげる。二人のお小遣いでも買えるさ」
 その手にあるのは、革の紐に通された、見事な彫刻画が彫られた木のペンダントだった。
「悪いが、私達はその何とかの贈り物を買いに来た者ではないが」
 困惑するセシルに、おばさんは首を傾げながら、二人の身なりを上から下まで見て、
「おやあんたら旅人かい? てっきりこの町まで贈り物を買いに来たのかと思ったよ」
 言って、おばさんは訊いてもいないことを喋りだす。
「そうかい、トリビュートを知らないのかい。トリビュートって言うのはね、年の瀬の終わりに、この一年ありがとうございましたっていう感謝の気持ちを表し、また来年もよろしくお願いしますっていうのを神様にね、伝える日だったんだよ。そういう気持ちを贈り物に込めてね。それがいつの間にかねえ、自分がお世話になった人に対してそういう気持ちを示す日になったんだよ。それが今日」
 今でも神に感謝するのはやめてないけどね、最後におばさんは付け足した。
「年の瀬?」
 確かまだ、暦の上ではまだやっと折り返しを過ぎた辺りだ。
「確かに世界暦ではまだまだ年の瀬ではないけどね、この辺りではそうなのさ。こちら側では季節が逆になるからねえ。この国も、大分前に世界暦を取り入れたけれど、やっぱり、昔からの慣習は抜けないのさ」
 おばさんは、年季の入った笑顔を浮かべた。 「あの、なんて言ってるんですか?」
 少し遠慮気味に、イーリィがセシルの服の裾を引っ張って訊いてきた。それでセシルもようやく気付いた。「そうか。ここら辺の言葉を知らないんだったな」
 イーリィの話せる言語は、三人に比べれば極僅かだった。これは比べる相手が悪いと言うこともある。他の三人は、一般の平均をはるかに上回る言語を操ることが出来るのだ。
 イーリィの理解出来る言語と言えば、森で使っていたらしい、妖精が主に使う言語と、その森があった土地で使われていたらしい言語の二つ。それに片言だが二大共通語の片方を。ここらの土地で主に使われている言語など、彼にとってはただの音。洋服店での買い物も、セシルの通訳を介してようやっと成立していた。
「年の瀬の、感謝の贈り物……」
 二人はまた人混みの人となっていた。歩きながらさっきの会話の内容を聞いたイーリィは、大きな睛を更に大きくして呟いた。
「ああ、この土地、と言うか、宗教が絡んでいるとなれば国か。国の風習だろうな」
「贈り物」という言葉を呟く。が、その次の言葉が出ない。無理だ、という思いが心を支配する。
「手を出して」セシルが長い沈黙の後口にした。
 訳も分からず言われた通りに出したイーリィの手に、セシルは銅貨を握らせた。手の中のお金とセシルの顔を交互に見るイーリィに、セシルは、
「ガルスから預かってきた。お前の分だ。何に使ってもいい。例えば、贈り物とか」
 イーリィは頬を染め、破顔した。

「贈り物をする時は、自分の得意分野で選ぶ」
 人の流れに乗って店の中を覗きながら、セシルは確認するように言った。
「どうしてですか?」
「昔言われた。相手の得意分野で選ぶと、どれだけのものか分かってしまうから自分の得意分野で贈り物をしたほうがいいと」
 なるほど、とイーリィは頷く。
「それで、何を贈るんですか?」
 返事は、なかった。
 ウインドーショッピングを始めて暫し、二人は未だ贈り物を決めかねていた。元々、二人揃って贈り物をする事に馴れていないのだろう。
「嵩張る物は邪魔、かと言って小さな物はなくしやすい。身に付ける物がいいか」
「アミュレットは?」
「残念。ユージーンの得意分野だ。店で売っている物よりも、彼が作った物のほうが出来がいい。そうか、アミュレットか」
「どうかしました?」
 不意にセシルは立ち止まり、右の拳で左の掌を叩く。そしてイーリィに顔を向け、
「コーファを贈ろう」
 コーファ? おうむ返しに問うたイーリィに、セシルは手短に説明する。
「貴重品箱、簡単に言うとな。ユージーンのつけている封印具は小さな物が多いから。前から新しいコーファが欲しいと言っていたし」
 さんせい、とイーリィは声を上げた。
「残りはガルスだけど」
 考え込むセシルに、イーリィは、「あの」と遠慮がちに声をかけた。
「こういうのはどうですか」


 二人が帰ってきたのは日も暮れた夕刻だった。ガルスとユージーンの二人は、宿の一階の食堂のテーブルでお茶を飲みながら二人を迎えた。
「お帰りなさい、セシル、イーリィ君」
「遅かったなあ、迷子にでもなったんか?」
「ただいま……」
 セシルとイーリィは二人の座っているテーブルについた。座りながらセシルが「夕食は?」と訊くと、ユージーンが「まだ注文していません。何を食べます?」
 メニューを渡され二人で覗き込む。どうやらガルスとユージーンは既に決めていたようだ。セシルは野菜スープとロールキャベツを、イーリィは野菜サラダと野菜のシチューを頼んだ。
 料理が来る前に、二人は目配せをしあった。
 雰囲気の違う二人に最初に気付いたのはガルスの方だった。ウエイトレスにポットのおかわりを頼みながら、横目で訊く。
「どないしたん? そわそわして」
「別に、そわそわなんてしてない」
 セシルが否定するが、ガルスはにやにや笑っている。
「いーや、しとる。なんや後ろめたいことでもやったんか?」
「してない」言ってから「今日が何の日か知っているか?」
 意を決して訊いた。その隣のイーリィの頬は、見事に紅潮していた。
 ユージーンが首を傾げた。
「なんかあるんか?」ガルスが訊いてくる。
「俺達も今日知ったんです」イーリィが興奮して説明する。「だから二人で市場を歩き回って、それで」
「ええ」ユージーンは嬉しそうに目を細めてその話を聞いている。隣のガルスもそうだ。
「二人で考えたんです……」
 そのタイミングでセシルは、包みを二つ、テーブルの上に置いた。
「トリビュート、この一年の感謝の気持ちを込めて世話になった人に贈り物をする日が今日だと聞いた。それで二人で店を回って、選んで、買ってきた」
 ガルスとユージーンの二人ははじめ、驚いた表情を浮かべていたが、すぐにふっと笑い、
「おおきに」「ありがとうございます」
 その言葉で、市場中を人混みを掻き分けて目的の物を探し回った二人の疲れは、どこかに綺麗に吹っ飛んでしまった。残ったのは、ちょっとした満足感。思わず顔を見合わせ笑いあう。
「開けてもええか?」
 その問いに二人は頷く。ガルスは無造作に、ユージーンは丁寧にその包みを開けた。
「……コーファ、ですか……」
 ユージーンの手にあるのは、両手に乗るくらいの木製の小箱だった。蓋には見事な彫刻がなされており、顔料で色付けもされている。
「前に新しいのが欲しいと言っていたから。気に入らなかったか?」
「いいえ」ユージーンはコーファから顔をあげ、セシルとイーリィの顔を交互に見て言った。
「ありがとうございます。こんなにも素晴らしいものを。気に入らないなんてとんでもない。今日から早速使わせてもらいますよ」
 イーリィは嬉しくなって、頭を掻いた。そして気付く。
「あの、気に入りませんでした?」
 イーリィのその不安げな声をあげた。あの無駄に明るいガルスが、包みを開けてから一度たりとも反応を示していなかったのだ。その視線の先には、包みから出した革製の眼帯があった。
「あの、その。その右目、いつも気にしていて、布で隠していて。だから、ちゃんとした眼帯をと思って」
 必死に弁明するイーリィに、ユージーンが助け船を出す。
「いいんですよ、貴方が気にしなくても。悪いのは、みぃーんなこの人なんですから」
 極上の笑みで言い切る。
「イーリィ君は洞察力に優れているんですね。仰る通り、この人はこの右目をずぅーっと気にしているんです。本人は隠しているみたいですがね。なのに、眼帯では隠さず布で隠している。悪足掻きです」
「なんや、台詞が何や刺々しいんやけど」
 ガルスが苦笑して言うと、
「オブラートに包んで刺さらなかったら意味ないじゃないですか」
 さらりとひどい事を言う。
「これもいい機会です。隠してしまったらどうですか、その右目。蓋をしなさいとは言ってません。他から見えないように、布じゃなくて、ちゃんとした眼帯で隠してしまいなさいよ。その右目を見るのが怖くて、貴方が鏡を見れない事も知っていますし、前髪で隠しているのも似たような理由からという事も知っているんです、僕は」
 反論がないのは、当たっているからか。
「ホント、狡い人ですよ、貴方は。僕達の何もかも知っているくせに、自分の事は何一つ話してくれない」
 いつもとは様子の違うユージーンに、セシルとイーリィの二人は瞬き一つできなかった。
 話している間、ユージーンは一度もガルスを見ていない。ただ、掌の中にあるコーファを見ている。ガルスも、眼帯をただ見つめている。
「でも、その右目が貴方の過去にとって、とても重要な位置にある事ぐらい判ります。だからこそ隠したらどうなんですか。そのほうが嫌でも胸に刺さりますよ。髪に隠れてしまえば意識する事もないでしょう。でも、眼帯をして四六時中その感触を感じていれば、その右目を嫌でも意識する事になるのだから」
「……なんや、怒ってへんか」
「まさか」爽やかな笑みで否定する。
「ただ、貴方のその不甲斐ない態度に腹が立っているだけですよ」
 ここで始めて、ユージーンはガルスを見た。ガルスも、ユージーンを見る。
「それを世間一般では、怒っとるって言うんや」
 言いながら、その顔には笑みが零れていた。
「で、どうするんです? 最終的な決定権は貴方にあるんですよ」
 ガルスは、セシル、イーリィと視線を移し。
「済まんかったな、イーリィ、セシルも。ありがたく貰っとくわ」
 ガルスはいつものガルスに戻っていた。

 夕食の席では今後の予定が話された。明日の昼に宿を出て、暗くなる前に次の村に着く。そこで宿を取り、次の朝早くに山越えをする。一日かけて山を越えると、温泉宿場があるので、そこで年を明かす。予約は既にとっていた。
 温泉が初めてらしいイーリィは、それを聞いて喜んだ。風呂好きなセシルもまた同様だ――彼女はそれが悟られないよう努力していたが。
 食事が終わると、後は各々自由に過ごす事になる。部屋に戻ろうとしたセシルをイーリィが呼び止めたのは、そんな時だった。
「どうかしたか?」
「あの」イーリィは、何かを決心したように俯いていた顔をあげ、そして、後ろ手に隠していた革の小袋を差し出した。それにセシルは驚く。
「包装をしてもらっている間に買っておいたんです。俺が今ここにいられるのは貴方のお陰だから。それで……」
「……私は何もしていないぞ」
 イーリィは、ふるふると首を振る。
「仮令そう思っていたとしても、受け取ってください。俺は貴方に感謝してるから」
「…………分かった。ありがたく貰っておくよ」
 もし今ここで断っても、イーリィが決して首を縦に振らない事は、目に見えていた。
 小袋を受け取り、了解を得てから中を見る。緑の石が結ばれた、革紐のネックレス。
「風の属性の銃だから、風の属性のがいいと思って。きらびやかな物は、気に入らないと思って。だから……」
 言葉が通じないイーリィが、何かを買うと言うのは本当に大変な事である。そんな彼が自分の為に物を選んで、買って、自分にくれた。
 セシルは掌のネックレスを両手で持ち、首から下げた。あまり長くない紐の為、石は胸元で光る。照れくさそうに、セシルは訊いた。
「似合うか?」
「……はい」
 嬉しそうに目を細めるイーリィに、セシルもまた照れくさそうに目を細めた。
「ありがとう。嬉しいよ」

 感謝の気持ちは、ちゃんと伝わる。
               【おわり】


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by 蓮