| 《Weitergehen》 |
| Weitergehen 第六話 絶対宣言 |
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■1■ どういうふうに呼ぶか、それは自分の、相手に対する好意の証だとイーリィは思っていた。名前を覚えるのもその一つだ。ちゃんと名前を呼ぶと言う事は、その人の事が大事だという証である|一部例外もあるが。 ちゃんと名前を呼ぶ、と言う以外にも、その人に対する敬意の証がある。 二つ名をつけるのだ。 親を呼ぶ『お母さん』『お父さん』も、兄や姉を呼ぶ『お兄さん』『お姉さん』も、言わば敬意の現れである。 イーリィの育った森でも、皆に尊敬される人は何かしらの二つ名で呼ばれていた。それはその人の本当の名前を呼ぶのが憚られたからだ。例えば森で一番の知識を持つ者は皆に『博識様』とか、『知識の泉の上に立つ者』とか呼ばれていた。比較的若い人達からは、『トレント爺』とも呼ばれていた。他にも踊りの巧い者は『月光に舞踊を捧げる者』と呼ばれ、謳が巧い者は『声と言う名の楽器を操る者』と呼ばれた。 イーリィは、今世話になっている三人の事を本当に尊敬していた。三人のお陰で今自分は生きていられるわけだし、今もこうやって自分を養ってくれて、その上自分の生まれ故郷まで送ってくれると言っている。 だから、本当にイーリィは三人を尊敬していた。本当に、心の底から。 だから、イーリィは三人を、二つ名かそれに準ずるもので呼ぼうと思った。 □ケース1 ユージーンの場合 「ほら、ここが間違っています」 「あ、ほんとだ」 用事が何もない日は決まって、イーリィはユージーンに勉強を教わっていた。語学、数学、そして魔術学。特に生活に必要な語学と、力を操る為には絶対に必要な魔術学はみっちりと仕込まれた。かと言ってそれは厳しいものでは決してなく、どちらかというと楽しい時間だった。イーリィが元々物を学ぶのが好きだからという事だけではなく、ユージーンの教え方が上手いのだ。ただ知識を詰め込めようと言う感じではなく、必ずイーリィが考える余地を与える。イーリィが主体的になっていて、ユージーンはただその手助けをしているだけに過ぎないのだ。 それともう一つ。彼は必ず、勉強の間に雑学とも言える事を話した。語学の時は、木から逆さまに七日七晩ぶら下がり、魔術文字を生み出した神の話。数学の時は、縦横斜め、どれを足しても同じ数になる不思議な魔方陣の話。そして魔術学の時は、 「魔道士の塔?」 「ええ。人が魔道士になるには、大きく分けて二通りあるんです。一つは魔術を教えてくれる学校に入る事。そこでは数多くの者が明日の大魔道士を夢見て勉学に励んでいます。教えているのはそれぞれの分野に秀でた魔道士達です。そしてもう一つは、魔道士に弟子入りする方法。魔道士の家に住み込み、師匠である魔道士の身の回りの世話をする。直接その魔術を習うんです。学校に入るよりは難しいですが、人気はありますよ。尊敬する魔道士からその全てを学べるのですから。まあ、中には何も教えず、賃金のいらない召使として使う人もいますがね。でもそれは極小数です。誰だって、自分の偉大な発見を後世に伝えたいものですから。そして、魔道士の多くが居を構えているのが、塔、と言うわけです。ですから、人々は弟子をとる魔道士の住む住居を、魔道士の塔、と呼ぶんです」 「塔、ですか……ユージーンさんも塔で学んだんですか? それとも学校に入ったんですか?」 その問いに、ユージーンは淡い微笑を浮かべて答えた。 「いいえ。どちらも違います」 その微笑はどこか悲しくて、イーリィはそれ以上の事が訊けなかった。 「……そうだ、俺、ユージーンさんの事『先生』って呼んでいいですか?」 「え?」いきなりの提案に、ユージーンは言葉を失う。 「俺、尊敬に値する人には、それなりの呼び方をするべきだって思ってるんです。そうマーマに教えられたんです。先生は、俺に勉強を教えてくれるから、『先生』。いいですか?」 ユージーンは戸惑うような表情を浮かべたが、すぐに微笑み、 「貴方の呼びたいように呼べばいいですよ。僕には強制する権利はありませんから」 「ありがとうございます」 □ケース2 ガルスの場合 「ちょいと邪魔するで」と言って、ノックもなしにガルスが部屋に入ってきた。 「ノックくらいしてくださいよ、ガルス」 「まあええやんか。イーリィ、ちゃんと勉強しとるか?」 「はい」 その返事に満足げに頷きながら、ガルスはイーリィの隣に立った。部屋に備え付けの円卓に椅子が二つしかない為だ。 「ええかイーリィ。自分の学びたくないもんは学ばんでええ。そんなん学んだって身にならん。生きるのに必要なんは、相手に自分の考えを伝える為の言葉、相手を理解する為の考え、そして、損をせん為の数学の知識。後は自分の学びたい事を学べばええ。強制は誰もせえへんで」 「……はい」 「で、今日は何の勉強をしとったんや?」 ガルスはイーリィの使っているノートを覗き込んだ。つたない字で火系統初等魔術の系統図がびっしりと書かれている。 「イーリィ君は赤の竜眼持ちですからね。まずは火系統を重点的にしたほうがいいと思いまして。勿論、他のものもしていますよ」 「ふーん……にしても、イーリィは勉強家やなあ、こないびっしり書いて」 「持ち歩いていつでも見れるようにと思って」 イーリィの使っているノートは、持ち歩きに便利な掌サイズだ。 「俺バカだから、すぐ忘れちゃうんです。こうやって書いておけば、いつでも見直せるから」 「偉いっ、自分の力量を知っとっるって事が一番大事なんや。偉いでイーリィ」 言って、ぐしゃぐしゃとガルスはイーリィの頭を撫で回す。それに驚きながらも、イーリィは文句を言ったりしなかった。 「……あ、先生、俺どうしてもここの所が分からないんです」ガルスから開放されたイーリィが、その光景を目を細めて眺めていたユージーンに話しかけた。 「ああ、これはね」とユージーンが答えようとしたのを遮って、ガルスが口を開いた。 「先生、てどういう意味や?」 「ああ、イーリィ君が僕の事をそう呼びたいって。禁止する理由もありませんしね」 「…………ええなあ。よっしゃ、イーリィ、今日からわいの事は『兄貴』って呼んでええで」 「え…………」 突然の申し出に、イーリィは目を丸くする。 「ジーンが『先生』なんやろ、わいはイーリィに勉強を教えられる頭はないが、ナイフの扱い方や体の動かし方を教えられるし、遊び相手にもなれる。やから『兄貴』や。……あかんか?」 言葉を無くしていたイーリィだが、すぐに顔を綻ばせ、 「いいえ、すごく嬉しいです。……兄貴……」 「おう、分からん事があったら何でも訊きや」 「はい」 □ケース3 セシルの場合 「悪いんですけど、セシルを呼んできてくれませんか。今後の予定を話したいので」 「はい」 勉強の時間が終わり、円卓の上を片付けていたイーリィに、ユージーンが用事を言いつけた。 短い付き合いの中、イーリィの性格をユージーンは何となくだが掴めてきた。素直ないい子で、用事を言いつけられるのが好き。多分それは、役にたちたいと言うよりも、認めてもらいたい、足手まといになりたくないと言うのが大きいのだろう。だから、イーリィが出来る範囲の事は積極的にやらせるようにしていた。それは守らなければならない存在としてではなく、立派な仲間として認めている証でもある。 「セシルさん」 「あ、イーリィ……どうかしたか」 宿屋の裏庭で、セシルは稽古をしていた。射撃では迷惑がかかるだろうと思い、体力をつけるための腕立て伏せなどが中心。丁度その時は休憩の最中で、流れ出た汗をタオルで拭きながら、壁にもたれるようにしゃがんでいた。 「先生……あ、今日から俺ユージーンさんの事を先生って呼ぶようにしたんです。あとガルスさんの事は兄貴って」 「兄貴……あいつらしいな……」 セシルが忍び笑いを漏らす。 「はい、それで、先生がセシルさんを呼んできてって」 「そっか。分かった。今行くよ」 裏口から中に入る。セシルの隣を歩きながら、イーリィは口を開いた。 「セシルさんはいつも稽古をしてるんですか?」 「……まあな。体は動かさないと鈍るから。それより、前から気になってたんだが」 「はい?」 「どうして私をさん付けする。出会った時はしていなかっただろう。あと敬語も」 「…………俺、尊敬する人にはそれなりの言葉遣いをしなくちゃいけないって思ってるんです。だからです。セシルさんの事、俺本当に尊敬してるから。……俺」 立ち止まり、一呼吸置いてから、イーリィは意を決したように言った。と言うよりは叫んだ。 「俺セシルさんのようになりたいんです。セシルさんのように、ちゃんと自分の考えを持って、心が強くって、体も強い大人になりたいんです。だから……」 「……私のようにか?」 「はい」 狐に摘まれたような顔をしているセシルに、イーリィは真剣な眼差しで頷いた。 「…………やめておいたほうがいい」 「え?」 しかし、返ってきた答えは意外なものだった。 「私のような奴にはなるな。私は最低な奴なんだから。見習うならユージーンの方がいい。あの人なら性格もいいし、優しいし」 「でも、俺がなりたいのは」 「とにかくっ」 声を荒げたセシルに、イーリィはびくん、と肩を震わせる。 「私みたいにはなるな。……この話はここで終わりだ」 セシルはそのままユージーン達の待つ部屋へと向かったが、イーリィはその場から動けなくなってしまった。 ■2■ 「……ごちそうさまでした」 かたん、とフォークとナイフを置いたイーリィは席を立ち、先に部屋に戻ってます、と言って食事の席を後にした。しょんぼりとしてしまっているイーリィの背中を見送りながら、ユージーンとガルスは顔を見合わせた。食事の時はいつも以上に明るいイーリィが、あれだけ落ち込んでいる。それが始まったのは、ユージーンがセシルを迎えに行くのを頼んだ後からだ。 「……何か、あったんですか?」 もう一人の当事者かもしれないセシルに、ユージーンが訊いた。セシルの様子も、それからどこか変だった。 「別に何も……ちょっと走ってくる」 「あ、おい……食った後は少し休んだほうが」 「大丈夫だ。はじめは歩く」 止める声も聞かず、セシルは暗くなった宿の外へ出ていった。 「ほんま、何があったんやろか……」 「…………ガルス、イーリィ君の事頼みますね」 「え? あ、ちょお」 がたん、と立ち上がると、ユージーンはセシルの後を追うように外に出ていった。 「で、何があったんや?」 「……兄貴……」 暗い部屋に戻ったガルスが見たものは、ベッドの上にうずくまり頭から布団をかぶったイーリィだった。ガルスはイーリィの隣に腰掛ける。 「ほれ、言ってみい。言ってくれんとわいは分からん。読心術なんて出来ひんからな。ま、言いたないんやったら強要はせんけど」 「……俺……俺、セシルさんに、セシルさんのようになりたいって言ったんです。俺バカだし、弱いし、すぐ挫けるし。だから、セシルさんのように強くなりたかった。だから」 ぐすっ、と鼻をすする音がする。 「で、セシルは何て言ったんや」 「……私のようになんかなるなって。自分は最低な奴だからって……怒鳴って。俺、何か悪い事言っちゃたんですか? 俺バカだから、人の気持ちに気付けなくて。俺、セシルさんが傷付くような事……」 布団の中から顔を出したイーリィは、少し泣いていた。 「…………何でそんな事言ってしまったんですか。後悔するんなら言わなきゃいいのに……」 「言ってしまったものはしょうがないだろう……ユージーン、私はどうしたらいいんだ?」 夜空に浮かぶ月に照らされながら、セシルとユージーンの二人は、並んで広場のベンチに腰掛けていた。 「どうしてそんな事を言ってしまったんですか」 「…………照れ隠しとか、そう言うのじゃないぞ。あれは私の本心だ。イーリィはいい子だから、私と違って素直ないい子だから、私みたいな人殺しにはなってほしくないんだ」 「……僕だって、ガルスだって、誰かの命を殺めた事ぐらいはありますよ。そうしないと、この世界では生きていけないんですから」 「それは違うっ」俯いたまま、セシルは悲鳴のように叫んだ。「それは、そうしなければ自分が死ぬからじゃないか。私のとは違う。私は、私のは自分が生きる為じゃなかったんだ」 「でも、それを楽しんでしていたわけじゃない」 「……そのほうが私よりもマシだ。私は目的がなかった。理由もないし、意味もなかった。それが、当たり前だと思っていたんだ……」 震える小さな肩を、ユージーンは静かに見つめている。 「私は強くない。私は弱い。ただ、強いフリをしているだけだ。心の強さだけを言えば、イーリィの方が強いに決まっている。こんな愚かで脆弱な奴になろうとしなくても、充分イーリィは強いんだ」 「それは違いますよ、セシル。強い人なんて、この世に誰一人としていないんです。皆弱くて、強いフリをしているだけなんです。僕も、ガルスも、きっとイーリィ君も。強いフリをしているだけで、本当は弱い。でも、弱いからこそ、僕達はこうやって生きていられるのかもしれません。弱いから、強くなろうと思える。もしかしたら、弱いからこそ僕達は強いのかもしれない」 ユージーンは取り出したハンカチを、そっとセシルの手に握らせた。 「イーリィ君の言っているのは、多分そう言う所なんですよ。貴女は自分が弱いと知っている。そして知っているからこそ、強くなろうと思える。その想いは、きっと誰よりも強いことでしょう。イーリィ君は、その強さに魅かれ、憧れたんですよ。あの子は自分を卑下する所があるから、強くなろうと精一杯輝いている貴女が眩しく思えたんです。昔の貴女を、あの子は知らない。あの子が見ているのは今の貴女なんですから。貴女はもう、何も知らなかった貴女ではない。自分の罪を罪と知っている、自分の過ちを知っている。それは凄い事なんです。それから目を背けず、貴女は立ち向かおうとしている。その姿は、僕にも眩しく映るのですから」 微笑みかけてきたユージーンに、セシルはハンカチを顔に当てながらも、その目を見て告白した。 「……私は、本当は恐かったんだ。イーリィが自分のようになってしまう事じゃなくて、イーリィが私の昔の事を知ってしまうのが、私の本性を知って、嫌われるのが恐かったんだ」 「それは、貴女がイーリィ君を本当に好きだからですよね」 セシルは頷く。 「でも、今から嫌われる日の事を、知られてしまう日の事を恐がっても無意味ですよ。それはいつかやってきてしまうのだから。だからそれまでに、貴女はうんとイーリィ君に今の自分を見せればいい。そうして、うんとイーリィ君に好きになってもらいなさい。その日が来ても、イーリィ君が貴女を嫌いになれないように。大切なのは、今なのですから」 「…………うん」 「自分の本当の姿を、汚い事も、暗い事も知っとるのは自分自身やからな。確かに、自分のようになりたいって言われたら誰かて嬉しいんやろうけど、でもな、そこでがんばりたまえ、何て言う奴は自惚れとるだけやで。大抵は、やめておいたほうがええよ、って言ってくる。わいかてそうやもん。ま、セシルは過剰反応しすぎやけどな」 ガルスの話を、イーリィは真剣な面持ちで聞いている。 「でも、その気持ちも分からんでもない。この世はな、イーリィ。清貧に生きるには余りにも過酷な世界なんや。自分の手を汚さなあかん時かてぎょーさんある。清く正しく美しくなんて、神殿の奴だってなかなかできん。罪を犯した事のない奴なんていないんや。そしてわいらは咎人や。訊かれたかない事も、思い出したくない事も、ぎょーさん。わいらはな、うずたかく積まれた屍の上に立っとるんや。やから、セシルは自分のようにはなってほしくないって思ったんやろなあ。けど、イーリィの言っとる事はそんなんちゃうんやろ」 弾かれたようにイーリィは、細い首が折れるのではないかと思うくらい首を縦に振った。 「はい。俺、セシルさんみたいに、まっすぐ前を向いて歩きたいんです。俺いつも俯いてばかりだから。だから、あんな風に、自分に自信を持てるようになりたいんです」 熱を込めて語ったイーリィの頭を、ガルスは無造作に撫で回した。 ■3■ 「ただいま帰りました」 と言ってユージーンが部屋のドアを開けた。 「お帰り」それを迎えたのは椅子に座ったガルスと、ベッドの上でノートを広げて復習をしているイーリィだった。 「ほら、セシル……」 部屋に入ったユージーンの後ろから、セシルは部屋の中を伺う。その姿に気付いたイーリィは、跳ねるようにベッドから飛び降りて、戸口に立った。ユージーンは無言で横に退き、二人の間の遮蔽物になるのをやめた。 「……イーリィ、その……」 「俺、やめませんから、セシルさんを目標にするの」セシルが何かを言う前に、イーリィは真っ直ぐにセシルを見て宣言した。その頬は緊張の為か、林檎のように真っ赤に染まっている。 「俺には、今のセシルさんが輝いてみえるから、だから俺、ぜーったいに諦めません」 そこまで言い切ったイーリィは、ぜーはーぜーはーと肩で息をしている。 「絶対宣言。ええなあ、若いって」 「年寄り臭いですよ、ガルス。で、お返事は?」 先を促され、セシルは我に返った。そして改めてイーリィを見る。 胸の所でぎゅっと握り締められた拳。どん、と肩幅に開かれて小さな体を支える両の足。肩は息をする度に上下し、歯は食いしばられ、頬はやはり紅潮したまま。眼鏡の奥の睛が赤いのは、もとからだというだけではないだろう。それぐらい、セシルにだって判った。 「…………さっきは言い過ぎだ。すまない、イーリィ。それと……ありがとう、嬉しいよ」 花が開くように、イーリィが笑みを浮かべる。 「俺、俺決めたんです、今日から俺、セシルさんの事『先輩』って呼びます。目標だから。兄貴に訊いたら、『先輩』って言う言葉には、自分の先を行く人の事って言う意味があるって教えてくれて、だから、俺『先輩』って呼びます。いいですか?」 もう決めているというのに、こうやって律儀に訊いてくるのがイーリィのいい所だ。 セシルは微笑を浮かべ、 「いいよ」 と答えた。 「やったっ」 イーリィは両手を挙げて喜び、そして「ありがとうございます」と言って頭を下げた。 「……でも、イーリィ、やっぱり私みたいにはなるな」 「…………え?」 天国から地獄に突き落とされたような表情をイーリィが浮かべたので、セシルは慌てて説明を付け足した。 「変な意味じゃない。ただ、私とイーリィとでは歩いている道が違うし、行き着く先も違うと言いたいんだ。イーリィが私の事を目標にしてくれるのは、正直言って嬉しい。でも、私自身になろうとしなくていいんだ。イーリィには、イーリィの良さがあって、私が持っていないものだって持っている。そう言う事なんだ」 「セシル、説明不足」 「分かってる」ガルスのツッコミに叫び、またイーリィに顔を戻す。「何て言ったらいいか。そう、私とイーリィがたとえ同じ事をしても、生まれてくるものは違うんだ。私とイーリィは違う生き物なんだから、同じにはなれない。だから、私みたいになろうとするな。イーリィにしかなれないものになれ」 「………………はい!」 まだ少し、イーリィには解らない所があった。でも、そういうのを抜きにして、イーリィは解った所があった。つまり、自分がちゃんと認められているという事だ。認められていなかったら、こんなに長々と説明してくれるはずがない。だから、イーリィは嬉しくて、今度は別の意味でその頬を染めた。 「さて、仲直りも済んだことやし、もうそろそろ寝たほうがええんやないか。明日早いしなあ」 「ですね。結構歩くことになりそうですし」 セシルも同意を示す為に頷いた。 「行くぞ、イーリィ」 「え、あ、はい」 宿で部屋をとる場合、四人は二人部屋を二つとり、ガルスとユージーン、セシルとイーリィ、それぞれ組んで休んだ。今回もそうである。 差し出された手を、イーリィは握った。握った手から伝わってくる他人の体温。それだけで幸せを実感できる。イーリィは自然に笑みが零れた。 「じゃあお休みなさい、セシル、イーリィ君」 「はい、お休みなさいです、先生、兄貴」 「お休み、寝坊するんやないで」 「お前がな。じゃあ、お休み、ユージーン」 ぱたん 「……どないしたんや? ジーン」 「あ、いえ……何か、セシルがイーリィに手を差し出すのがあまりに自然で、ちょっと……」 「そういや……何かちっちゃいのの扱いに馴れとるな、あいつ」 「どうしてなんでしょうかね……」 その答えは、未だ闇の中。 【おわり】 |