| 《Weitergehen》 |
| Weitergehen 第七話 小さな嘘 |
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■1■ 空は高く、風も冷たい。しかし、ここには夢が詰まっている。 軽快な手回しオルガンの音色に、笛やリュート、リラの音色が加わる。それに乗るように吟遊詩人は妖精譚を口ずさむ。 ここは異世界、不思議の国。 回転木馬は夢を乗せ、ピエロは悲劇を喜劇に変える。子供達の歓声と、恋人達の笑い声はこの国から絶える事はない。大きな看板の下ではふわふわの雪雲が売られ、空へは誰かの手から逃れた風船が舞う。着飾った猿は、同じく着飾った馬や犬の上で逆立ちし、馬や犬は、それを乗せて人々の前を行く。 辛い事も、苦しい事も、悩みも悲しみも、ここではぜーんぶ忘れてしまおう。ここにいる間だけは、全てを忘れ、思いっきり楽しもう。 ここは夢の国、移動遊園地。 「うっわー……あれなんですか? あれ」 「ああ、回転木馬ですよ」 「すごい、本物の馬みたい。あ、あれは」 「手回しオルガンの人形芝居ですね。初めてですか」 「はい、確かに森にもお祭りのようなものはあったけど、でも、こんなのは初めてです」 答えたその両頬は燃えるような髪と同じくらいに真っ赤だった。 「そう、それならめいいっぱい楽しむといいですよ、僕達はここでのんびりしていますから」 今にも飛び出したいと言わんばかりのイーリィに、ユージーンはここで遊ぶ為の銅貨が入った財布を渡して言った。 「え、いいんですか?」 手にずっしりとした重みが加わって、イーリィは瞬きながらユージーンの顔を見上げた。 「もちろん。ここ最近は色々と忙しくて、息抜きするような暇なんてなかったし、遊ぶような時間もありませんでしたから。今日くらいははめを外して思いっきり楽しんでください。こんな機会は滅多にないんですから」 「……ありがとうございます」 イーリィは言って、財布を握り締めた。 「さ、セシルも一緒に楽しんでらっしゃい」 「え、私もか?」 いきなり振られて、セシルは驚いて自分を指差した。 「もちろんですよ。イーリィ君一人だと心配でしょう。それに、貴女も骨休めをしたほうがいい」 「私が?」 ユージーンは頷いて、 「たまには何も考えずに楽しんでください。いつも貴女はどこか張りつめている。もっと、気楽に行かなければ、いつか壊れてしまいますよ」 「せや、いっつも眉間に皺寄せて、疲れんか?」 既にベンチに座って、売店で買ったエール酒を片手に、ガルスがからかった。それに文句を言おうと思ったセシルだが思い直したらしく、かぶっていた帽子を深くかぶり直し、イーリィの手を取って訊いた。「いつどこで合流すればいい?」 「そうですねえ……あそこ、あそこに時計塔があるでしょう」 ユージーンは広場の中央にある時計塔を指差した。赤茶けた煉瓦と銅で出来たその塔の上部には、鈍く光る文字盤があって、長い針と短い針が時には仲良く、時には離れて動いている。 「あの時計塔、夕暮れにはあの下の蓋が開いて、自動人形が踊り出すそうなんです。その時には音楽も流れるそうなので、それを合図にしましょう。音楽が聞こえて人形が踊り出したら、あの時計塔の下に集合ということで」 「わかった。じゃあ、行こうか、イーリィ」 「はい」 手を繋ぎ、人混みの中に埋もれていく二人の背中を眺めながら、ガルスはぽつりと呟いた。 「まるで年の離れたきょうだいみたいやなあ」 「まったく」とユージーンも頷く。 「…それよりも、本当に良かったんですか」 ガルスの隣に腰掛けながら訊く。 「何がや?」 「何がって……まあ、貴方の事でしょうから、何か考えがあっての事なんでしょうけど……」 探るような目付きで訊いてくるユージーンに、 「ふふん」 と、ガルスはただ笑うだけだった。そして、手にしたカップをユージーンの鼻先に持っていく。 「どや、ジーンも飲むか?」 「いりません。真っ昼間からお酒を飲む気は僕にはありませんから」 つん、とそっぽを向いていじけたように答えた。 「つれへんなあ」 と言いつつも、口元には笑みが浮かんでいる。 そんな他愛もない会話をしている二人に、近づく影があった。 「ガルス、殿でありますか……」 その問いかけに、ガルスは顔を上げて頷いた。 「せや、わいがガルスや……」 「……甘い匂いがします」 少し歩いてから、イーリィが不意にそんな事を言い出した。「甘い匂い?」とセシルは呟き、鼻をひくつかせる。確かに、風の中に甘く美味しそうな匂いが交じっている。 「……ああ、あれかな」 匂いの元を辿ったセシルは、一件の屋台を指差した。原色使いの看板には丸みを帯びた文字で『雪雲屋』と書いてある。 「雪雲……食べたい?」 「はい。あ、でも……」イーリィは、お金を使う事にいつも抵抗を感じる子供だった。イーリィの為に何かを買う時はいつも、本当に済まなそうな顔をするのだ。そんな彼の考え方を短い付き合いながらセシルも充分解っているので、慌てて次の言葉を付け足した。 「私も食べてみたいし……そうだ、一つだけ買って二人で分けよう。そうしたら一人分で済むだろう」 その提案に、イーリィは破顔して頷いた。 雪雲屋には小さな子供が沢山並んでいた。列は二つ。その片方に二人は並んだ。そして順番がやってきて、 「お客さん、赤と白、どっちにします?」 「……え」 雪雲には、二種類あった。 「…………一つずつください」 「毎度あり」 ■2■ 「あ、少し頂戴」 「俺もいいですか」 遊園地の色んな所に置かれているベンチの一つに腰掛けながら、二人はお互いの雪雲を分けながら食べていた。 「これからどうする? 何か乗物に乗るか?」 イーリィは雪雲から周囲へと視線を移した。親子連れ、恋人達、走り回る子供達。木の歯車が噛み合う音に、機械油のつんとする匂い。森で育ったイーリィにとって、初めて経験する事ばかりである。 いや、セシル達と旅を始めてからの事全てが、初めての事ばかりであった。店での買い物、街道を歩いたり、時には同じ方向に行く農夫の車に只乗りさせてもらったり、他にも、色々と。 「……先輩」 「ん?」 雪雲の、最後の一口を飲み込みながら、セシルはイーリィを横目で見る。 「……どうして、人は人と争うんでしょうか」 旅の始めは本当に楽しい事ばかりだった。でも、次第にその興奮は冷め、周りがよく見えるようになった。そして気がついたのだ。この世は、何でこんなにも争い事が多いのだろうか、と。町などに行くと、一回は喧嘩をしている光景を目にするし、中には騒ぎになる事もある。あまり人の利用しない裏街道などを歩いていて、盗賊や野党の類に出くわすことも多々あった。それに何より、自分の生活を支えているのはその争いなのだ。誰かが誰かと争い、その為に罪を犯し、賞金をかけられ、それをセシル達が捕まえる。争いのない平和な世界を望むのに、その世界が来れば、自分達は野垂れ死んでしまう。 矛盾している。 「まあ、仕方のない事だ」 イーリィの思いを聞いて、セシルはこう言い切った。 「仕方ないって、そんなのないです」 ばね仕掛の人形のように、イーリィは顔を上げる。その目が、自分を真っ直ぐに見つめてくる大きな深い青の睛に吸い込まれた。 「いいか、イーリィ、争いを無くすなんて、そんなの神でも無理なんだ。第一、神だって悪神と争っている」 「……でも……」 「イーリィ、人と人は考え方が違うだろ」 「……はい」 「だから、争いは起こってしまうんだ。万人が理解し合えるのは無理な事なんだ、悲しい事にな。イーリィの言うように、皆が争わない世界は確かにいい。だが、そんな世界は夢物語でしかないんだ。しかしな、争いがあるって事は、人がそれぞれ違うって事のあらわれととれる。人が人と同じって事は、それだけでつまらないだろう」 「はい」即答する。旅の中で何が一番楽しみかというと、色んな人と出会う事だった。色々な種族、色々な国の人達が、同じ道を別々の方向へと進んでいく。目的の違う人達が同じテーブルを囲む。自分自身は人見知りが激しい為に積極的に会話をする事は出来ないけれど、代わりにガルス達が楽しげにお喋りをしている。それを横で聞いているだけで、イーリィは楽しかった。それも全ての人が違う考えを持っているからだろう。 「争うのは確かに悲しい。でも、人は争うだけでは終わらない。仲直りする事だって出来るんだから。喧嘩するほど仲が良い、ていう言葉もあるんだしな」 自分はまだまだだ。話を聞いていていつもイーリィは思う。ガルスも、ユージーンも、セシルも、ちゃんと自分の考えを持っている。それに比べて自分は思慮も浅いし、すぐ人に流される。確固たる自分自身の考えが、ない。早く追いついたいのに、その背中は遙か彼方に見えている。一体いつになったら、自分はあの背中に追いつくことが出来るのか。イーリィは時々、それは一生をかけても無理な事なのではないかと思う時があった。そしてそれは悲しい事に、かなり現実味を帯びているのだ。 ぽん、いきなりイーリィはセシルに頭を撫でられた。訳が分からず、きょとんとしてセシルの顔を見あげると、セシルは微笑を浮かべていた。 「別に、イーリィの所為で争いが起きているわけではないし、それをイーリィが無くさなくてはいけないというわけではない。ただ、自分が人と争わないように、人を傷付けないように、気をつければいいだけの事」 考えていた事とは違う。でも、セシルのその気遣いが嬉しくて、イーリィはその事を黙っていた。 「離してぇっ」 いきなりそんな悲鳴が聞こえたのは、二人が食べ終わった雪雲の棒を捨てようと、人混みから離れたごみ箱に近づいた時だった。その声は、テントの裏手から聞こえた。二人は顔を見合わせると、その裏手の方へと静かに移動する。 「大人しく来るんだっ」 テントの陰から覗くと、厳つい体をした大男と、見た目十代前半の少年の姿が見えた。大男が少年の細い腕を掴んでいる。少年の顔は苦痛で歪んでいる。 「……分かりやすい光景だな……」 ぽつりとセシルが呟いた横で、イーリィは少年の顔に釘付けになっていた。その大きな睛には微かに涙が浮かんでいる。それを見た瞬間、イーリィの頭は真っ白になった。 「! イーリィッ」セシルが気付いた時にはもう遅く、イーリィの唱えていた呪文は完成していた。 『狐火』 イーリィの発した言霊に反応して現れた火の玉は、まっすぐに大男の顔面に直撃した。大男はいきなりの火の玉に驚いて、少年の腕を掴んでいた手を離す。いきなり自由になった少年は一瞬態勢を崩した。 「大丈夫か」 そこを、駆け寄ったセシルに支えられる。 大男は未だ、顔の前で燃え続ける炎を消そうともがいている。 「こっちだ。行くぞっ」 少年のセシルを見上げる睛は、戸惑いの色を浮かんでいた。 「はやく、はやく、こっちですっ」 テントの陰からイーリィが手を降る。 三人は合流すると、人混みの中へと身を投げた。 「幻の炎だから、すぐに消えてしまうんです」 走りながら、イーリィは言った。 「いや、イーリィ、あの場合はアレで正解だ。下手に火の手を出すと、色々と面倒な事になる」 セシルに誉められて、イーリィは頭を掻いた。 「さてと、ここまで来れば大丈夫だろう。この人混みだ、容易には私達を見つけられない」 言って、セシルはやっと少年の手を掴んでいた手を離した。 「とりあえずあそこに座ろう。いきなり走ったから疲れただろう。私はあそこで飲物を買ってくる。ホットチョコレイトは嫌いか?」 少年が首を横に振ったので、セシルは二人に、近くのベンチに腰掛けているように言うと、屋台に一人近づいていった。 イーリィと少年は、距離を置いてベンチに腰掛けた。 自分から行動を起こしてこの少年を助けたわけなのだが、どうしてそんな事をしたのか、自分でも分からなかった。勝手に体が動いたのだ。 手持ち無沙汰なので、イーリィは横に座る少年を盗み見た。 褐色の肌は、この地域ではあまり珍しくない色である。丸みを帯びた顎は小さく、鼻はつんと上を向いている。帽子からはみでた髪は絹糸のような金髪。帽子を深くかぶっていてよく見えないが、大きな睛は深い海のような色をしていて、見ているだけで吸い込まれそうだった。 「! あ、えっと、ごめんなさい。その」 いきなり少年と目が合って、イーリィは赤面しながら言い訳をする。少年は視線を逸らさない。それが尚更思考を混乱させ、呂律が回らなくなっていく。 助け船を出したのは、湯気の立つ木のカップを三つ乗せたトレイを持ったセシルだった。 カップの中身は、ホットチョコレイト。 「熱いから気をつけるんだ」言いながら、セシルは二人にカップを手渡した。 「ありがとうございます」 受け取ったイーリィは、カップを両手で包み込むように持って、その湯気の立つ水面に息を吹きかけた。 少年はというと、カップを受け取ると、ぺこりと頭を下げ、イーリィと同じように息を吹きかけた。 こくり、と一口飲むと、甘さが口一杯に広がり、内から体を温める。イーリィも、少年も、すっかり冷えていた体が温まり、自然と笑みが零れた。今まで険しかった少年の顔も和らいで、微かに微笑が浮かんでいる。 「さ、て、と……」 ホットチョコレイトを一口飲んでから、セシルは少年の前に立った。 「乗りかかった船、と言う言葉がある。あんな現場を目の前にしてここでさよならするには、あまりにも薄情というものだ。第一、絶対に納得しなさそうな奴もいることだしな」 自分の事だ、イーリィはすぐに悟った。 「そんな訳で、君が何者か教えてくれないか。どうしてあの男に襲われていたとか……ま、名前だけでもいいがな。ちなみに、私はセシルという」 「お、俺はイーリィ」 ベンチの上に手を置いて身を乗り出すようにして、イーリィは叫ぶように言った。 「………………ペチカ」 風に吹かれれば消え去りそうなか細い声だったが、二人の耳にはちゃんと届いた。 「ペチカ……とりあえず……」 言いかけたセシルの表情が険しくなった。 「先輩……?」 「二人とも、立つんだ」 セシルのただならぬ雰囲気に、二人は首を傾げつつも従う。 「…………走れっ」 セシルは叫ぶと同時に、二人の背中を押した。その時にはイーリィにも、自分達に近づく得体のしれない気配に気付いていた。 イーリィはペチカの手を取り、人々の間を縫うようにして走った。その後を、後ろの気配を探りながら走るセシルが続く。 二人の手から落ちたカップが地面に水溜りを作る。後ろで悲鳴が聞こえた。しかし、謝る為に立ち止まるわけにはいかない。イーリィは心の中で謝り続けた。 「イーリィ、人のいないほうに走れ。ここでは戦えない」 「はいっ」 イーリィは進路を変えた。また、悲鳴があがる。 ■3■ 移動遊園地の隅の方には、ちょっとした林が広がっていた。欝蒼とはしていないものの、人は滅多に近づかず、中は静寂が支配している。 ごくり、と飲み込む唾の音さえ、大きく響きそうで怖い空間。 自分達より遅れて足を踏み入れた影は三つ。辺りを伺いながら、慎重に中へと入ってくる。 ざわ、と茂みが揺れた。影はそれに反応して、各各得物を抜き放った。木漏れ日が反射し、刃が煌めく。 「そこかっ」 叫んだ声は、まだ若い男の声だった。光が動き、真っ直ぐと茂みに刺された。 「何っ」手応えの無さに、男の声が動揺する。 そこに、もう一つ影が交じった。 影達が何が起こったのかを理解する前に、あるいは回し蹴りをくらい、あるいは腹に掌底を受け、あるいは顎を蹴られ、一様に地に伏せられた。 「もう大丈夫だ。出てこい」 呼吸一つ乱していないセシルの言葉に、男達の向かったのとは別の方向の茂みに隠れていたイーリィとペチカが出てきた。 セシルは男達を縄で縛ると、茂みを揺らす為に茂みに仕掛けていた糸を解いた。 「さて、こいつらは確実に君を狙っていた。君は一体何者で、こいつらは何者なんだ?」 ペチカは、険しい表情を浮かべ、そして言った。「場所を変えましょう」 その睛には、強い意志の光が宿っていた。 茂みの中を移動し、遊園地からやや離れた林の中。倒木に腰掛けて、ペチカは自分の身の上を語り出した。 「私の名前はペチカ。ペチカ=クルセード。ここより二つ隣のクルセード領の領主の子供です」 鈴が鳴るような凜とした声には、気品が漂っている。 「証拠はあるのか?」 「先輩っ」 疑いの眼差しをペチカに向けるセシルに、イーリィが非難の声を上げる。 「いいんです、イーリィ君。セシルさんの反応は当然の事です。これが、その証拠です」 言って、ペチカは首から下げて服の中に隠していたペンダントを取り出した。 「どうぞ」と手渡されたペンダントを、セシルはまじまじと見つめた。それには、クルセード領主の紋章であるカスクの花とチルルという名の鳥の絵が彫られていた。 「…確かに、本物のようだな。まあ、こんなどこぞの馬の骨ともしれぬ旅人を騙しても、君に利益はなさそうだし。信じるよ」 ペンダントを返す。 「で、奴らは一体何者だ?」 ペチカは少し黙ると、セシルとイーリィの顔を交互に見た。そして、 「あなた方は、腕に自信はおありですか?」 その睛は真剣で、同時に、どこかすがるような雰囲気を持っていた。 「……一応、人並み以上とは自負している」 セシルはイーリィのほうを見た。イーリィは、自分は足手纏いになると言われるのではないかと思い、内心、びくびくと怯えていた。 「……イーリィは、力は弱いけれど、魔法が少し使える。大勢を相手にするのは無理だが、一対一ならそこそこはいけるだろう」 予想外の言葉に、イーリィの方が驚いた。 「戦闘力よりも、他の事で役に立つ。例えば、君の話し相手とかな」 ペチカはその返事に少し考えると、 「分かりました。では、あなた方に依頼をいたします。私を、クルセード領の領主の館まで連れていってもらいたいのです」 その依頼内容に、セシルは少なからず驚いた。 「どうして君は私達のような旅人に頼む。領主の子供なら、領主お抱えの騎士にでも護衛を頼めば」 「それが出来ないから、あなた方に頼むのです」 ペチカは、表情を歪め、 「我が父、クルセード領領主、カレイシス=クルセードが病の床についたのです。私は勉強の為にここより南のほうにある学院に入っていました。そこで手紙を受け取った私は、使いの騎士と共に病床の父を見舞う為に学院を出たのが、今より三日前の事です。しかし、途中私達は何者かに襲われました。それで奴らを撒こうとここに来て、その護衛とはぐれてしまい……」 「……その何者って、何者なんだ? 君を、君と知って襲ったのか?」 「はい、奴らは私の事を知っていました。今、私の土地では継承問題が起きていまして、多分それで……お願いです、どうか私をクルセード・シティまで連れていってください。お礼はちゃんとしますから」 ペチカは深々と頭を下げた。 「分かった。大体の事情は分かったよ。でも、どうしてこんな事までして帰ろうとするんだ」 「それは……私には父しかいないからです。母は幼い頃に亡くしました。それからは父が母親代わりをも努めてくれたのです。その父が病床にある。どうしてじっとしていられましょうか」 「生死の危険があるとしても?」 「はい」ペチカの表情は真剣そのものである。結局、折れたのはセシルの方だった。 「……分かった。その依頼、受けよう」 「本当ですか」ペチカの顔が、ぱあっと明るくなる。 「ああ。ただし、出発はちょっと待ってくれ、私達にはあと二人、仲間がいるんだ。彼らと合流してから出発だ。いいか?」 「はい。大勢の方が安心ですから」 「よし、決まりだな」 「あ、でも」今まで黙っていたイーリィが口を開いた。「待ち合わせにはまだ時間が」 「大丈夫だ、これがある」とセシルが指差したのは、耳につけた通信機。 「そっか」イーリィも、ガルスに作ってもらった通信機に触れた。固い金属の感触が、仲間に繋がっているという安心感をもたらしてくれる。 「じゃあ、とりあえず二人にはここまで来てもらって――」 「その必要はありません」 突然の声に、三人は同時にその方を振り返った。 「ユージーン」セシルがその名を呼んだ。そこに立っていたのは、今呼ぼうとした仲間だった。 「わいもおるで」 ユージーンの陰から、見慣れた笑顔が現れる。 「ガルス……ちょうど良かった、今から呼ぼう……と」 セシルは言いかけて、言葉を失う。ガルスが、腰の剣を抜いたからだ。その切っ先が向けられたのは、ペチカ。 「な、どうしたんですか、兄貴。何でペチカに」 我に返ったイーリィが叫ぶ。叫びながら、状況が今一つ飲み込めないでいるペチカの前に立つ。 「決まっとるやろ、依頼を受けたからや。その穣ちゃんの命、わいらがもろた」 「僕達を恨まないでくださいね。恨むのであれば、自分の生まれを恨んでください……」 ユージーンの手に、魔力が集まる。 いつもは見るだけで安心できるユージーンの微笑が、今は背筋が凍るくらいに怖かった。 「そ……んな……そん……な……嘘、ですよね。どうして兄貴達が……」 嫌な汗が顔に伝う。泣き笑い、と言う表現が最も相応しい表情が浮かんでいるのが、自分でも痛いくらいに分かる。足は、震えていて立つのがやっとだ。 「どくんや、イーリィ……」「どいてください」 「嘘だ……嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 イーリィの叫びが、林に響いた。 遠くでは、手回しオルガンの陽気な音楽が流れている。 |